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31 離宮①
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夜会の折りに約束した通りに、アルベルト陛下は私たちに温泉があるという離宮を貸してくれた。
週末に行くという日程は、その時から決まっていたものの、馬車に乗って出発するついさっきまで、急ぎの仕事を片付けていたらしい真面目なジョサイアは、なんとも疲労を隠せない様子だ。
陛下は夜会時ではああ言ってくれたものの、彼は提出する書類をなんとか間に合わせて来たのかもしれない。
離宮に向かう馬車の中でジョサイアの隣に座る私は、反対にとても体調も良く、今まで噂話では聞いたことがあるけれど、産まれて初めて行くことになった温泉に胸を高鳴らせていた。
温泉のある離宮は王都からそう距離は離れておらず、王家専用の狩り場がある森を、馬車で一時間ほど走らせた先にあるらしい。
「……レニエラ。少し、話があるんですが」
「はい? なんでしょう。ジョサイア」
馬車の窓から流れる町並みを見ていた私は、背もたれに完全に身体をもたせかけ、疲労のためか、ぐったりしていたジョサイアに声を掛けられ、なんだろうと首を傾げた。
「最近、昼に邸を空けることが多いとか……執事に聞きました」
「ええ……確かに、そうですけど」
事業に使う農園に行ったり……ジョサイアの元婚約者オフィーリア様がどうしても気になってしまい、彼女が居るという港街シュラハトにも、何度か行っていたりしていた。
とはいえ、オフィーリア様と彼女を愛人としているという大富豪の二人は、居場所を隠すこともなく堂々と高級宿に滞在していたので、彼女の居場所は既に確定済。
侯爵から逃げ出して駆け落ちした騎士と別れたのなら次の男かと、街中でひどい噂になり、今では彼女たちのことを知らない人を探す方が難しいらしい。
この前に弟アメデオからオフィーリア様が、今どうしているかを聞いて、最初に感じたのは彼女が心配であることだ。
元々は貴族令嬢であったはずの人が、大富豪の愛人に……?
ジョサイアは彼女のことを心配していても、現在の妻の私に遠慮して、彼女のことを追いかけられないのかもしれないとは、その時から思ってはいた。
オフィーリア様がどんな状況であるかを確認し、もし必要な助けがあるのならば、必要なことをしたいと思う。私がしなければ、それは誰も出来ないことなのではないかと。
けど……正直に言ってしまえば、私はジョサイアの元婚約者オフィーリア様に会いに行くことを、未だに迷ってはいる。
元々は、どんなわがままでも聞いてしまうくらいにオフィーリア様を深く愛していたらしいジョサイアは、そうだとしても、彼女に結婚式前に他の男性と逃げられてしまったことには変わりない。
悲劇的な出来事が起こった彼女ではなく、別の新しい女性を探した方が良いのではないかと、どうしてもそう思ってしまうからだ。
夫ジョサイアは多くのものを恵まれていても、驕ったところなんてなく真面目な性格で、間に合わせの妻の私にだって、すごく優しい。
行きがかり上で結婚することになった彼に、良い感情しか持てない私は、出来ればジョサイアには素晴らしい女性と結ばれて幸せになって欲しいと思う。
「僕もあまり詮索はしたくはありませんが、何処に行っていましたか?」
馬車の中には、ピリピリとした空気が溢れていた。こんな風に圧を感じるほどに無表情のジョサイアは、私も初めて見る。
「……事業に使う農園を、見てきました。買ったばかりで結婚することになったので、心配で」
私が手掛けている事業については彼に最初から言っていることだし、別に何の後ろ暗いことがある訳でもないのに、何故か緊張して声が震えてしまった。
「そうですか……誰かと会いましたか?」
私はジョサイアの直球な質問を聞いて、ドキッとしてしまった。もしかして、オフィーリア様に会おうとしたことが、彼にバレしまっているのかもしれない。アメデオだって、この前に言っていたはずだ。ジョサイアは、既に権力者の一人なのだと。
「……会っていません」
「本当に?」
「本当です」
私はオフィーリア様と会おうとして、それが心の中にあったので、罪悪感めいたものは感じた。
「……そうですか」
ジョサイアはなんだか、不機嫌そうだ。結婚する前からもずっと仕事が忙しくて大変なのだから、それもそうなってしまうのかもしれない。
ここで、私が彼に「オフィーリア様の居場所が見つかったらしいですね。会いに行ってみてはいかがですか?」と言えば良いのかもしれないとは思ったものの……機嫌の悪い時に切り出してしまうのは、なんだか躊躇われた。
