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52 殺人者①

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「あの……どうでしょうか?」

 ルシアはカミーユに買って貰ったヘッドドレスを、ようやく身につけることが出来た。彼の執務室へと行き見せてみれば、カミーユは嬉しそうな表情を浮かべ席を立って近付いて来た。

「良いな。似合う。これは、俺が選んだんだ。やはり、雰囲気に合っている。良いな……」

 カミーユは目を細め、自分が贈ったヘッドドレスの角度を整えていた。

「ええ。カミーユが私のために直々に、選んでくださったんですね。ありがとうございます」

 見るからに高価で品質の良さそうなヘッドドレスは、ルシアが以前に着ていたような簡素なデザインの中古ドレスには合わず、王宮の中で用意して貰った豪華なドレスには良く似合っていた。

(王族の彼が、自分で選んでくれたなんて……適当に使用人に買わせに行かせたのかと思って居たわ)

 何せカミーユが店の中でどれにしようかと品物を選んでいるところが、全く想像つかない。

 そういった庶民的な動きが、全く想像つかないほどに浮世離れした外見の王子様なのだ。

「何か……お返しをしなければいけませんね……」

 とは言え、カミーユは何もかもを持つ王族だ。

 ハンカチは当時ルシアの知らぬ特殊な意味があったのだが、それ以外に何か喜んでもらえそうなものはというと難しかった。

「……別に良い。それは、ルシアからハンカチを貰ったから、何か返したいと思って俺がしたことだ。お礼のお礼になり、あまり良くない。何か記念日などの場合は別だが」

「はい。仰せの通りにします」

 真面目なカミーユらしい返答に、ルシアは微笑んで頷いた。

「そうしてくれ」

「カミーユ。あの……私この前に、聞こうと思って聞き逃したことがあったんですが……」

「何だ?」

「あの、ワーリントン公爵令嬢です。カミーユと縁談とのあり、お断りしたとは前にお聞きしたのですが……彼女はあまりにも、カミーユへの執着が酷いように感じて何か他にあったのかなと」

 エリザベスはカミーユを慕うあまり、ルシアを殺し姿を奪い取ろうとまでした。それは、彼に少々憧れていたからなど、そんな生やさしい執着ではなかった。

「……そうだな。確かにあまりにしつこく嫌になったというのもある。それに、あの女は俺の叔父に対し憧れがあるらしく、似ている俺を身代わりにしようとしたらしい……誰かの身代わりに愛されるなど、絶対ごめんだ。だから、余計に拒絶をしてしまったというのもあった」

「カミーユの叔父様、ですか?」

 カミーユはうんざりした様子で呟いた。

「実際……叔父は確かに、俺に似ている。実は母はそれで不倫を疑われたというのもあって、少々おかしくなってしまったのかもしれない。今ではもう母は俺の件があって離宮に幽閉されているので、どうだったかは知らないがな」

「……誰かの身代わりに愛されるなんて、嫌ですね」

 愛する人に愛されたとしても、それは自分ではなく、誰かを見て居るなど絶対に嫌だとルシアは思った。

「まあな……だが、あの女は、それで良いと思っていたようだ。予想通り、ワーリントン公爵は娘の不祥事をもみ消してもらう代わりに、金山を豪勢に差し出したらしい。兄上が被害者の俺にやると言って貰った。いくらでも好きなものを買うと良い。どうせ……これがなければなかったものと一緒だからな」

「まあ……」

 金山と言えば、ワーリントン公爵家にとってこれからも長い間収入が見込める大事な資源だろうに……それを手放してしまっても構わないと思うほどに、ワーリントン公爵は娘エリザベスを愛しているのだろう。

「親の愛というのは、偉大だな……まあ、人によるんだろうが」

 母に大臣に売られそうになった過去を持つカミーユはそう言って肩を竦め、ルシアにお茶に付き合うように言って微笑んだ。


◇◆◇


 ルシアは以前良く来ていた庭園で書類を広げて、提案書の再確認をしていた。

 ユスターシュ伯爵家を出たい一心で書き上げた輸送方法の提案が、カミーユ主導のもと動き出そうとしていた。

 とは言え、これを提案したルシアの功績であると認めさせたいと彼が動いてくれたので、彼女本人が王族などに説明して質疑応答を受けることになっていた。

「……なんだか、懐かしいわ……あの頃は、生きて行くだけで精一杯だったのに……」

 あの時ユスターシュ伯爵家でルシアは、息を殺しただ働くだけの日々だった。

————両親を殺したあの犯罪者たちに、虐待の理由を与えないように。

「ルシア……」

 その低い声を聞いて、ルシアは信じられない想いで持っていた書類から顔を上げた。
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