心がきゅんする契約結婚~貴方の(君の)元婚約者って、一体どんな人だったんですか?~

待鳥園子

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73 顔合わせ(Side Josiah)

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「はじめまして。レニエラです。侯爵様。お会いできて嬉しいです」

 ……僕も本当に、君に会えて嬉しい。

 顔合わせとして初めて間近で見たレニエラは、想像していた以上に可愛らしかった。

 僕はレニエラを知っているが、レニエラは僕を知らない。ここは完全に初対面なのだから、何かしら褒め言葉をまず言うべきなんだろうと思った。

 いつもなら特に何も考えずに、定番の褒め言葉に相手に合わせたお世辞が出て来るはずの口は、初恋の人に縁談を申し込んだという夢のような状況への緊張からか上手く動かない。

 このままでは、変に思われてしまうと思えば思うほどに、言葉は出て来ない。

 二人きりになっても言葉少なな僕に、レニエラは不思議そうな表情だった。

 本来なら、この会話の主導権は僕が握るべきだ。彼女が結婚を望んだ訳でもない。

 それに、ずるい僕は自分が縁談を申し込めば、彼女は受ける道しか居ないことを知っていた。

 婚約破棄されたという過去は、何も悪くないレニエラに、まるで消えない黒い染みのように纏わり付いた。貴族令嬢としての普通の結婚は、もう絶望的だったはずだ。

 レニエラは、何を言えば喜ぶだろうか。今まではずっと、話しかけることも出来ずに見ていただけだ。彼女はいつも、嫌な男に泣かされていた。

 ずっと君に話しかけたかったけど、今まで婚約者が居たから、それは出来なくて……? そんなことを言う男は、レニエラは嫌ではないだろうか。

 親に決められた女性と結婚をすることは、僕がまだ喋れなかった頃からの約束だ。それを反古にすることは僕には出来なかった。

 オフィーリアとの婚約解消を匂わせた時に両親にもそう言われたし、仕事をするようになった今は自分でも納得していた。

 僕一人の身勝手な感情で、それまでに様々な場所で決まっていた何もかもを、すべて捨ててしまう訳にはいかない。誰にどんな不利益が被るか、全く想像もつかない。

 「ねえ……ジョサイア、私に何か言うことはないの?」と、結婚式直前に逃げたオフィーリアは、僕に何度も聞いていた。

 今思えば、レニエラを見ていた僕に勘付いて居て、近い将来に結婚することになる自分に何か言うことがないか聞きたかったのだろう。

 悪いことをしたとは思う。だが、オフィーリアのようにレニエラの手を取って僕が逃げれば良かったかと言えばそれも違うと思う。

 男女の差だけの話ではない。お互いの立場が違い過ぎる。

 ……そうだ。ここでは君と結婚したいとだけ言っておいて、お互いに夫婦として仲が深まった時に彼女にこういう事情だったと言えば良くないか?

 すべての事情を伝えれば、きっと混乱させてしまうだろう……結婚式はすぐそこだ。

 僕は決意して隣に座っているレニエラに視線を向ければ、彼女が先に口を開いた。

「あの……モーベット侯爵。私たち二人は、現在結婚せざるを得ない状況にあるようです。まず、言っておきたいのですが、私はあなたに愛されたいなどと、身の程知らずで、大それたことは望んでおりません」

「……え?」

 いきなり彼女が何を言い出したのか、僕は咄嗟に上手く理解出来ず、その後に続く言葉も、情けないことに、ただただ呆然として聞くしかなかった。

「そうだわ。まず先に、これを伝えなくては。モーベット侯爵。私は貴方に愛されなくても、全然平気です」

「全然……愛されなくても? あの、待ってください。僕は」

「あ! ごめんなさい。けど、愛せない妻などと、一生を過ごすなんて嫌ですよね。うーん……それでは、私たち……一年後に、離婚しませんか? それより前に、お互いに好きな人が出来たとしても、離婚しましょう」

 レニエラのまっすぐな視線を見て、僕は困ってしまった。

 ……僕たち二人には何か誤解があることは理解したが、事情を言えば彼女は理解してくれるかもしれない。

 だが、それはすべてを明かせば、さっき考えてそれは止めようとした流れになってしまわないか?

 レニエラは頑なな様子だったし、僕は逆に混乱させられてしまった。

 これで相手がどこかの国の交渉を担当する使者であれば、また話は違っただろうが、彼女は何年も心密かに好きだった初恋の君だ。

 ここで僕の気持ちをわかって欲しいと事を急ぎすぎ、何かを失敗してしまうことは躊躇われた。

「僕の求婚をお受け下さり、本当にありがとうございます。君の希望は理解しましたから、とりあえずは、そういう事で。僕と結婚しましょう。レニエラ。よろしくお願いします」

 とにかく、彼女と正式な結婚さえしてしまえば、僕の承諾なしには離婚出来ない。

 君の提案した一年後には、どんなことがあっても離婚をしてあげられないと思う……罪悪感を抱えた僕は、満面の笑みで差し出された小さな手を握った。


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