前世の婚約者からは決して抜け出せない底なし沼恋。

待鳥園子

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09 テスト休み中の家庭教師①

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「ここはここを、代入して……」

 さすがに学年トップの藤崎くんの教え方は控えめに言っても、とてもわかりやすい。

 実際問題、青丘中学は私立で進学校で授業の進みは、公立中学に比較してもかなり早いらしい。

 だから、選ばれし者しか入れない進学校とは言え、私以外にだって取り残されてしまっている子も居ると聞く。

 勉強を教えてくれるので、ひとつ机を挟んで藤崎くんは私の前の席を使い、振り返って座っていた。

 しかし、藤崎くんには前世の記憶があるのかというのがまず先に気になってしまい、いまいち飲み込めない。

 私たち前世で婚約者だったらしいんですけど、もしかして、そちらも何か思い出されていらっしゃいます……?

 なんて、面と向かって聞けるはずもなく、私は上の空で声変わりしたてのような低い声での数学の説明を聞いているしかない。

 こんな事態にした犯人絵里香ちゃんは部活があると言って、去って行ってしまった。

 彼女には何の悪気もなく私が喜んでくれるだろうと望みを叶えてくれただけだというのに、少々憎らしい気持ちになってしまう事には仕方ない。

 だって、あの夢が前世の記憶だったという確信を得ることになるなんて、思わなかったもの。

「……あの、聞いてる?」

「きっ……聞いてるよ!」

 解き方を説明していたはずの藤崎くんにいぶかしげに確認された私は、慌てて言った。

 わざわざ時間を割いて教えて頂いているという立場なのに、なんという失礼をしてしまっているのか……。

 いや、顔を上げたら整った藤崎くんと目が合って慌てて椅子を引いたら、思ったより大きな音がして私の方が驚いてしまった。

「大丈夫……?」

「大丈夫!」

 藤崎くんの質問に答えるしか出来ていないけれど、何を言って良いのかわからないのだ。

 つい数時間前まで、藤崎くんは話したこともない好きな人で、その時の私ならばこんなシチュエーションは喜びでしかなかったはずだ。

 けれど、今は……証人も居る前世の婚約者で……私を殺した人。

 今世は関係ないって頭のどこかに居る常識的な私は思うんだけど、やっぱりそれは気になるよ。

 自分が亡くなった場面しか思い出していないけれど、あの時のお姫様は『愛していた婚約者を最期まで信じていたけれど、その彼に殺されてしまった』んだもの。

 前世のこの人なんだよね。

「うん。なら良いんだけど……」

 藤崎くんはいきなりおかしな動きをした私に、苦笑していた。きっと、変な女だと思っていると思う。

 こんなにも、格好よい人にそう思われてしまうのは悲しい。好きな人どうこうでもなく、女性は格好良い男性を本能的に好きで、そういう人に嫌われてしまうと悲しいものなのだと思う。

「ごめんね……なんだか、緊張しちゃって」

「いや、初対面だし仕方ないよ。続きは、また明日にする?」

 続きをするのは当たり前だよねと言わんばかりに藤崎くんが発した言葉に、私の動きは止まってしまった。

「……え?」

「あれ? 聞いて無い? 俺の部活休みの間、放課後に勉強教えるように頼まれてる。さっきの……あの女の子から」

 えっ……絵里香ちゃーん!! なんという……友情に厚い優しい女、余計なことしてくれちゃって……本来なら絶対、嬉しいけど、嬉しいけどー!!!

 今日だけだと思っていたのに、本当にですか……。

 にこにこしてそう言った藤崎くんに、私は何も言えずに固まるしかなかった。
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