絶対零度殿下からの隠れ溺愛は秘蜜の味。

待鳥園子

文字の大きさ
上 下
22 / 60

22 カーテンの中①

しおりを挟む
 以前と同じように、待ち構えていたカミーユの乳母パメラに、手早く身支度を手伝ってもらい支度を終えたルシアは、扉を開けた時に待っていた様子のヒューバートを見て固まってしまった。

「しゃっ……シャンペル卿!」

 そこに居たのは背が高い黒髪の騎士ヒューバート・シャンペルで、彼が居たあの時を思い出して、ルシアは回れ右をしたくなった。

(恥ずかしい……! 嘘でしょう)

 迎えに来るのは無理にしても、何故この彼を選んだのか。

「お待ちください……この前にあったことは忘れてください。私も何も見ておりませんし、何も聞いておりません」

「……はい」

 片手を上げられそう言われてしまえば、ルシアは頷くしかなかった。あれは、彼だって被害者だったのだ。王族の命令を聞かない訳にはいかない。

 ヒューバートは右手を差し出した。彼はルシアをエスコートしてくれるために、ここで待っていてくれたようだ。

 ルシアは夜会に行ったことがなかったので知るはずもないのだが、社交界デビューを済ませていない彼女が会場に入るには、招待された誰かのパートナーである必要があったのだ。

 相手が|爵位のなき有力者(ジェントリ)である場合、入場時の口上もなく目立たないので、数少ない事情を知る者の内平民出身のヒューバートが迎えに来るしかなかった。

「ユスターシュ伯爵令嬢。上手くいったようで、良かったですね。お祝い申し上げます」

「はい! シャンペル卿のおかげです」

「私は何もしていません。ご事情をお話しし、あの手紙を渡しただけですから。あの提案書が殿下の興味を惹くものでなければ、何の意味もありませんでした。私も拝見しましたが、とても素晴らしいものでしたね。それに、一番にご興味を惹いたのは、ユスターシュ伯爵令嬢ご自身だったようですね」

 悪戯っぽくこちらを流し目で見たヒューバートに、ルシアは苦笑いした。

「お褒め頂けて光栄です。殿下のことは、私には、本当に予想外でしたが……」

 提案書を渡せさえすれば、カミーユは必ず目に留めてくれると思ってはいたが、それを橋渡ししてくれたのはヒューバートだった。

 だが、まさかカミーユがルシア自身に目を留めるなどど、思ってもいなかったことだろう。

「……殿下は私が貴女を庇った時から、私を気に入らない様子でした」

 広い城の廊下を歩きながら、ヒューバートは苦笑してルシアを見た。招待された貴族たちは各々着飾って集まり、そろそろ夜明けまで踊り明かされる華やかな夜会の始まりだった。

「シャンペル卿を? ……何故でしょうか?」

 兜を被り顔が見えない時に、カミーユとヒューバートを間違えたことが気に入らないとは以前に言っていたが、ヒューバートを庇ってくれた時のことに関しては、何も言っていなかったはずだ。

「そうですね。私が思うに、きっと、それより前から、ユスターシュ伯爵令嬢を気に入っていたのです。私たちも、不思議に思っていました。あの殿下が伯爵令嬢の時には単に言葉で断るだけで、済ませていたので」

 ルシアの手紙を断っている時、カミーユは冷たい態度で『却下』『もう来るな』とどう考えても好感を持っているような言葉を使わなかった。

「あの……いつもは、そうではないということですか?」

「ええ。あのように」

 唐突に立ち止まったヒューバートは、ルシアを背中で庇うようにした。

(え? ……何?)

 そこは会場入りしたばかりの貴族たちで溢れた入口に近い場所で、何故そんな場所に居たのかはわからないがひと目で王族だと判別出来る豪華な衣装を纏ったカミーユが居た。

 しんとした強い緊張感が支配したその場の中心には、カミーユが不機嫌そうに腕を組み、そんな彼に中年の貴族二人が謝罪をしているようだ。

「ああ。殿下……お許しください。申し訳ございません」

「……くどいぞ。さっさと失せろ」

 カミーユは虫の居所が悪いのか、これまで見たこともないくらいに冷たい態度で、自分へ平謝りしている中年夫婦を睨み付けていた。

(絶対零度の視線……私もあれに晒されたことがあったけど、生きた心地がしなかったわ)

 『氷の王子』と呼ばれるその名の通り、感情を見せぬ彼は周囲を見回してから顔を顰めて立ち去って行った。貴族たちは緊張状態から開放され、一様にほっと安堵した様子を見せていた。

「……ご確認されましたね。ユスターシュ伯爵令嬢のお姿を、確認したかったのでしょう」

「そんな……あのご夫婦は、可哀想です」

 夫婦は二人で手を取り合い『良かった』と涙ぐんでいるというのに、ここ数日会えなかったルシアを確認したかっただけとは。

(ここに王族が居るなんて思わなかったのだから、何か粗相があっても怒る必要などないのに)

 それが、自分をいち早く見ようとしての行動だとしたら、ルシアは得も言われぬ責任を感じた。

「ですが、衛兵に摘まみ出せと言わなかっただけ良かったと思います。殿下なら『二度と顔を見せるな』と言って、それを実行したこともありますので」

「……私、生きて帰れるんでしょうか?」

「大丈夫です。これまでも、死ぬことはありませんでしたので」

 ヒューバートはにっこりと笑い笑顔を見せたが、ルシアは彼の言葉を聞いて顔を引きつらせてしまった。

(死ぬことはないということは、それ以前までの行為はあると言うことではないの?)

 自分が自由になるために『氷の王子』へと近付いたルシアだったのだが、今度はカミーユに捕らえられてしまった気がしてならなかった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

処理中です...