8 / 9
08 久々
しおりを挟む
◇◆◇
緊張しつつ『七瀬弁護士事務所』と書かれた扉を開き、そこに待ち構えているようにして立っていた男性を見て、私は驚きすぎて声が出なくなった。
「いらっしゃいませ! 七瀬法律事務所の、七瀬瑞樹です。お久しぶり。浮田……いいや、雨の日に良く泣いていたお姉さん?」
そこに居たのは、すっかり素敵な男性になっていた七瀬くんだった。
高校生の頃には残っていた爽やかな少年らしさはすっかり消えてしまって、今では高級そうなスーツに身を包んだ、落ち着いた色気ある大人の男性。
私はそんな彼をじっと見つめ、何も言えなかった。
……え? どうして? ……けど、七瀬くんさっき……。
「いや、流石に、気がついてたよ。あれは、未来の浮田だなって……確信したのは、慰めるためにお姉さんの背中をさすろうと服に触れた時だ。雨で天気も悪いと言うのに、服がカラッと乾いていて……だから、ああ。俺たち二人は、今同じ時に居ないんだと気がついた」
私が何も言えなくなった理由を察したのか、七瀬くんは苦笑して言った。
「どうして、あの時に……何も言わなかったの?」
もし、そうだったとしたなら、私はそれが不思議だった。
だって、この七瀬くんは、あの時に未来の私だと気がついていたと言ったけど、過去の私にそんなことを、一切言わなかったし……。
「だってさ……俺はすぐに引っ越して転校すること、決まっていた。すぐに俺のものにはならないけど、婚約解消直後で傷ついているところを、俺が弁護士として助けられることが、もし確定しているなら、何年間か待つのも頑張れると思った」
「え?」
なっ……何言ってるの? まるで、七瀬くんが高校生の頃から、私のこと好きみたいで……そんな訳ない。
「うん。浮田は、それを知らないと思った。お前は気がついてないと思うけど、俺の方が先に好きだった。多分、浮田は俺がお前を見ていることで、こっちを意識してくれたんだよ。それは、俺の方が先に見ていたから、知ってる」
嘘でしょう……けど、今ここに居ることを確信して、七瀬くんは転校して行ったみたいじゃない?
「けど……もし、弁護士には、なれなかったら?」
「俺が、なれないわけがない。あ。立ちっぱなしもなんだし、座ってくれる? ここだと、通行の邪魔になるから……」
それもそうだと気がつき、私は慌てて七瀬くんの後に続いた。事務所は割と大きなビルのワンフロアを占めていて……多くの人が、慌ただしく働いていた。割と繁盛しているみたい。
私は奥の部屋に通されて、机に腰掛けると、彼は用意していたらしい書類のバインダーを手に私の正面の席へと座った。
「あ。相談の主な内容は知っているので、詳細は後で聞きます。先に料金の説明。この事案で行くと慰謝料の最高額相場は、約200万。それならば、こちらの取り分は約3割。つまり、60万ほど頂くことになります」
「……相場の最高額を、取るの?」
私は彼の言いように、驚いた。だって、証拠は少ないしある程度は妥協して折り合いをつけることが、こういうことでは普通だと思っていたし……。
緊張しつつ『七瀬弁護士事務所』と書かれた扉を開き、そこに待ち構えているようにして立っていた男性を見て、私は驚きすぎて声が出なくなった。
「いらっしゃいませ! 七瀬法律事務所の、七瀬瑞樹です。お久しぶり。浮田……いいや、雨の日に良く泣いていたお姉さん?」
そこに居たのは、すっかり素敵な男性になっていた七瀬くんだった。
高校生の頃には残っていた爽やかな少年らしさはすっかり消えてしまって、今では高級そうなスーツに身を包んだ、落ち着いた色気ある大人の男性。
私はそんな彼をじっと見つめ、何も言えなかった。
……え? どうして? ……けど、七瀬くんさっき……。
「いや、流石に、気がついてたよ。あれは、未来の浮田だなって……確信したのは、慰めるためにお姉さんの背中をさすろうと服に触れた時だ。雨で天気も悪いと言うのに、服がカラッと乾いていて……だから、ああ。俺たち二人は、今同じ時に居ないんだと気がついた」
私が何も言えなくなった理由を察したのか、七瀬くんは苦笑して言った。
「どうして、あの時に……何も言わなかったの?」
もし、そうだったとしたなら、私はそれが不思議だった。
だって、この七瀬くんは、あの時に未来の私だと気がついていたと言ったけど、過去の私にそんなことを、一切言わなかったし……。
「だってさ……俺はすぐに引っ越して転校すること、決まっていた。すぐに俺のものにはならないけど、婚約解消直後で傷ついているところを、俺が弁護士として助けられることが、もし確定しているなら、何年間か待つのも頑張れると思った」
「え?」
なっ……何言ってるの? まるで、七瀬くんが高校生の頃から、私のこと好きみたいで……そんな訳ない。
「うん。浮田は、それを知らないと思った。お前は気がついてないと思うけど、俺の方が先に好きだった。多分、浮田は俺がお前を見ていることで、こっちを意識してくれたんだよ。それは、俺の方が先に見ていたから、知ってる」
嘘でしょう……けど、今ここに居ることを確信して、七瀬くんは転校して行ったみたいじゃない?
「けど……もし、弁護士には、なれなかったら?」
「俺が、なれないわけがない。あ。立ちっぱなしもなんだし、座ってくれる? ここだと、通行の邪魔になるから……」
それもそうだと気がつき、私は慌てて七瀬くんの後に続いた。事務所は割と大きなビルのワンフロアを占めていて……多くの人が、慌ただしく働いていた。割と繁盛しているみたい。
私は奥の部屋に通されて、机に腰掛けると、彼は用意していたらしい書類のバインダーを手に私の正面の席へと座った。
「あ。相談の主な内容は知っているので、詳細は後で聞きます。先に料金の説明。この事案で行くと慰謝料の最高額相場は、約200万。それならば、こちらの取り分は約3割。つまり、60万ほど頂くことになります」
「……相場の最高額を、取るの?」
私は彼の言いように、驚いた。だって、証拠は少ないしある程度は妥協して折り合いをつけることが、こういうことでは普通だと思っていたし……。
46
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
十年目の結婚記念日
あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。
特別なことはなにもしない。
だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。
妻と夫の愛する気持ち。
短編です。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています

傲慢悪役令嬢は、優等生になりましたので
夕立悠理
恋愛
※生徒会のメンバーを東西南北で揃えたいので、東光輝→南光輝に変更しました
相川立花(あいかわりつか)は、後悔していた。彼女は、婚約者に近づいた庶民の少女をいじめたおした。その結果、婚約者から関係を解消されただけでなく、実家は没落。
──もう一度チャンスをもらえるなら、もう二度とこんな真似はしないから。
そう誓って眠った翌日、彼女の時間は、婚約者に近づいた少女が転入してくる、一年前に巻き戻っていた。
かつての自分を反省して、少しずつ変わり始める、傲慢悪役令嬢と、そんな彼女の周囲の話。
※カクヨム様にも掲載しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる