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06 蜘蛛の糸①
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娘ルシアが冷たい態度を崩さない第二王子カミーユへ恋文を渡すように誤解させてでも自らが考えた案を提案しようとしていることは、父レオンスも全て知った上で面白がっている節があった。
だが、決して彼女の手助けはしなかった。
レオンスにとってみれば、あれはただ単に弟マーティンの言葉に弾みで言ってしまった気まぐれの戯言で、どうせ不可能だとわかっているから、それに縋り付きもがくルシアを見ているのが楽しいのだ。
まるで、掴めば切れてしまう頼りない蜘蛛の糸を垂らし、必死に上に這いあがろうと考える者を見下ろし嘲笑うかのように。
「……はあ。今日も疲れたー!」
ルシアは城へとカミーユに会いに行った。
そのため、いつもの仕事が終わらずに残業をすることになり、深夜まで働いて疲労困憊のルシアはベッドの上に寝転がり、月の光が明るいことに気がついた。
(あ。カーテンをまだ閉めていない)
ゆっくりとした動作でむくりと起き上がり、三角の屋根裏部屋にある窓に辿り付き、美しい月明かりに照らされた王都の街並みに目を留め息をついた。
この屋根裏部屋は、天井が低く狭い。だが、窓から見える景色が良い事だけがルシアにとって救いだった。
ユスターシュ伯爵邸でただひとつだけ気に入っていると言えるこの窓から見える景色には、まるで御伽噺に出てきそうな城があった。
たとえ、星のない夜でも煌々とした人工灯に照らされていた前世では、それは夢の世界のように思えただろう。
現代社会で生きていた前世は、ただただ必死で、遮光カーテンを開けることすらもせず、自室では帰宅後も休日でさえ何もせず眠るだけの生活だった。
それを考えてみれば、この境遇はまだ良い方なのかもしれないと考え、そんな訳はないと思い直しルシアは自嘲した。
(何を考えているんだろう……ブラック企業は辞めてしまえばそれで悪夢は終わるけど、お父様とお母様からは……私は逃げられないのよ)
唯一の突破口とも言えるものが、あの冷たい態度を見せるカミーユを納得させ、ユスターシュ伯爵家に軍関係の輸送を任せて貰えるよう承認を得ることだ。
とは言え、そんな彼が兄の王太子からルシアのことで叱責されたと聞き、反省もしていた。ただ闇雲に彼に手紙を渡そうとするやり方を、変える必要があるだろう。
(早く……ここから出ていきたい。けど、持参金がなければ、嫁ぐことも出来ない)
貴族令嬢が嫁ぐ際には、持参金は必要だ。
ユスターシュ伯爵家に居る使用人から計画的に逃げ出すための協力者を募ろうにも、絶対的な権力者父レオンスには敵う訳もなく、お金も貰えずに労働をしているルシアには報酬を用意することも出来ない。
そんな絶望的な状況ではあったが、ルシアは自分を助けてくれた護衛騎士ヒューバートが、自分の仕えるカミーユに手紙を渡してくれたのではないかと儚い望みを持っていた。
(シャンペル卿には、私が何を目的にして殿下に懸想しているようにしていたかも明らかにしたから、もし、殿下があの提案書に目を通してさえもらえれば……)
明るく光る丸い月を見上げれば、カミーユの輝く銀髪が思い浮かんだ。
ウィスタリア王国では王族と婚姻出来るのは、伯爵家以上の貴族令嬢と定められ、伯爵令嬢ルシアはその条件を満たしていた。
だが、護衛騎士ヒューバートから得た情報によると、カミーユは成人した王族だというのに未だに婚約者も居ないほどに女嫌いだと言うし、ルシアはあの氷の王子様がこんな自分に目を留めることはないだろうと言い切れた。
(まるで、彼と私は月とすっぽん……いいえ。そもそも恋愛感情以前の問題なのよ。カミーユ殿下は王族で、私も確かに伯爵令嬢ではあるけれど、彼には誰でも選べるのよ……)
着飾りもしない、化粧もしない女性など、それが当たり前とされる貴族社会では見向きもされない。正確にはルシアはそれをすることが出来ないのだが、恋愛において、外見がとても大事であることは地味な外見であることを自覚していた前世の記憶も相まって良く知っていた。
もし、奇跡的にカミーユの女嫌いが直ったとしても、こんな自分には目を留めることなどないだろう。
日々の仕事で疲れきったルシアは、自分自身が恋愛をすることなど諦めてしまっていた。
だが、決して彼女の手助けはしなかった。
レオンスにとってみれば、あれはただ単に弟マーティンの言葉に弾みで言ってしまった気まぐれの戯言で、どうせ不可能だとわかっているから、それに縋り付きもがくルシアを見ているのが楽しいのだ。
まるで、掴めば切れてしまう頼りない蜘蛛の糸を垂らし、必死に上に這いあがろうと考える者を見下ろし嘲笑うかのように。
「……はあ。今日も疲れたー!」
ルシアは城へとカミーユに会いに行った。
そのため、いつもの仕事が終わらずに残業をすることになり、深夜まで働いて疲労困憊のルシアはベッドの上に寝転がり、月の光が明るいことに気がついた。
(あ。カーテンをまだ閉めていない)
ゆっくりとした動作でむくりと起き上がり、三角の屋根裏部屋にある窓に辿り付き、美しい月明かりに照らされた王都の街並みに目を留め息をついた。
この屋根裏部屋は、天井が低く狭い。だが、窓から見える景色が良い事だけがルシアにとって救いだった。
ユスターシュ伯爵邸でただひとつだけ気に入っていると言えるこの窓から見える景色には、まるで御伽噺に出てきそうな城があった。
たとえ、星のない夜でも煌々とした人工灯に照らされていた前世では、それは夢の世界のように思えただろう。
現代社会で生きていた前世は、ただただ必死で、遮光カーテンを開けることすらもせず、自室では帰宅後も休日でさえ何もせず眠るだけの生活だった。
それを考えてみれば、この境遇はまだ良い方なのかもしれないと考え、そんな訳はないと思い直しルシアは自嘲した。
(何を考えているんだろう……ブラック企業は辞めてしまえばそれで悪夢は終わるけど、お父様とお母様からは……私は逃げられないのよ)
唯一の突破口とも言えるものが、あの冷たい態度を見せるカミーユを納得させ、ユスターシュ伯爵家に軍関係の輸送を任せて貰えるよう承認を得ることだ。
とは言え、そんな彼が兄の王太子からルシアのことで叱責されたと聞き、反省もしていた。ただ闇雲に彼に手紙を渡そうとするやり方を、変える必要があるだろう。
(早く……ここから出ていきたい。けど、持参金がなければ、嫁ぐことも出来ない)
貴族令嬢が嫁ぐ際には、持参金は必要だ。
ユスターシュ伯爵家に居る使用人から計画的に逃げ出すための協力者を募ろうにも、絶対的な権力者父レオンスには敵う訳もなく、お金も貰えずに労働をしているルシアには報酬を用意することも出来ない。
そんな絶望的な状況ではあったが、ルシアは自分を助けてくれた護衛騎士ヒューバートが、自分の仕えるカミーユに手紙を渡してくれたのではないかと儚い望みを持っていた。
(シャンペル卿には、私が何を目的にして殿下に懸想しているようにしていたかも明らかにしたから、もし、殿下があの提案書に目を通してさえもらえれば……)
明るく光る丸い月を見上げれば、カミーユの輝く銀髪が思い浮かんだ。
ウィスタリア王国では王族と婚姻出来るのは、伯爵家以上の貴族令嬢と定められ、伯爵令嬢ルシアはその条件を満たしていた。
だが、護衛騎士ヒューバートから得た情報によると、カミーユは成人した王族だというのに未だに婚約者も居ないほどに女嫌いだと言うし、ルシアはあの氷の王子様がこんな自分に目を留めることはないだろうと言い切れた。
(まるで、彼と私は月とすっぽん……いいえ。そもそも恋愛感情以前の問題なのよ。カミーユ殿下は王族で、私も確かに伯爵令嬢ではあるけれど、彼には誰でも選べるのよ……)
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もし、奇跡的にカミーユの女嫌いが直ったとしても、こんな自分には目を留めることなどないだろう。
日々の仕事で疲れきったルシアは、自分自身が恋愛をすることなど諦めてしまっていた。
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