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05 新たな条件②
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「でしたら、何故……こうして城中に入れるということは、貴女は貴族令嬢なのでしょう。それに、カミーユ殿下は公表されてはおりませんが、女性嫌いなんです。貴女がここでどんなに頑張ろうが、殿下には恋文が読まれることはありません」
護衛騎士たちは王族に近づく者の身元は調べているはずで、ヒューバートはルシアがユスターシュ伯爵家の人間であることは既にわかっているだろうに、それを敢えて知らないふりをし、ゆっくりとした口調で諭すよう彼の言葉に、ルシアは顔を上げた。
「……そうなのですか?」
流れ続ける涙にすっかり濡れてしまった彼女の顔を見て、罪悪感に駆られてしまったのか、ヒューバートは頭に手を置き息をついた。
(カミーユ殿下は周囲にはとても冷たいとは知っていたけれど、女嫌いなのだとは聞いていなかった)
思いも寄らぬ情報を聞かされ驚いて目を見開いたルシアに、ヒューバートは無理はないと言わんばかりに何度か頷いた。
「ええ。そうです。カミーユ様には婚約者がいらっしゃらないのも、それが原因です。ですが、貴女が王族に対する不敬罪を恐れぬほどに必死であることは、我々も承知しています。それほどまでに、殿下を愛されている貴女には申し訳ありませんが、そんな貴女の哀れな様子に、城の人々からも同情の声が聞こえ……実はこの前にはカミーユ殿下は、王太子殿下から女性になんという酷い態度を取るのだと、叱責されたんですよ」
「そんな……本当に、申し訳ありません」
まさか自らの必死な行動に、カミーユが兄に叱責されたなどと思いもしなかったルシアは何度も謝ることしか出来なかった。
(私は自分が不幸な環境から抜け出したい一心で、それ以外考えられなかったけれど、まさか……そんなことがカミーユ殿下に起こっていたなんて)
今朝、カミーユがいつもよりも不機嫌に見えたはずだ。だから、彼は少々荒っぽい手を使って脅してでも、ルシアを自分から諦めさせようとしていたのかもしれない。
「いいえ。それは本来ならば、貴女が知る必要のない出来事です。カミーユ殿下とて自分に好意を持つうら若き乙女に対し、誇れるような紳士的な態度ではないことも事実ですから……」
「あのっ……実は、私が殿下にお渡ししようとしている書類は、恋文ではありません」
彼を諦めるべきだという意味合いの話を続けようとして途中に遮られ、叫ぶようなルシアの高い声に、ヒューバートは一瞬不快そうな表情を浮かべたものの、彼女の言葉の意味を理解したのか驚いていた。
「……では、その手紙の中は、どんなものなのですか?」
ヒューバートはルシアが手に持っている手紙を人差し指で指差し、恐る恐るといった様子で聞いた。
ルシアが現在その手に持っている封筒は、彼女自身が敢えて誤解させようとしたために、個人的な手紙を送る時に使う手のひら程度の大きさだ。
ユスターシュ伯爵家が持つ船団で仕事をしている時に使っている、契約書などの大事な書類を扱うための、紙を折らぬままに入れられるような大きさの封筒ではなかった。
(……城の中では、カミーユ殿下へ恋文を渡そうとしている哀れな貧乏令嬢だと笑われていたのは知っていたけれど、それが原因でカミーユ殿下が王太子殿下に怒られてしまうなんて、思ってもみなかった)
封筒の中に書かれているのは現世の知識を盛り込んだ画期的な輸送方法で、ルシアは自分でも良い出来だと自負している。
この手紙を受け取り彼にその内容を確認さえしてもらえれば、意味がわかる人にはきっと話を聞いてもらえるだろうと思えるような提案書だ。
「これは軍関係の輸送を、我が家にお任せいただきたく、新しい方法をご提案させていただいた提案書です。恋文ではありません」
「……それは、殿下宛に手紙をお送りいただければ……」
「十通ほどこのような提案書を関係機関へとお送りいたしましたが、全て封も切らずに戻って来ました。そして、優秀な殿下に見ていただければ必ず興味を持って頂ける内容となっております。ですから、こうして直接お渡ししているのです」
カミーユ本人宛に手紙を送れば良いのではないかといったヒューバートは、ルシアが必死で手紙を読んで欲しいと縋り付く理由を聞き、唖然としているようだった。
(きっと……シャンペル卿だって、仕事の提案ならば手紙を送れば良いってそう思うわよね。それに通常ならば、封も切らずに全て送り返された時点で諦めてしまうはず……私にはカミーユ殿下へ働きかけることを諦められない特別な理由があるだけで)
ただ貴族令嬢として嫁入りしたいだけなのにも関わらず『氷の王子』から軍の輸送を一手に任せて欲しいとお願いしなければいけない。
それを始めてから三ヶ月が経とうというのに、カミーユには手紙を受け取ってすら貰えない。
父レオンスの予想通りに。
「何か……諦められない事情があるんですね」
ヒューバートはルシアの言いたいことをなんとなく察したのか頷き、ルシアもそれに合わせて頷いた。
「ええ……あります」
ルシアが何故これだけ必死で中身を読んで欲しいと縋っていたのかを察し、ヒューバートはその手紙を手に取って言った。
「……わかりました。これは、私の方から殿下にお渡しします。ですが、読んで貰えるかどうかはわかりませんよ。ゴミ箱へと捨ててしまうかも」
ヒューバートは難しい顔をしていて、カミーユがそれを読む可能性は少ないだろうことを意味していた。
