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22 カーテンの中①
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以前と同じように、待ち構えていたカミーユの乳母パメラに、手早く身支度を手伝ってもらい支度を終えたルシアは、扉を開けた時に待っていた様子のヒューバートを見て固まってしまった。
「しゃっ……シャンペル卿!」
そこに居たのは背が高い黒髪の騎士ヒューバート・シャンペルで、彼が居たあの時を思い出して、ルシアは回れ右をしたくなった。
(恥ずかしい……! 嘘でしょう)
迎えに来るのは無理にしても、何故この彼を選んだのか。
「お待ちください……この前にあったことは忘れてください。私も何も見ておりませんし、何も聞いておりません」
「……はい」
片手を上げられそう言われてしまえば、ルシアは頷くしかなかった。あれは、彼だって被害者だったのだ。王族の命令を聞かない訳にはいかない。
ヒューバートは右手を差し出した。彼はルシアをエスコートしてくれるために、ここで待っていてくれたようだ。
ルシアは夜会に行ったことがなかったので知るはずもないのだが、社交界デビューを済ませていない彼女が会場に入るには、招待された誰かのパートナーである必要があったのだ。
相手が|爵位のなき有力者(ジェントリ)である場合、入場時の口上もなく目立たないので、数少ない事情を知る者の内平民出身のヒューバートが迎えに来るしかなかった。
「ユスターシュ伯爵令嬢。上手くいったようで、良かったですね。お祝い申し上げます」
「はい! シャンペル卿のおかげです」
「私は何もしていません。ご事情をお話しし、あの手紙を渡しただけですから。あの提案書が殿下の興味を惹くものでなければ、何の意味もありませんでした。私も拝見しましたが、とても素晴らしいものでしたね。それに、一番にご興味を惹いたのは、ユスターシュ伯爵令嬢ご自身だったようですね」
悪戯っぽくこちらを流し目で見たヒューバートに、ルシアは苦笑いした。
「お褒め頂けて光栄です。殿下のことは、私には、本当に予想外でしたが……」
提案書を渡せさえすれば、カミーユは必ず目に留めてくれると思ってはいたが、それを橋渡ししてくれたのはヒューバートだった。
だが、まさかカミーユがルシア自身に目を留めるなどど、思ってもいなかったことだろう。
「……殿下は私が貴女を庇った時から、私を気に入らない様子でした」
広い城の廊下を歩きながら、ヒューバートは苦笑してルシアを見た。招待された貴族たちは各々着飾って集まり、そろそろ夜明けまで踊り明かされる華やかな夜会の始まりだった。
「シャンペル卿を? ……何故でしょうか?」
兜を被り顔が見えない時に、カミーユとヒューバートを間違えたことが気に入らないとは以前に言っていたが、ヒューバートを庇ってくれた時のことに関しては、何も言っていなかったはずだ。
「そうですね。私が思うに、きっと、それより前から、ユスターシュ伯爵令嬢を気に入っていたのです。私たちも、不思議に思っていました。あの殿下が伯爵令嬢の時には単に言葉で断るだけで、済ませていたので」
ルシアの手紙を断っている時、カミーユは冷たい態度で『却下』『もう来るな』とどう考えても好感を持っているような言葉を使わなかった。
「あの……いつもは、そうではないということですか?」
「ええ。あのように」
唐突に立ち止まったヒューバートは、ルシアを背中で庇うようにした。
(え? ……何?)
そこは会場入りしたばかりの貴族たちで溢れた入口に近い場所で、何故そんな場所に居たのかはわからないがひと目で王族だと判別出来る豪華な衣装を纏ったカミーユが居た。
しんとした強い緊張感が支配したその場の中心には、カミーユが不機嫌そうに腕を組み、そんな彼に中年の貴族二人が謝罪をしているようだ。
「ああ。殿下……お許しください。申し訳ございません」
「……くどいぞ。さっさと失せろ」
カミーユは虫の居所が悪いのか、これまで見たこともないくらいに冷たい態度で、自分へ平謝りしている中年夫婦を睨み付けていた。
(絶対零度の視線……私もあれに晒されたことがあったけど、生きた心地がしなかったわ)
『氷の王子』と呼ばれるその名の通り、感情を見せぬ彼は周囲を見回してから顔を顰めて立ち去って行った。貴族たちは緊張状態から開放され、一様にほっと安堵した様子を見せていた。
「……ご確認されましたね。ユスターシュ伯爵令嬢のお姿を、確認したかったのでしょう」
「そんな……あのご夫婦は、可哀想です」
夫婦は二人で手を取り合い『良かった』と涙ぐんでいるというのに、ここ数日会えなかったルシアを確認したかっただけとは。
(ここに王族が居るなんて思わなかったのだから、何か粗相があっても怒る必要などないのに)
それが、自分をいち早く見ようとしての行動だとしたら、ルシアは得も言われぬ責任を感じた。
「ですが、衛兵に摘まみ出せと言わなかっただけ良かったと思います。殿下なら『二度と顔を見せるな』と言って、それを実行したこともありますので」
「……私、生きて帰れるんでしょうか?」
「大丈夫です。これまでも、死ぬことはありませんでしたので」
ヒューバートはにっこりと笑い笑顔を見せたが、ルシアは彼の言葉を聞いて顔を引きつらせてしまった。
(死ぬことはないということは、それ以前までの行為はあると言うことではないの?)
