上 下
45 / 60

45 轟音②

しおりを挟む
 ルシアが絶望しかけたその時、空の上で何かが大きく弾けたかのような、とんでもない轟音が響いた。

 その部屋に居たルシアの姿を持つエリザベスと、悪辣な犯罪者は動揺し、上を見上げ戸惑っているようだった。

(……今よ!)

 それを好機と見たルシアは彼らの脇をすり抜け、鍵の掛かっていない扉を開けて部屋を飛び出した。

「くそ……待て!」

 彼女を呼び止める声が聞こえたが、まさか待つ訳もなく、エリザベスの姿を持つルシアは玄関の方向へと駆け抜けた。

「おや……エリザベス様。どうかなさいましたか?」

 廊下を走って来たルシアを見て、初老の執事は不思議そうにしていた。落ち着いている彼を見て、あれはエリザベスとあの犯罪者だけしか知らないのだと思った。

(……ここはワーリントン公爵邸だわ。ここで密かに私と成り代わって、カミーユ殿下を騙しユスターシュ伯爵家を乗っ取る気だったのね。絶対に許さないわ)

 折よくこの執事は、ルシアのことをエリザベスと思っている。それならば、エリザベスとあの犯罪者よりも、この姿を持つこちらの命令を聞くだろう。

「……城へ行くわ。急ぎよ。早く馬車を用意しなさい」

 居丈高に命令し早くしろと廊下の先を指差した。

「かしこまりました! すぐに、玄関に馬車を回して参ります」

 焦っている執事は、走って玄関ホールへと行った。

 流石にあの二人は、すぐにはここへ駆けつけて来ない。この状況でエリザベスの姿を持つ偽物だと言ったところで、自分たちの犯罪を明かしてしまうのがオチだろう。

(……あの大きな音は、一体なんだったのかしら? よくわからないけれど、助かったわ)

 ルシアがユスターシュ邸へと向かったのは昼日中、今はもうとっぷり日が暮れた夜のようだ。

 ルシアはすぐに用意された馬車に乗り込み、城へと向かった。

 城の中は、何かあったのか騒々しい。

 それは、カミーユの宮に行くに従って混乱は大きくなり、廊下を行き交う者の慌ただしい様子だった。ルシアは急いでいたものの、エリザベスのふくよかな身体は、早足の度に揺れて歩きにくかった。

 そこに、カミーユが身体の大きな騎士を何人か引き連れて現れ、ルシアは歓喜した。彼ならば、この苦境を必ず救ってくれると思ったからだ。

「カミーユ……様!」

 王族の彼をこの場で呼び捨てしてしまいそうになり、ルシアは慌てて敬称を付けた。

「なんだ。ワーリントンの……今は急ぎだ!」

 怒っているカミーユに氷のように冷たい視線を向けられ、ルシアは戦慄した。

(怖い……以前に、私が向けられていたよりも、もっと冷たい視線……カミーユってこんな人だったんだ)

 『氷の王子様』の異名に相応しい冷たい態度と、厳しい視線。それに晒されながら、ルシアはここで自分がルシア・ユスターシュである証明をなんとかせねばと思った。

「……あの、シャンペル卿は……どこにいらっしゃいますか? カミーユ殿下」

 震える声で咄嗟にそう聞き、カミーユはそれを聞いて不機嫌に顔を顰めた。

「なんだ。お前がヒューバートに、何の用がある? 言っとくがあいつは面食いで……待て。もしかして、お前」

 カミーユがその時、何かに気がついたようだった。

 目の前にはいつもとは違う怯えた様子のエリザベスに、忽然と姿を消し居なくなってしまったルシア。

 それに、先ほど彼女が発した言葉を聞いて、何かを思ったはずだ。

(どうか、気がついて! カミーユと私の二人しか、この話はわからないはず……)

 エリザベスの姿をしたルシアは、彼を懸命に見つめた。

「待て……話を聞く。部屋を用意しろ。お前、そうか。そうなんだな?」

 確認するようにカミーユが聞いたので、ルシアは涙を流して何度も頷いた。

(やっぱり……カミーユは姿が違っても、気がついてくれた!)

 カミーユはそんな彼女を見て、素早く駆け寄り、背中に手を当てるとすぐに用意されたという部屋へ向かった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

処理中です...