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25 記憶①

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 次の日、夜会に出席する休みにするために、仕事を出来るだけ片付け、いつもより遅い時間に帰って来たらしいジョサイアは、私が準備万端整えても、まだ起きる様子はない。

 そんな激務を乗り越えてきた人を、起こす気にもならず、私は久しぶりに朝食も一人で食べた。

 いきなり結婚したとは言え、弟のアメデオになにもかも任せっぱなしだったと反省した私は、目立たない馬車を用意させると、自分の事業のため買い取った農園に赴くことにした。

 秋に入って、すぐ結婚式で多忙になった私が気がつかぬ間に、季節はもう既に冬へ。冷たい空気の中で、柔らかな暖かい日差しが、緑の葉っぱの間から漏れ注ぐ。

 こんな風にこそこそとして私が農園を持っていることを隠さずとも、モーベット侯爵家だって当主ジョサイアは実務は完全に任せ資金援助ばかりの名ばかりだとは言え、いくつも事業を持っている訳なんだから、妻の私が自ら何か事業を起こしたいと言っても別に構わないとは思う。

 けど……とは言え、侯爵家としての事業になってしまえば、離婚時にはなにかと面倒そうなのよね。財産関係は、良く揉めているという話を聞く。

 貴族同士の結婚には政略的な意味など、すぐに離婚出来ない事情もあるから、彼と結婚している間はこそこそと静かに進めるしかなさそう。

 農園の中は整備されて、私の指示通り、緑の中に山吹色の果実も美しい。

 そのままは食さず果汁を利用する実は、そろそろ収穫の時期だと聞いたけど、私がこれから売りだそうとしているのは、この実が出来る前の花から抽出される貴重な精油だ。

 心身の安定も助けるらしい、とても良い匂いがする。

 数ヶ月前に異国で婚約破棄をされた傷心旅行中だった私は、これまた遠い国からやって来た行商人に、この花から出来る精油と抽出方法の購入を持ちかけられた。

 果実自体はこちらでも酒造りに使われていたので、売りに出された農園を探し、一番重要な花や果実の皮、樹皮などから精油を抽出することに成功している。

「……レニエラ様! あの……アメデオ様より、ご成婚されたとお聞きしました。おめでとうございます」

 農園の中から慌てて走って出てきたのは、私が実家ドラジェ伯爵家より引き抜き、この農園を任せた庭師の息子でカルムだ。

 ふわふわとした栗毛に可愛らしい童顔。優しく癒やされるおっとりした雰囲気は、カルムの父親に良く似ている。

 産まれてからずっとドラジェ家で育った人なので、私は幼い頃からカルムを知っている。血の繋がっていない、優しいお兄さんだと思って居る。

「まあ……カルム! こちらになかなか来られずに、ごめんなさい。久しぶりね。元気だったかしら?」

 私が彼の姿を見て微笑めば、近付いて来たカルムは帽子を脱いで、にこにこと感じ良く挨拶をした。

「はい! けど、最近レニエラ様がこちらに来てくれないので、もしかしたらこの事業計画自体がなくなるかもしれないと、父が心配していました。僕もレニエラ様はあのー……あの出来事があってから、結婚はされるおつもりはないと聞いていたので、驚きましたが……」

 ……ああ、そうよね。

 ドラジェ伯爵家から気心の知れた彼らを引き抜き、一生を左右するようなことをしてしまっているというのに、この事業計画自体、宙ぶらりんになってしまっている状態なんて、あまり良くないかもしれない。
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