「構いません。シャンペル卿……本当に、ありがとうございます!」
嬉しそうに笑顔になったルシアに、ヒューバートは困ったように微笑んだ。
護衛騎士たちは王族に近づく者の身元は調べているはずで、ヒューバートはルシアがユスターシュ伯爵家の人間であることは既にわかっているだろうに、それを敢えて知らないふりをし、ゆっくりとした口調で諭すよう彼の言葉に、ルシアは顔を上げた。
「……そうなのですか?」
流れ続ける涙にすっかり濡れてしまった彼女の顔を見て、罪悪感に駆られてしまったのか、ヒューバートは頭に手を置き息をついた。
(カミーユ殿下は周囲にはとても冷たいとは知っていたけれど、女嫌いなのだとは聞いていなかった)
思いも寄らぬ情報を聞かされ驚いて目を見開いたルシアに、ヒューバートは無理はないと言わんばかりに何度か頷いた。
「ええ。そうです。カミーユ様には婚約者がいらっしゃらないのも、それが原因です。ですが、貴女が王族に対する不敬罪を恐れぬほどに必死であることは、我々も承知しています。それほどまでに、殿下を愛されている貴女には申し訳ありませんが、そんな貴女の哀れな様子に、城の人々からも同情の声が聞こえ……実はこの前にはカミーユ殿下は、王太子殿下から女性になんという酷い態度を取るのだと、叱責されたんですよ」
「そんな……本当に、申し訳ありません」
まさか自らの必死な行動に、カミーユが兄に叱責されたなどと思いもしなかったルシアは何度も謝ることしか出来なかった。
(私は自分が不幸な環境から抜け出したい一心で、それ以外考えられなかったけれど、まさか……そんなことがカミーユ殿下に起こっていたなんて)
今朝、カミーユがいつもよりも不機嫌に見えたはずだ。だから、彼は少々荒っぽい手を使って脅してでも、ルシアを自分から諦めさせようとしていたのかもしれない。
「いいえ。それは本来ならば、貴女が知る必要のない出来事です。カミーユ殿下とて自分に好意を持つうら若き乙女に対し、誇れるような紳士的な態度ではないことも事実ですから……」
「あのっ……実は、私が殿下にお渡ししようとしている書類は、恋文ではありません」
彼を諦めるべきだという意味合いの話を続けようとして途中に遮られ、叫ぶようなルシアの高い声に、ヒューバートは一瞬不快そうな表情を浮かべたものの、彼女の言葉の意味を理解したのか驚いていた。
「……では、その手紙の中は、どんなものなのですか?」
ヒューバートはルシアが手に持っている手紙を人差し指で指差し、恐る恐るといった様子で聞いた。
ルシアが現在その手に持っている封筒は、彼女自身が敢えて誤解させようとしたために、個人的な手紙を送る時に使う手のひら程度の大きさだ。
ユスターシュ伯爵家が持つ船団で仕事をしている時に使っている、契約書などの大事な書類を扱うための、紙を折らぬままに入れられるような大きさの封筒ではなかった。
(……城の中では、カミーユ殿下へ恋文を渡そうとしている哀れな貧乏令嬢だと笑われていたのは知っていたけれど、それが原因でカミーユ殿下が王太子殿下に怒られてしまうなんて、思ってもみなかった)
封筒の中に書かれているのは現世の知識を盛り込んだ画期的な輸送方法で、ルシアは自分でも良い出来だと自負している。
この手紙を受け取り彼にその内容を確認さえしてもらえれば、意味がわかる人にはきっと話を聞いてもらえるだろうと思えるような提案書だ。
「これは軍関係の輸送を、我が家にお任せいただきたく、新しい方法をご提案させていただいた提案書です。恋文ではありません」
「……それは、殿下宛に手紙をお送りいただければ……」
「十通ほどこのような提案書を関係機関へとお送りいたしましたが、全て封も切らずに戻って来ました。そして、優秀な殿下に見ていただければ必ず興味を持って頂ける内容となっております。ですから、こうして直接お渡ししているのです」
カミーユ本人宛に手紙を送れば良いのではないかといったヒューバートは、ルシアが必死で手紙を読んで欲しいと縋り付く理由を聞き、唖然としているようだった。
(きっと……シャンペル卿だって、仕事の提案ならば手紙を送れば良いってそう思うわよね。それに通常ならば、封も切らずに全て送り返された時点で諦めてしまうはず……私にはカミーユ殿下へ働きかけることを諦められない特別な理由があるだけで)
ただ貴族令嬢として嫁入りしたいだけなのにも関わらず『氷の王子』から軍の輸送を一手に任せて欲しいとお願いしなければいけない。
それを始めてから三ヶ月が経とうというのに、カミーユには手紙を受け取ってすら貰えない。
父レオンスの予想通りに。
「何か……諦められない事情があるんですね」
ヒューバートはルシアの言いたいことをなんとなく察したのか頷き、ルシアもそれに合わせて頷いた。
「ええ……あります」
ルシアが何故これだけ必死で中身を読んで欲しいと縋っていたのかを察し、ヒューバートはその手紙を手に取って言った。
「……わかりました。これは、私の方から殿下にお渡しします。ですが、読んで貰えるかどうかはわかりませんよ。ゴミ箱へと捨ててしまうかも」
ヒューバートは難しい顔をしていて、カミーユがそれを読む可能性は少ないだろうことを意味していた。
「構いません。シャンペル卿……本当に、ありがとうございます!」
嬉しそうに笑顔になったルシアに、ヒューバートは困ったように微笑んだ。
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