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20 身代わり①
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あれから数日、何個かのトラブルが起きその対応に忙殺されていたルシアは、ユスターシュ伯爵家の経営する船団に採用されたという女性を紹介されることになった。
今回の新人は、ふわふわとした赤毛でそばかすのある愛嬌のある顔をした女性だ。
ルシアの父レオンスは経営者としては、優秀であるがゆえ仕える使用人たちには無慈悲だ。賃金は他所よりも高給を支払っているが、使えないと思えば即首にした。
だから、彼らはレオンスに忠実だ。逆らわなければ自分たちは優雅な生活を営むことが出来るのだから。
(今回は、長く続けば良いけど……)
絶対的な経営者の父と、数多くの使用人たちを繋ぐ中間管理職のような立場にあるルシアは冷静にそう思った。
各国の課す関税や輸出入の許可証取得のため、書類仕事は数多い。レオンスが使えないと思えば、残された人数なども考えずに、すぐに切ってしまうため、そのしわ寄せが辞める訳にはいかない娘のルシアに来てしまう。
「……こちらへ来て貰えるかしら」
「はい」
ソフィアと名乗った新人を隅の机へと案内し、ルシアはあとはサインを書くだけの書類を彼女へと示した。
「まず、こちらにこのサインを書いて貰える? 出来るだけ似せて欲しいの」
本来ならばレオンスの直筆のサインが要るのだが、金勘定と酒にうるさい父がそれをする訳がなく、ルシアが彼のサインを代筆をしていた。
(他の船団もきっと似たようなものよね。数が多すぎて手が回る訳がないもの)
ソフィアは手本となるサインを見て、にっこりと微笑んだ。
「難しそうですね。練習してみても?」
ルシアは頷き、まっさらな白い紙を彼女に手渡した。自分の名前がそこに書かれ、不思議に思い口を開こうとしたが、続けて書かれた文字を見てルシアは口に手を当てた。
『ルシア様。私はとある方より、こちらへ派遣されて参りました。私の主が貴女に会うことを望んでいます。今からペンを手渡しますので、お返事を』
「こんな感じですか? ルシア様はどう思います? 直すところがあれば言ってください」
無邪気な様子でソフィアは話しつつルシアへと持っていたペンを渡した。とても自然な様子で同室に居る誰も不審に思わないだろう。
きっと、良く訓練された諜報部員なのだ。
(この子……カミーユがここへ派遣した人ということ? どうして? 私に会いたければ、手紙を渡してくれれば良いのに)
そう考えてそれは難しいかもしれないと、ルシアはその時にようやく気が付いた。
(私ったら、本当に馬鹿だわ。私たちの二人の関係をまだ明かせないとしたら、手紙なんて出せるはずもない。それに、手紙の差出人の名前を伏せても一緒よ。誰が見るかわからないのだから)
カミーユはここ数日、城にも来ないルシアに連絡する手段もなく、どうすることも出来なかったのではないだろうか。
だから、連絡を付けるために人まで送り込んだのだ。
「……ええ。そうね。ここをもっとこうしたら良いと思うわ」
『会います。どうすれば良いか、教えてください』
緊張しつつ書いたルシアの文字を見て、ソフィアは何度か頷いていた。
「うーん……こんな感じですかね?」
『主から今夜の夜会に出席されるようにと、望まれております。ルシア様のドレスなどは既にこちらで準備がありますし、私が化粧や着付けなどもお手伝い出来ます』
無言で差し出されたペンを受け取り、ルシアは返事を返した。
『申し訳ありません。仕事が終わらなくて……』
『仕事、と言いますと……?』
『私は常に夜遅くまで仕事をしていて、夜会に出席することなど、とても無理なのです』
会いたいと言ってくれたカミーユには申し訳ないが、今はそんな夜会に出るような時間は取れなかった。
何度か無言で受け渡しされたペンを受け取り、立ったまま隣に居るルシアを見上げるソフィアの笑顔は引きつっていた。
彼女も裕福な家に生まれたはずの伯爵令嬢ルシアが、深夜まで馬車馬のように働かされている現状を知り、驚いているのだろう。
『かしこまりました。共に潜入している上司とご相談の後、またルシア様へご連絡致します』
「こんな感じですね。わかりました。ご指導ありがとうございます」
「……ええ。あまり無理しないでね」
まさかこんな風に自分がスパイのようなことをするなど夢にも思わず、ルシアは素知らぬ顔をしつつもソフィアの元から立ち去りながら内心ドキドキしていた
(共に、潜入している上司ってどういうこと……? カミーユの手の者が何人か、ユスターシュ伯爵家の中に居るということなのかしら?)
