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22 小箱

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 お店の中で和気藹々とした騎士団の皆さんは、大きな笑い声をあげたりしている。明るく楽しそうな空気の中で、大きなため息をひとつついてしまった。

 私たちはこういう街に来た時は、二日か三日滞在する。

 そういう予定で日程が組まれているし、別に差し迫っている訳でもないのにふた月の間ずっと魔物退治のことを考えなければいけない訳でもない。週末と似たような感覚で、休息も取ることが出来る。

 今までの街ではジュリアスに話を聞いたり報告書を書いている彼に纏わり付いて部屋に居たんだけど、昨日の今日でそんな気分にもなれなくて、騎士団の皆さんの買い物に同行させて貰った。

 団長代理のハミルトンさんは渋い顔をしたものの、たまには良いかと許して貰えた。お堅そうで融通が利かなさそうだけど、割と柔軟に利くんだよね。

 昨日思いがけなく聞いた事実を考えると……救世の英雄であるはずの騎士団長ジュリアスは、馬鹿王子エセルバードに肩入れしているようだ。

 エセルバードは自分勝手で我が儘で手の掛かる幼い子どものような成人だけど、ちゃんと叱って間違った行動を正すようにと言っているのは立場もあるだろうけどジュリアスだけだった。

 なんでも口に出してしまうエセルバードを叱ってはいるけど、理不尽な怒り方ではなかった。理路整然と事実だけ、その悪い行いによって自分が後々にどれだけ不利益を被るかも。

 あれだけジュリアスに言って貰っても、エセルバードはうるさいと一蹴するだけで何も変わらないのに。

 それって……若い頃に王に奪われた、亡くなった好きな人の息子だったから? だとすると、ジュリアスが聞く気なんてゼロのわからず屋に対してあんなにまで甘い理由もわかってしまう。

「……聖女様。いかがなされましたか?」

 私たちがやって来ていた雑貨店の店長は、整えられた白い髭が素敵な上品なおじさまだ。私は一人だけ集団と離れて見ていたので、気にしてくれたらしい。

 店内にあるいくつものガラスで覆われた陳列棚は綺麗に整頓されていて、高価な道具などが置かれているようだ。

 どれもこれも値札を見れば、結構な金額。

 不思議なんだけど慣れした親しんだ日本語でも英語でもないけど、私はこの国の文字を読み取ることが出来る。

 それは、なんだか不思議な感覚だった。

 この世界に来た時に掛けて貰った、あの魔法のおかげだとはわかりつつ……異世界からやって来た私が、会話も出来て文字も読めてしまうなんて、便利すぎるけど一体どういう原理なんだろう。

「すみません。私は元の世界に戻れば、何も持って帰ることが出来ないので、こうして見ているだけなんです」

 それは、召喚されてすぐに神官さんからあった説明の時に聞いていた。召喚されたあの時あの場所へと、私は帰ることが出来るはずだ。

 来る前と、寸分変わることのない姿で。

「ああ……ですが、聖女様……もしかして、これが気になりますか?」

 店長が取り出して見せてくれたのは、私がなんとなくじっと見ていた古い木の小箱だった。

「あ。そうなんです。他と違うなって……これって、何なんですか?」

 古ぼけた木の箱は薄汚れて見えて、近くに並べられたピカピカに磨かれた金属製の小物の中で唯一異彩を放っていた。

 それをじっと見ていた理由は、異世界からやって来た異分子の自分の姿を重ね合わせていたせいなのかもしれない。

「強い護りの魔法が掛けられた指輪が、入っているはずなんですけどね。私も何かになればと思って仕入れたのですが封印されていて、まったく手が出せません。もし良かったら、聖女様……これは、差し上げますよ」

「えっ……けど、私……」

 自慢ではないけど、本当に無一文なのだ。

 生活に必要なものはなんでも買って貰えるし、すぐ傍に居る騎士団の誰かに欲しいと言えばなんとかして貰えると思うけど、ここで内緒で出す現金がない。

「これが気になるのなら、もしかしたら……未だ解明されていないという聖女様の祝福で、これの封印が解けるかもしれません」

 あっ……そうだよね。私の祝福って……人や植物問わず時間を戻すこと……? だとしたら、この小箱の封印だってなかったことに出来るかもしれない。

 けど、それってここで何も言わなかったら、彼を騙しているみたいにならない?

「あのっ……私がお礼が出来るようになったら、絶対にお礼に来ます」

 まさか旅を共にする人たちにも言えないのに、ここで祝福の内容を漏らすわけにもいかない。なんとなく悪い気持ちになりながら彼に伝えれば、店長はにっこり微笑んだ。

「いいえ。誰かを助ける善行は、回り回るものです。ここで聖女様をお助けすることが出来たなら、きっといつか誰かが私を助けてくれますから。それに、ここにあってもいつまでも使う機会が訪れませんし、使って貰える方が指輪も喜ぶと思います」

 何もかもお見通しですよと言わんばかりの店長から、私は緊張しながらその小箱を受け取った。
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