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66 てがかり②

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 行き当たりばったりの行動しかなしないお馬鹿さんなのに、私が王家の血を引くモーベット侯爵の子どもを身ごもっていると聞いて、ようやく事の大きさが理解出来たのかしら?

 まあ、彼の予想通りに私たち夫婦はまだ、子どもの出来るようなことはしていないんだけど。

「嘘をついているのは、そっちでしょう! 私が何も言わずに、いつまでも我慢していると思ったら、大間違いよ! 王都に私を帰しなさい。いいえ。ここに置いて行ってくれたとしても、構わないわ。貴方と一緒に居るなんて、暗い夜の森に取り残された方が、まだましだから」

「レニエラ……お前」

「ねえ。私は貴方の自尊心を保つための、何も言わないお人形でもなんでもないのよ。ショーン。私たちは無関係で他人なの……貴方が婚約破棄をしてくれた、あの夜からね」

 ショーンは気に入らないのか、目の前の私を睨み付けるばかりで、馬車の中はやけにしんとしていた。私に口答えされて、さぞ苛々していることと思う。

 ここは、オフィーリア様の言葉を借りようと思う。「けど、それって、私には関係ないもの」不機嫌を盾に言うことを聞かせようだなんて、今時の幼い子どもの方がしっかりしているわよ。

 私はそこで、違和感に気がついた。

 ……あら? 揺れてもいないし、轍の音もしないわ。

「それでは、僕の隣はいかがですか?」

 私はいきなり聞こえたその声を聞いて、そちらへ視線を向けた。

「ジョサイア! 来てくれたのね!」

 信じられないけど、そこに居たのは、私がショーンの馬車に乗り込んだことなど知るはずもないジョサイアだった。

 仕事場からそのまま来たのか、登城用の貴族服だったけど、いつも通りに素敵な夫だった。

「ええ……会話が白熱していたので、なかなか口を挟むことが出来ず……失礼しました」

 扉から身体を乗り出したジョサイアの後ろには、何人かわからないけど物々しく武装した様子の兵士たち。私は彼らがここに居る理由がわからずに、首を捻るしかない。

「え。ジョサイア……どこから、聞いていたの?」

 まさか、あの話は聞かれていないわよね? と私が確認すると、ジョサイアは苦笑して言った。

「まさか、婚約破棄の真相があれだとは……心底呆れ果てています。同じような国に生まれ同じような教育を受けた同じ年の同性であるとは、とても思いたくないです。恥ずかしくて」

 それでは……あれも、もちろん。聞いていたわよね。

「ごめんなさい。私……」

 無実の本人を前にして、なんてふしだらなことを言ってしまったのかと、顔を赤くしたけど、ジョサイアは首をゆるく横に振った。

「構いません……本当のことですからね」

 ジョサイアは降りようとした私を引き寄せると、馬車の中で顔面蒼白になっていたショーンを一瞥した。

「捕らえろ。王都まで、殺さずに連れ帰れ……僕の妻を誘拐した男だ」

「おい! おい……レニエラ! レニエラ……助けてくれ!」

 私はジョサイアに促されて、馬車を出た。

 何度か名前を呼んだ気がしたけど、後ろは振り返らなかった。近くには何台か馬車があって……よくわからないけど、周囲には柑橘系の香りもただよう。

 ……近くに自生している、果実でもあるのかしら?
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