結局、何も言えず二人無言のままで、離宮までの道を馬車に揺られるしかなかった。
週末に行くという日程は、その時から決まっていたものの、馬車に乗って出発するついさっきまで、急ぎの仕事を片付けていたらしい真面目なジョサイアは、なんとも疲労を隠せない様子だ。
陛下は夜会時ではああ言ってくれたものの、彼は提出する書類をなんとか間に合わせて来たのかもしれない。
離宮に向かう馬車の中でジョサイアの隣に座る私は、反対にとても体調も良く、今まで噂話では聞いたことがあるけれど、産まれて初めて行くことになった温泉に胸を高鳴らせていた。
温泉のある離宮は王都からそう距離は離れておらず、王家専用の狩り場がある森を、馬車で一時間ほど走らせた先にあるらしい。
「……レニエラ。少し、話があるんですが」
「はい? なんでしょう。ジョサイア」
馬車の窓から流れる町並みを見ていた私は、背もたれに完全に身体をもたせかけ、疲労のためか、ぐったりしていたジョサイアに声を掛けられ、なんだろうと首を傾げた。
「最近、昼に邸を空けることが多いとか……執事に聞きました」
「ええ……確かに、そうですけど」
事業に使う農園に行ったり……ジョサイアの元婚約者オフィーリア様がどうしても気になってしまい、彼女が居るという港街シュラハトにも、何度か行っていたりしていた。
とはいえ、オフィーリア様と彼女を愛人としているという大富豪の二人は、居場所を隠すこともなく堂々と高級宿に滞在していたので、彼女の居場所は既に確定済。
侯爵から逃げ出して駆け落ちした騎士と別れたのなら次の男かと、街中でひどい噂になり、今では彼女たちのことを知らない人を探す方が難しいらしい。
この前に弟アメデオからオフィーリア様が、今どうしているかを聞いて、最初に感じたのは彼女が心配であることだ。
元々は貴族令嬢であったはずの人が、大富豪の愛人に……?
ジョサイアは彼女のことを心配していても、現在の妻の私に遠慮して、彼女のことを追いかけられないのかもしれないとは、その時から思ってはいた。
オフィーリア様がどんな状況であるかを確認し、もし必要な助けがあるのならば、必要なことをしたいと思う。私がしなければ、それは誰も出来ないことなのではないかと。
けど……正直に言ってしまえば、私はジョサイアの元婚約者オフィーリア様に会いに行くことを、未だに迷ってはいる。
元々は、どんなわがままでも聞いてしまうくらいにオフィーリア様を深く愛していたらしいジョサイアは、そうだとしても、彼女に結婚式前に他の男性と逃げられてしまったことには変わりない。
悲劇的な出来事が起こった彼女ではなく、別の新しい女性を探した方が良いのではないかと、どうしてもそう思ってしまうからだ。
夫ジョサイアは多くのものを恵まれていても、驕ったところなんてなく真面目な性格で、間に合わせの妻の私にだって、すごく優しい。
行きがかり上で結婚することになった彼に、良い感情しか持てない私は、出来ればジョサイアには素晴らしい女性と結ばれて幸せになって欲しいと思う。
「僕もあまり詮索はしたくはありませんが、何処に行っていましたか?」
馬車の中には、ピリピリとした空気が溢れていた。こんな風に圧を感じるほどに無表情のジョサイアは、私も初めて見る。
「……事業に使う農園を、見てきました。買ったばかりで結婚することになったので、心配で」
私が手掛けている事業については彼に最初から言っていることだし、別に何の後ろ暗いことがある訳でもないのに、何故か緊張して声が震えてしまった。
「そうですか……誰かと会いましたか?」
私はジョサイアの直球な質問を聞いて、ドキッとしてしまった。もしかして、オフィーリア様に会おうとしたことが、彼にバレしまっているのかもしれない。アメデオだって、この前に言っていたはずだ。ジョサイアは、既に権力者の一人なのだと。
「……会っていません」
「本当に?」
「本当です」
私はオフィーリア様と会おうとして、それが心の中にあったので、罪悪感めいたものは感じた。
「……そうですか」
ジョサイアはなんだか、不機嫌そうだ。結婚する前からもずっと仕事が忙しくて大変なのだから、それもそうなってしまうのかもしれない。
ここで、私が彼に「オフィーリア様の居場所が見つかったらしいですね。会いに行ってみてはいかがですか?」と言えば良いのかもしれないとは思ったものの……機嫌の悪い時に切り出してしまうのは、なんだか躊躇われた。
結局、何も言えず二人無言のままで、離宮までの道を馬車に揺られるしかなかった。
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