やり直し失恋令嬢の色鮮やかな恋模様

待鳥園子

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思わぬ人

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「おい」

 ラウル王子の婚約者メイヴィス様に会いに来る時は、彼の公務が忙しくないのならば定期的にあった。なんでも、難しい仕事が片付いたばかりで、今は時間があるのだと言う。

 応接室を出たばかりで、侍女のお仕着せを着ている私は、突然駆けられた声に振り向いた。

 ……黒髪の騎士、ジャンポールだ。

「なんでしょう?」

 私は彼の慇懃無礼な態度も気にせず言った。

 彼はこういったぶっきらぼうな態度も、決して悪気があってしている訳じゃないことを知っているからだ。

 要するに……すごく照れ屋さんなのだ。

「お前確か……ニーナと言ったか」

「そうですが」

 彼からは初対面に近いんだろうけれど、私にとってみたら何度も食事を共にしたことのある友人のような存在だ。

 私には記憶はあるのに、彼にはない……なんだかすごく、不思議な関係だ。

 切れ長の鋭い黒い目は、じっと私の事を見つめている。

 一体……何が言いたいんだろう? 私は不思議に思って、首を傾げた。

「お前。付き合っている男は居るのか」

「……いいえ?」

 何を言い出したのかと、不思議に思って首を振った。

 無表情な顔の目の下が赤い。

 私はより不思議に思って、数歩近づいて彼の顔を覗き込んだ。

 ジャンポールは逃げるように二歩下がって、思い直すように立ち止まった。

 ……凄く慌てて、本当にどうしたの?

「俺と……」

「はい?」

「食事に、行かないか?」

「えっと……食事、ですか?」

 私はジャンポールに言われた意味を理解しようとして、必死で考えた。

 え……そっか、今の彼の目には私は、相棒の彼女とかでもなくって、単なる独身で彼氏のいないの女の子に映っているんだ。

 私はジャンポールをまじまじと見た。

 黒い短髪に、鋭角なラインを描く精悍な頬。私がなんと答えるのか不安なのか、少しだけ揺れている黒い目。

 ……この人なら。

「良いですよ」

 私が答えるとジャンポールは何も言わずに固まった。

 その様子から、彼がどんな人か理解出来る。

 きっと……こんな風に女の子を誘ったのは、これが初めてなんだろう。

 私は見上げて、安心させるように、にっこりと微笑んだ。

 ジャンポールは、ぐっと息をのんでから大きく息を吐いた。

「……また連絡する」

 ジャンポールはふらふらとした足取りで、静かに応接室に入って行った。

 ……なんだか、信じられなかった。

 私がマティアスの彼女であった記憶のない彼には……私は恋愛対象でありうるんだ。

 何度か食事を共にしたことはあったけれど、ジャンポールに嫌な気分になったことは一度もない。

 きっと……これで、良い選択をしたと思う。私はこの時、確かにそう思った。


◇◆◇


「まあ……ハサウェイ様と、食事することになったの?」

 私の話を聞いたセイラは、呆れたようにして言った。

 セイラはどうして、私とマティアスをくっつけたがるんだろう?

「そうよ。私は誰とも付き合っていないんだから、誰とでも食事するのは、自由でしょう?」

「そうだけど……グランデ様とハサウェイ様は、同僚でしょう? 同時進行で仲を深めることは、あんまり良くないのではないの?」

「……仲を深めてはないもの」

 私はお仕着せを脱いで、ひっ詰めていた髪をほどく。ふわっとクセのない黒髪が、背中を覆った。

「それを言ったら、私は別に付き合ってもいないマティ…グランデ様以外と、誰ともデート出来ないでしょう」

「確かに、ニーナの勝手だけどれど……面倒なことに、ならないと良いけど」

 セイラはふわっとした赤毛に、櫛を通しながら言った。

 ……セイラの言う通りかもしれない。

 けれど、前の時のような同じことを繰り返したくはなかった。

 黒髪のジャンポールなら。真面目で口下手で女が苦手な彼なら。

 彼ならば、絶対に私を捨てたりなんてしない。そんな風に信じられるような気がした。

「グランデ様とは、待ち伏せされて、カフェでお茶しただけだもの……それにハサウェイ様ならば、彼なら裏切らないって、そう思えるの」

「……何を言ってるの。今まで、誰とも付き合った事もないくせに」

 前の時間軸を知らないセイラは、暢気に私に向けてそんなことを言う。

 愛されていると浮かれて、見事に捨てられた過去を知っていたなら、絶対にそんなことは言えないのに。

 何の前振りもなく、急に冷たくなって、そして、捨てられた。

 その後に私がどれだけ傷ついたかを知っていたら、こんなにも、マティアスを勧めて来たりはしないはずだ。

 ……女の人の影もあった。誰かと会っている様子。

 私は泣いて問い詰めたけれど、マティアスは冷たい態度で否定するだけ。

 セイラと湯あみの準備をすると、使用人の共同の浴室へと向かった。

 日々の汚れのように、こんな風に過去の記憶も流せてしまえたら、どんなにか楽だろう。
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