自分が自由になるために『氷の王子』へと近付いたルシアだったのだが、今度はカミーユに捕らえられてしまった気がしてならなかった。
「しゃっ……シャンペル卿!」
そこに居たのは背が高い黒髪の騎士ヒューバート・シャンペルで、彼が居たあの時を思い出して、ルシアは回れ右をしたくなった。
(恥ずかしい……! 嘘でしょう)
迎えに来るのは無理にしても、何故この彼を選んだのか。
「お待ちください……この前にあったことは忘れてください。私も何も見ておりませんし、何も聞いておりません」
「……はい」
片手を上げられそう言われてしまえば、ルシアは頷くしかなかった。あれは、彼だって被害者だったのだ。王族の命令を聞かない訳にはいかない。
ヒューバートは右手を差し出した。彼はルシアをエスコートしてくれるために、ここで待っていてくれたようだ。
ルシアは夜会に行ったことがなかったので知るはずもないのだが、社交界デビューを済ませていない彼女が会場に入るには、招待された誰かのパートナーである必要があったのだ。
相手が|爵位のなき有力者(ジェントリ)である場合、入場時の口上もなく目立たないので、数少ない事情を知る者の内平民出身のヒューバートが迎えに来るしかなかった。
「ユスターシュ伯爵令嬢。上手くいったようで、良かったですね。お祝い申し上げます」
「はい! シャンペル卿のおかげです」
「私は何もしていません。ご事情をお話しし、あの手紙を渡しただけですから。あの提案書が殿下の興味を惹くものでなければ、何の意味もありませんでした。私も拝見しましたが、とても素晴らしいものでしたね。それに、一番にご興味を惹いたのは、ユスターシュ伯爵令嬢ご自身だったようですね」
悪戯っぽくこちらを流し目で見たヒューバートに、ルシアは苦笑いした。
「お褒め頂けて光栄です。殿下のことは、私には、本当に予想外でしたが……」
提案書を渡せさえすれば、カミーユは必ず目に留めてくれると思ってはいたが、それを橋渡ししてくれたのはヒューバートだった。
だが、まさかカミーユがルシア自身に目を留めるなどど、思ってもいなかったことだろう。
「……殿下は私が貴女を庇った時から、私を気に入らない様子でした」
広い城の廊下を歩きながら、ヒューバートは苦笑してルシアを見た。招待された貴族たちは各々着飾って集まり、そろそろ夜明けまで踊り明かされる華やかな夜会の始まりだった。
「シャンペル卿を? ……何故でしょうか?」
兜を被り顔が見えない時に、カミーユとヒューバートを間違えたことが気に入らないとは以前に言っていたが、ヒューバートを庇ってくれた時のことに関しては、何も言っていなかったはずだ。
「そうですね。私が思うに、きっと、それより前から、ユスターシュ伯爵令嬢を気に入っていたのです。私たちも、不思議に思っていました。あの殿下が伯爵令嬢の時には単に言葉で断るだけで、済ませていたので」
ルシアの手紙を断っている時、カミーユは冷たい態度で『却下』『もう来るな』とどう考えても好感を持っているような言葉を使わなかった。
「あの……いつもは、そうではないということですか?」
「ええ。あのように」
唐突に立ち止まったヒューバートは、ルシアを背中で庇うようにした。
(え? ……何?)
そこは会場入りしたばかりの貴族たちで溢れた入口に近い場所で、何故そんな場所に居たのかはわからないがひと目で王族だと判別出来る豪華な衣装を纏ったカミーユが居た。
しんとした強い緊張感が支配したその場の中心には、カミーユが不機嫌そうに腕を組み、そんな彼に中年の貴族二人が謝罪をしているようだ。
「ああ。殿下……お許しください。申し訳ございません」
「……くどいぞ。さっさと失せろ」
カミーユは虫の居所が悪いのか、これまで見たこともないくらいに冷たい態度で、自分へ平謝りしている中年夫婦を睨み付けていた。
(絶対零度の視線……私もあれに晒されたことがあったけど、生きた心地がしなかったわ)
『氷の王子』と呼ばれるその名の通り、感情を見せぬ彼は周囲を見回してから顔を顰めて立ち去って行った。貴族たちは緊張状態から開放され、一様にほっと安堵した様子を見せていた。
「……ご確認されましたね。ユスターシュ伯爵令嬢のお姿を、確認したかったのでしょう」
「そんな……あのご夫婦は、可哀想です」
夫婦は二人で手を取り合い『良かった』と涙ぐんでいるというのに、ここ数日会えなかったルシアを確認したかっただけとは。
(ここに王族が居るなんて思わなかったのだから、何か粗相があっても怒る必要などないのに)
それが、自分をいち早く見ようとしての行動だとしたら、ルシアは得も言われぬ責任を感じた。
「ですが、衛兵に摘まみ出せと言わなかっただけ良かったと思います。殿下なら『二度と顔を見せるな』と言って、それを実行したこともありますので」
「……私、生きて帰れるんでしょうか?」
「大丈夫です。これまでも、死ぬことはありませんでしたので」
ヒューバートはにっこりと笑い笑顔を見せたが、ルシアは彼の言葉を聞いて顔を引きつらせてしまった。
(死ぬことはないということは、それ以前までの行為はあると言うことではないの?)
自分が自由になるために『氷の王子』へと近付いたルシアだったのだが、今度はカミーユに捕らえられてしまった気がしてならなかった。
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