25 / 78
25 記憶①
しおりを挟む
次の日、夜会に出席する休みにするために、仕事を出来るだけ片付け、いつもより遅い時間に帰って来たらしいジョサイアは、私が準備万端整えても、まだ起きる様子はない。
そんな激務を乗り越えてきた人を、起こす気にもならず、私は久しぶりに朝食も一人で食べた。
いきなり結婚したとは言え、弟のアメデオになにもかも任せっぱなしだったと反省した私は、目立たない馬車を用意させると、自分の事業のため買い取った農園に赴くことにした。
秋に入って、すぐ結婚式で多忙になった私が気がつかぬ間に、季節はもう既に冬へ。冷たい空気の中で、柔らかな暖かい日差しが、緑の葉っぱの間から漏れ注ぐ。
こんな風にこそこそとして私が農園を持っていることを隠さずとも、モーベット侯爵家だって当主ジョサイアは実務は完全に任せ資金援助ばかりの名ばかりだとは言え、いくつも事業を持っている訳なんだから、妻の私が自ら何か事業を起こしたいと言っても別に構わないとは思う。
けど……とは言え、侯爵家としての事業になってしまえば、離婚時にはなにかと面倒そうなのよね。財産関係は、良く揉めているという話を聞く。
貴族同士の結婚には政略的な意味など、すぐに離婚出来ない事情もあるから、彼と結婚している間はこそこそと静かに進めるしかなさそう。
農園の中は整備されて、私の指示通り、緑の中に山吹色の果実も美しい。
そのままは食さず果汁を利用する実は、そろそろ収穫の時期だと聞いたけど、私がこれから売りだそうとしているのは、この実が出来る前の花から抽出される貴重な精油だ。
心身の安定も助けるらしい、とても良い匂いがする。
数ヶ月前に異国で婚約破棄をされた傷心旅行中だった私は、これまた遠い国からやって来た行商人に、この花から出来る精油と抽出方法の購入を持ちかけられた。
果実自体はこちらでも酒造りに使われていたので、売りに出された農園を探し、一番重要な花や果実の皮、樹皮などから精油を抽出することに成功している。
「……レニエラ様! あの……アメデオ様より、ご成婚されたとお聞きしました。おめでとうございます」
農園の中から慌てて走って出てきたのは、私が実家ドラジェ伯爵家より引き抜き、この農園を任せた庭師の息子でカルムだ。
ふわふわとした栗毛に可愛らしい童顔。優しく癒やされるおっとりした雰囲気は、カルムの父親に良く似ている。
産まれてからずっとドラジェ家で育った人なので、私は幼い頃からカルムを知っている。血の繋がっていない、優しいお兄さんだと思って居る。
「まあ……カルム! こちらになかなか来られずに、ごめんなさい。久しぶりね。元気だったかしら?」
私が彼の姿を見て微笑めば、近付いて来たカルムは帽子を脱いで、にこにこと感じ良く挨拶をした。
「はい! けど、最近レニエラ様がこちらに来てくれないので、もしかしたらこの事業計画自体がなくなるかもしれないと、父が心配していました。僕もレニエラ様はあのー……あの出来事があってから、結婚はされるおつもりはないと聞いていたので、驚きましたが……」
……ああ、そうよね。
ドラジェ伯爵家から気心の知れた彼らを引き抜き、一生を左右するようなことをしてしまっているというのに、この事業計画自体、宙ぶらりんになってしまっている状態なんて、あまり良くないかもしれない。
そんな激務を乗り越えてきた人を、起こす気にもならず、私は久しぶりに朝食も一人で食べた。
いきなり結婚したとは言え、弟のアメデオになにもかも任せっぱなしだったと反省した私は、目立たない馬車を用意させると、自分の事業のため買い取った農園に赴くことにした。
秋に入って、すぐ結婚式で多忙になった私が気がつかぬ間に、季節はもう既に冬へ。冷たい空気の中で、柔らかな暖かい日差しが、緑の葉っぱの間から漏れ注ぐ。
こんな風にこそこそとして私が農園を持っていることを隠さずとも、モーベット侯爵家だって当主ジョサイアは実務は完全に任せ資金援助ばかりの名ばかりだとは言え、いくつも事業を持っている訳なんだから、妻の私が自ら何か事業を起こしたいと言っても別に構わないとは思う。
けど……とは言え、侯爵家としての事業になってしまえば、離婚時にはなにかと面倒そうなのよね。財産関係は、良く揉めているという話を聞く。
貴族同士の結婚には政略的な意味など、すぐに離婚出来ない事情もあるから、彼と結婚している間はこそこそと静かに進めるしかなさそう。
農園の中は整備されて、私の指示通り、緑の中に山吹色の果実も美しい。
そのままは食さず果汁を利用する実は、そろそろ収穫の時期だと聞いたけど、私がこれから売りだそうとしているのは、この実が出来る前の花から抽出される貴重な精油だ。
心身の安定も助けるらしい、とても良い匂いがする。
数ヶ月前に異国で婚約破棄をされた傷心旅行中だった私は、これまた遠い国からやって来た行商人に、この花から出来る精油と抽出方法の購入を持ちかけられた。
果実自体はこちらでも酒造りに使われていたので、売りに出された農園を探し、一番重要な花や果実の皮、樹皮などから精油を抽出することに成功している。
「……レニエラ様! あの……アメデオ様より、ご成婚されたとお聞きしました。おめでとうございます」
農園の中から慌てて走って出てきたのは、私が実家ドラジェ伯爵家より引き抜き、この農園を任せた庭師の息子でカルムだ。
ふわふわとした栗毛に可愛らしい童顔。優しく癒やされるおっとりした雰囲気は、カルムの父親に良く似ている。
産まれてからずっとドラジェ家で育った人なので、私は幼い頃からカルムを知っている。血の繋がっていない、優しいお兄さんだと思って居る。
「まあ……カルム! こちらになかなか来られずに、ごめんなさい。久しぶりね。元気だったかしら?」
私が彼の姿を見て微笑めば、近付いて来たカルムは帽子を脱いで、にこにこと感じ良く挨拶をした。
「はい! けど、最近レニエラ様がこちらに来てくれないので、もしかしたらこの事業計画自体がなくなるかもしれないと、父が心配していました。僕もレニエラ様はあのー……あの出来事があってから、結婚はされるおつもりはないと聞いていたので、驚きましたが……」
……ああ、そうよね。
ドラジェ伯爵家から気心の知れた彼らを引き抜き、一生を左右するようなことをしてしまっているというのに、この事業計画自体、宙ぶらりんになってしまっている状態なんて、あまり良くないかもしれない。
364
あなたにおすすめの小説
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
【完結】冷徹公爵、婚約者の思い描く未来に自分がいないことに気づく
22時完結
恋愛
冷徹な公爵アルトゥールは、婚約者セシリアを深く愛していた。しかし、ある日、セシリアが描く未来に自分がいないことに気づき、彼女の心が別の人物に向かっていることを知る。動揺したアルトゥールは、彼女の愛を取り戻すために全力を尽くす決意を固める。
【完結】本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる