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60 いつの間にか(Side Camille)
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「……カミーユ殿下。こちらに、殿下宛の封書が届いているようですが」
「誰からだ」
執務中のカミーユは、自らの侍従の言葉に顔を上げずに答えた。
「……ルシア・ユスターシュと。あのユスターシュ伯爵家のご令嬢のようですね」
ユスターシュ伯爵家はウィルタリアでも有名な一族だ。海運で財を成し、それを何代を続けている。彼らの血には、金儲けの才能も遺伝するのだろうとまで揶揄されていた。
「俺はその令嬢の顔を見たことがない。どの程度の年齢だろうか」
もし、幼ければ封書などは送らないだろうし、ある程度年齢を経ている女性であれば、記憶力の良いカミーユはそれを覚えているはずだ。
「……少々、お待ちください」
「殿下。ユスターシュ伯爵のご令嬢ならば、成人になられたばかりではないかと思います。僕は伯爵と幼い頃良く遊んでいたことがあり、幼い彼女にも会ったことがあります」
封書を持った侍従が調べに行こうとしたところに、もう一人の侍従が声を上げた。
「若い貴族令嬢が、俺にそのような封書だと?」
顔を上げたカミーユは、その意味が良くわからなかった。
もし、恋文であればそれなりの方法があるだろうし、侍従の持っている厚い封筒に入っている書類が、もし恋文であったとすれば、それは恐怖でしかないだろう。
封を切らず無視をするように命じていたら、それが何通も重ねて届くようになり、カミーユは少々怖くなってしまい、侍従に本人にそれを送り帰すように伝えた。
その数日後。廊下を歩いていた自分に決死の覚悟で、恋文らしき手紙を差し出したご令嬢を見て、間違いなくこれが『ルシア・ユスターシュ』であると確信していた。
化粧っ気のない童顔と、結われていない背中に流しっぱなしの黒い髪。それも、中古ドレスなのか、飾りがところどころ外れていた。
(どういうことだ。おかしい……ユスターシュ伯爵家は、何個も船団を持つ豪商だぞ。どうしてこんなに質素な格好をしている。それに何故、そんな家のご令嬢が俺に興味を持つことになるんだ)
ルシアのことは、気になっていた。
しかし、冷たい言葉に不遜な態度を貫くことを当たり前に生きて来て、すぐにそれを翻すことは躊躇われた。
執務室に辿り着いたカミーユは、護衛騎士から先ほどのルシアの話を聞いていた。
「……ということです。殿下、いかがいたしましょうか。城を出入り禁止に」
冷徹な王子を演じ続けたカミーユはそれを望むだろうと聞けば、彼は首を横に振った。
「いや。良い。手紙を渡そうとやって来る程度で、一貴族を出入り禁止すれば、この俺が狭量だと思われるではないか。捨て置け。どうせ、すぐに諦めるだろう」
カミーユの言いようを聞いて、周囲は一瞬ひどく驚いた表情になった。彼は狭量だと思われようが、出入り禁止にした貴族は数知れずだったからだ。
兄王太子に城へ来て貰うことも必要だからと説得され、許可をすることを繰り返していた。
ルシアはカミーユの当初の予想とは違って、全く諦めなかった。何度も何度も冷たい態度を取られて、嫌な顔をされようが、カミーユに手紙を渡してきた。
(しかし、気になるな……俺に必死に渡してくる、あの手紙の中身はなんだ。あれだけ多くあったのだから、一通くらい残していれば良かった)
あの手紙はルシアがカミーユに送って来た書類の中身に違いないとは思うものの、こんなにまで拒否してしまい、どんな顔をして受け取れば良いと言うのだ。
それに、あれだけ目立つ真似をされて、そこにもしカミーユが受け取ったとなれば、城中大騒ぎになるのは確実だった。
「おい」
「……なんでしょうか。殿下」
近くに控えていた護衛騎士ヒューバートは、有能で忠実だ。カミーユも絶大の信頼を置いていたが、彼の女癖の悪さも主として苦慮していた。
(まあ……化粧もしてない女性を襲うほど、飢えてはいないだろう)
ルシアに話掛け彼女の話を聞く係をどうするか考えていた時、やはりこの女性に優しい男が適任だろうと考えたのだ。
「……俺はあの女を攻撃する振りをするから、それを庇え。そして、あの手紙をそれとなく受け取ってこい」
「御意」
ヒューバートはカミーユが直接受け取れば良いではないかとは、言わなかった。彼の過去を知り冷たい態度で、自らの身を守っていることを知っているからだ。
ヒューバートが首尾良く手紙を受け取り、カミーユへ手渡してきた。ヒューバートはルシアに不自然に思われるような真似はしないだろう。彼は女を騙すことに長けているからだ。
「これは……」
「どうですか。殿下」
びっしりと文字の書かれた紙を、じっと読んで居る様子のカミーユに、それを受け取って来たヒューバートも興味深げに聞いて来た。
(……どういうことだ? 貴族令嬢だと言うのに、高等教育でも受けているというのか? 信じられない。今までになかったような、画期的な輸送方法ではないか)
母のことがありカミーユは女性があまり得意ではなく、これまでにあまり話したこともない。
だが、不屈の精神を持ち、頭も良いルシアにはどうしても興味が湧いた。
数日後。またルシアが登城して来たがいつもの廊下に来なかったという報告を受け、やはりカミーユは彼女のことが気になってしまった。
「……行こうか」
周囲の護衛騎士たちは黙って従い、あれほど冷たくしたルシア・ユスターシュに興味を持ったらしい主に何も言わなかった。
一回目はまさか彼女が木の上に上っているところを助け、二回目に人知れず泣いている姿を見れば、すぐそこに居た衛兵に顔を隠すための兜を借りた。
三回目は隠すべき正体がバレてしまったと言うのに、ルシアにはどうしても冷たくすることは出来なかった。
カミーユ本人とてルシアに恋をした時がいつかと問われれば、いつの間にかと言う以外ない。
Fin
「誰からだ」
執務中のカミーユは、自らの侍従の言葉に顔を上げずに答えた。
「……ルシア・ユスターシュと。あのユスターシュ伯爵家のご令嬢のようですね」
ユスターシュ伯爵家はウィルタリアでも有名な一族だ。海運で財を成し、それを何代を続けている。彼らの血には、金儲けの才能も遺伝するのだろうとまで揶揄されていた。
「俺はその令嬢の顔を見たことがない。どの程度の年齢だろうか」
もし、幼ければ封書などは送らないだろうし、ある程度年齢を経ている女性であれば、記憶力の良いカミーユはそれを覚えているはずだ。
「……少々、お待ちください」
「殿下。ユスターシュ伯爵のご令嬢ならば、成人になられたばかりではないかと思います。僕は伯爵と幼い頃良く遊んでいたことがあり、幼い彼女にも会ったことがあります」
封書を持った侍従が調べに行こうとしたところに、もう一人の侍従が声を上げた。
「若い貴族令嬢が、俺にそのような封書だと?」
顔を上げたカミーユは、その意味が良くわからなかった。
もし、恋文であればそれなりの方法があるだろうし、侍従の持っている厚い封筒に入っている書類が、もし恋文であったとすれば、それは恐怖でしかないだろう。
封を切らず無視をするように命じていたら、それが何通も重ねて届くようになり、カミーユは少々怖くなってしまい、侍従に本人にそれを送り帰すように伝えた。
その数日後。廊下を歩いていた自分に決死の覚悟で、恋文らしき手紙を差し出したご令嬢を見て、間違いなくこれが『ルシア・ユスターシュ』であると確信していた。
化粧っ気のない童顔と、結われていない背中に流しっぱなしの黒い髪。それも、中古ドレスなのか、飾りがところどころ外れていた。
(どういうことだ。おかしい……ユスターシュ伯爵家は、何個も船団を持つ豪商だぞ。どうしてこんなに質素な格好をしている。それに何故、そんな家のご令嬢が俺に興味を持つことになるんだ)
ルシアのことは、気になっていた。
しかし、冷たい言葉に不遜な態度を貫くことを当たり前に生きて来て、すぐにそれを翻すことは躊躇われた。
執務室に辿り着いたカミーユは、護衛騎士から先ほどのルシアの話を聞いていた。
「……ということです。殿下、いかがいたしましょうか。城を出入り禁止に」
冷徹な王子を演じ続けたカミーユはそれを望むだろうと聞けば、彼は首を横に振った。
「いや。良い。手紙を渡そうとやって来る程度で、一貴族を出入り禁止すれば、この俺が狭量だと思われるではないか。捨て置け。どうせ、すぐに諦めるだろう」
カミーユの言いようを聞いて、周囲は一瞬ひどく驚いた表情になった。彼は狭量だと思われようが、出入り禁止にした貴族は数知れずだったからだ。
兄王太子に城へ来て貰うことも必要だからと説得され、許可をすることを繰り返していた。
ルシアはカミーユの当初の予想とは違って、全く諦めなかった。何度も何度も冷たい態度を取られて、嫌な顔をされようが、カミーユに手紙を渡してきた。
(しかし、気になるな……俺に必死に渡してくる、あの手紙の中身はなんだ。あれだけ多くあったのだから、一通くらい残していれば良かった)
あの手紙はルシアがカミーユに送って来た書類の中身に違いないとは思うものの、こんなにまで拒否してしまい、どんな顔をして受け取れば良いと言うのだ。
それに、あれだけ目立つ真似をされて、そこにもしカミーユが受け取ったとなれば、城中大騒ぎになるのは確実だった。
「おい」
「……なんでしょうか。殿下」
近くに控えていた護衛騎士ヒューバートは、有能で忠実だ。カミーユも絶大の信頼を置いていたが、彼の女癖の悪さも主として苦慮していた。
(まあ……化粧もしてない女性を襲うほど、飢えてはいないだろう)
ルシアに話掛け彼女の話を聞く係をどうするか考えていた時、やはりこの女性に優しい男が適任だろうと考えたのだ。
「……俺はあの女を攻撃する振りをするから、それを庇え。そして、あの手紙をそれとなく受け取ってこい」
「御意」
ヒューバートはカミーユが直接受け取れば良いではないかとは、言わなかった。彼の過去を知り冷たい態度で、自らの身を守っていることを知っているからだ。
ヒューバートが首尾良く手紙を受け取り、カミーユへ手渡してきた。ヒューバートはルシアに不自然に思われるような真似はしないだろう。彼は女を騙すことに長けているからだ。
「これは……」
「どうですか。殿下」
びっしりと文字の書かれた紙を、じっと読んで居る様子のカミーユに、それを受け取って来たヒューバートも興味深げに聞いて来た。
(……どういうことだ? 貴族令嬢だと言うのに、高等教育でも受けているというのか? 信じられない。今までになかったような、画期的な輸送方法ではないか)
母のことがありカミーユは女性があまり得意ではなく、これまでにあまり話したこともない。
だが、不屈の精神を持ち、頭も良いルシアにはどうしても興味が湧いた。
数日後。またルシアが登城して来たがいつもの廊下に来なかったという報告を受け、やはりカミーユは彼女のことが気になってしまった。
「……行こうか」
周囲の護衛騎士たちは黙って従い、あれほど冷たくしたルシア・ユスターシュに興味を持ったらしい主に何も言わなかった。
一回目はまさか彼女が木の上に上っているところを助け、二回目に人知れず泣いている姿を見れば、すぐそこに居た衛兵に顔を隠すための兜を借りた。
三回目は隠すべき正体がバレてしまったと言うのに、ルシアにはどうしても冷たくすることは出来なかった。
カミーユ本人とてルシアに恋をした時がいつかと問われれば、いつの間にかと言う以外ない。
Fin
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