私たちの関係に、名前はまだない。

待鳥園子

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08 久々

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◇◆◇


 緊張しつつ『七瀬弁護士事務所』と書かれた扉を開き、そこに待ち構えているようにして立っていた男性を見て、私は驚きすぎて声が出なくなった。

「いらっしゃいませ! 七瀬法律事務所の、七瀬瑞樹です。お久しぶり。浮田……いいや、雨の日に良く泣いていたお姉さん?」

 そこに居たのは、すっかり素敵な男性になっていた七瀬くんだった。

 高校生の頃には残っていた爽やかな少年らしさはすっかり消えてしまって、今では高級そうなスーツに身を包んだ、落ち着いた色気ある大人の男性。

 私はそんな彼をじっと見つめ、何も言えなかった。

 ……え? どうして? ……けど、七瀬くんさっき……。

「いや、流石に、気がついてたよ。あれは、未来の浮田だなって……確信したのは、慰めるためにお姉さんの背中をさすろうと服に触れた時だ。雨で天気も悪いと言うのに、服がカラッと乾いていて……だから、ああ。俺たち二人は、今同じ時に居ないんだと気がついた」

 私が何も言えなくなった理由を察したのか、七瀬くんは苦笑して言った。

「どうして、あの時に……何も言わなかったの?」

 もし、そうだったとしたなら、私はそれが不思議だった。

 だって、この七瀬くんは、あの時に未来の私だと気がついていたと言ったけど、過去の私にそんなことを、一切言わなかったし……。

 「だってさ……俺はすぐに引っ越して転校すること、決まっていた。すぐに俺のものにはならないけど、婚約解消直後で傷ついているところを、俺が弁護士として助けられることが、もし確定しているなら、何年間か待つのも頑張れると思った」

「え?」

 なっ……何言ってるの? まるで、七瀬くんが高校生の頃から、私のこと好きみたいで……そんな訳ない。

「うん。浮田は、それを知らないと思った。お前は気がついてないと思うけど、俺の方が先に好きだった。多分、浮田は俺がお前を見ていることで、こっちを意識してくれたんだよ。それは、俺の方が先に見ていたから、知ってる」

 嘘でしょう……けど、今ここに居ることを確信して、七瀬くんは転校して行ったみたいじゃない?

「けど……もし、弁護士には、なれなかったら?」

「俺が、なれないわけがない。あ。立ちっぱなしもなんだし、座ってくれる? ここだと、通行の邪魔になるから……」

 それもそうだと気がつき、私は慌てて七瀬くんの後に続いた。事務所は割と大きなビルのワンフロアを占めていて……多くの人が、慌ただしく働いていた。割と繁盛しているみたい。

 私は奥の部屋に通されて、机に腰掛けると、彼は用意していたらしい書類のバインダーを手に私の正面の席へと座った。

「あ。相談の主な内容は知っているので、詳細は後で聞きます。先に料金の説明。この事案で行くと慰謝料の最高額相場は、約200万。それならば、こちらの取り分は約3割。つまり、60万ほど頂くことになります」

「……相場の最高額を、取るの?」

 私は彼の言いように、驚いた。だって、証拠は少ないしある程度は妥協して折り合いをつけることが、こういうことでは普通だと思っていたし……。
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