カミーユは軍総帥でもあるし、ウィスタリア王国の第二王子だ。彼の部下は数えきれないほどだろう。
だが、秘密の恋人と連絡が取れないからと、人を送り込むまでするのだろうか。実際にしていると知ってもルシアには良くわからなかった。
自分の仕事が落ち着き城に行けばカミーユと会えると思っていたし、それで十分だろうと思っていたからだ。
今回の新人は、ふわふわとした赤毛でそばかすのある愛嬌のある顔をした女性だ。
ルシアの父レオンスは経営者としては、優秀であるがゆえ仕える使用人たちには無慈悲だ。賃金は他所よりも高給を支払っているが、使えないと思えば即首にした。
だから、彼らはレオンスに忠実だ。逆らわなければ自分たちは優雅な生活を営むことが出来るのだから。
(今回は、長く続けば良いけど……)
絶対的な経営者の父と、数多くの使用人たちを繋ぐ中間管理職のような立場にあるルシアは冷静にそう思った。
各国の課す関税や輸出入の許可証取得のため、書類仕事は数多い。レオンスが使えないと思えば、残された人数なども考えずに、すぐに切ってしまうため、そのしわ寄せが辞める訳にはいかない娘のルシアに来てしまう。
「……こちらへ来て貰えるかしら」
「はい」
ソフィアと名乗った新人を隅の机へと案内し、ルシアはあとはサインを書くだけの書類を彼女へと示した。
「まず、こちらにこのサインを書いて貰える? 出来るだけ似せて欲しいの」
本来ならばレオンスの直筆のサインが要るのだが、金勘定と酒にうるさい父がそれをする訳がなく、ルシアが彼のサインを代筆をしていた。
(他の船団もきっと似たようなものよね。数が多すぎて手が回る訳がないもの)
ソフィアは手本となるサインを見て、にっこりと微笑んだ。
「難しそうですね。練習してみても?」
ルシアは頷き、まっさらな白い紙を彼女に手渡した。自分の名前がそこに書かれ、不思議に思い口を開こうとしたが、続けて書かれた文字を見てルシアは口に手を当てた。
『ルシア様。私はとある方より、こちらへ派遣されて参りました。私の主が貴女に会うことを望んでいます。今からペンを手渡しますので、お返事を』
「こんな感じですか? ルシア様はどう思います? 直すところがあれば言ってください」
無邪気な様子でソフィアは話しつつルシアへと持っていたペンを渡した。とても自然な様子で同室に居る誰も不審に思わないだろう。
きっと、良く訓練された諜報部員なのだ。
(この子……カミーユがここへ派遣した人ということ? どうして? 私に会いたければ、手紙を渡してくれれば良いのに)
そう考えてそれは難しいかもしれないと、ルシアはその時にようやく気が付いた。
(私ったら、本当に馬鹿だわ。私たちの二人の関係をまだ明かせないとしたら、手紙なんて出せるはずもない。それに、手紙の差出人の名前を伏せても一緒よ。誰が見るかわからないのだから)
カミーユはここ数日、城にも来ないルシアに連絡する手段もなく、どうすることも出来なかったのではないだろうか。
だから、連絡を付けるために人まで送り込んだのだ。
「……ええ。そうね。ここをもっとこうしたら良いと思うわ」
『会います。どうすれば良いか、教えてください』
緊張しつつ書いたルシアの文字を見て、ソフィアは何度か頷いていた。
「うーん……こんな感じですかね?」
『主から今夜の夜会に出席されるようにと、望まれております。ルシア様のドレスなどは既にこちらで準備がありますし、私が化粧や着付けなどもお手伝い出来ます』
無言で差し出されたペンを受け取り、ルシアは返事を返した。
『申し訳ありません。仕事が終わらなくて……』
『仕事、と言いますと……?』
『私は常に夜遅くまで仕事をしていて、夜会に出席することなど、とても無理なのです』
会いたいと言ってくれたカミーユには申し訳ないが、今はそんな夜会に出るような時間は取れなかった。
何度か無言で受け渡しされたペンを受け取り、立ったまま隣に居るルシアを見上げるソフィアの笑顔は引きつっていた。
彼女も裕福な家に生まれたはずの伯爵令嬢ルシアが、深夜まで馬車馬のように働かされている現状を知り、驚いているのだろう。
『かしこまりました。共に潜入している上司とご相談の後、またルシア様へご連絡致します』
「こんな感じですね。わかりました。ご指導ありがとうございます」
「……ええ。あまり無理しないでね」
まさかこんな風に自分がスパイのようなことをするなど夢にも思わず、ルシアは素知らぬ顔をしつつもソフィアの元から立ち去りながら内心ドキドキしていた
(共に、潜入している上司ってどういうこと……? カミーユの手の者が何人か、ユスターシュ伯爵家の中に居るということなのかしら?)
カミーユは軍総帥でもあるし、ウィスタリア王国の第二王子だ。彼の部下は数えきれないほどだろう。
だが、秘密の恋人と連絡が取れないからと、人を送り込むまでするのだろうか。実際にしていると知ってもルシアには良くわからなかった。
自分の仕事が落ち着き城に行けばカミーユと会えると思っていたし、それで十分だろうと思っていたからだ。
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