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04 新たな条件①
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叔父から非難され父の気まぐれでの発言から三ヶ月ほど経ち、ルシアはカミーユへと直接訴えてみるものの、全くうまく行かない。
ある時は勇気を出して条件を緩和して欲しいと父に訴えたこともあるが『お前の持参金を用意して欲しくば、色仕掛けでもなんでも使って承認の判子でも貰ってみろ。お前には無理だろうがな』と、血の繋がった娘に対する態度にはとても思えない失礼な態度でせせら笑われた。
(私には色仕掛けなんて、出来るはずないわ……)
日々、ユスターシュ伯爵家のために長時間働くルシアには、同じ年頃の令嬢のようにお洒落を楽しめるような余裕はない。
『これを着ろ』と豪華で派手な格好を好む母から用意された質素なドレスは常に安い古着で、身だしなみを整えてくれるはずのメイドなどそんなルシアの両親が用意してくれるはずもない。
王族カミーユに直接訴えるために彼が城の何処に定期的に現れるかは、ルシアの境遇に同情してくれた叔父マーティンが連れて来ていた使用人から、必死に頼み込み聞き出した。
軍総帥であるカミーユは城での朝の会議を終えると、執務棟へ向かうために渡り廊下を歩く。
その時だけが、自分以外誰にも頼る術もなく、必死で訴えるルシアにとって、彼に会える唯一の機会だった。
「あのっ……殿下」
「またか。もう何度目だ……要らない。却下だ。いい加減にしろ」
朝日にも眩しい銀髪を持つカミーユへ白い封筒を差し出し、両足が縺れ尻もちをついて転んでしまったルシアは、痛みを堪えて上を見上げて息を呑んだ。
立ち止まっていたカミーユは美々しい顔にある眉を顰め、無様に転んだルシアを冷たく見下ろしていた。
(氷の王子様の、絶対零度の冷たい眼差し。怖い……怖いけど、ここで逃げるわけにはいかない。書類に目を通してもらいさえすればわかってくれるはず……ここで諦めてしまえば、私の人生は終わってしまう)
怯えつつも彼へ何かを言おうとしたルシアを見て、カミーユは何気なく右手を挙げ、それを下ろした。
その瞬間、座り込んでいたルシアの前に大きな黒い背中が立ち塞がり、まるで金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響いた。
黒髪の護衛騎士が地を這うような低い声で、カミーユへと意見していた。
「……カミーユ殿下。最後の一線は、どうか我慢なさってください。こちらは身を守る術を持たぬ、か弱きご令嬢なのですから」
彼の言葉を聞いてルシアは先ほどの聞きなれない音は、カミーユが自分へとなんらかの攻撃を向けたのをこの彼が弾いたのだと理解した。
軍属にある第二王子カミーユの戦闘能力は高く、この国でも有数の強さだという噂は聞いていた。けれど、それが自分に向けられてしまうなど思っても見なかった。
(私。今、殺されるところだった? 嘘でしょう……)
黒髪の護衛騎士が先ほど言った通りに、単なる貴族令嬢のルシアには自分で身を守ることは出来ない。
この彼が庇ってくれなければ、下手すれば死んでしまうところだったのではないかと、ルシアの頬には涙がひと筋伝った。
「何を言う。二度と俺には関わりたくないと思わせるために、ほんの少し脅そうとしただけだ。気に入らん……ヒューバート。お前はそれを、城門にまで連れて行け」
「かしこまりました」
ヒューバートと呼ばれた黒髪の騎士は跪いて頷き、その名前を聞いてから自分を庇ってくれたこの彼が有名な騎士ヒューバート・シャンペルなのだとルシアは知った。
ウィスタリア王国で女性にとても人気があるヒューバート・シャンペルは、身分こそ平民ではあるものの、若くして成り上がった騎士だ。
第二王子カミーユも気に入っているという噂の通り、自身の護衛騎士にヒューバートを任命しているのだろう。
何もかも気に入らないと言わんばかりに大きく舌打ちをしたカミーユは去り、彼と他の護衛騎士らの姿が見えなくなると、ヒューバートは地面に座り込んだままのルシアの手を取り助け起こしてくれた。
「……ありがとうございます」
(……死ぬところだった? 脅しと言っても、下手すれば死んでいたかもしれない)
命の危険を間近に感じ項垂れ感謝の言葉を口にしたルシアに、ヒューバートの整った顔は難しい表情を浮かべた。
「そちらの、|ご令嬢(レディ)。これまでに殿下からもお聞きになられている何度目かのご忠告と同じ内容ですが、貴女はもうここに来るべきではありません。か弱き女性は守るべき対象と考える我々も、これ以上は命の保証を致しかねます」
これからはカミーユや彼を取り巻く護衛騎士たちも自分に対して容赦しないかもしれない。
見るからに言い難そうにヒューバートは口にし、ルシアは唯一の希望が断たれてしまうかもしれないとまた涙を流してしまった。
「……申し訳ございません。ご迷惑をおかけして、本当に、申し訳なく思っています」
謝ることしか出来ずに、顔を両手で覆ったルシアの哀れな様子を見かねたのか、ヒューバートは人目のあるここから離れようと、彼女の背中に手を置いて歩き出した。
ある時は勇気を出して条件を緩和して欲しいと父に訴えたこともあるが『お前の持参金を用意して欲しくば、色仕掛けでもなんでも使って承認の判子でも貰ってみろ。お前には無理だろうがな』と、血の繋がった娘に対する態度にはとても思えない失礼な態度でせせら笑われた。
(私には色仕掛けなんて、出来るはずないわ……)
日々、ユスターシュ伯爵家のために長時間働くルシアには、同じ年頃の令嬢のようにお洒落を楽しめるような余裕はない。
『これを着ろ』と豪華で派手な格好を好む母から用意された質素なドレスは常に安い古着で、身だしなみを整えてくれるはずのメイドなどそんなルシアの両親が用意してくれるはずもない。
王族カミーユに直接訴えるために彼が城の何処に定期的に現れるかは、ルシアの境遇に同情してくれた叔父マーティンが連れて来ていた使用人から、必死に頼み込み聞き出した。
軍総帥であるカミーユは城での朝の会議を終えると、執務棟へ向かうために渡り廊下を歩く。
その時だけが、自分以外誰にも頼る術もなく、必死で訴えるルシアにとって、彼に会える唯一の機会だった。
「あのっ……殿下」
「またか。もう何度目だ……要らない。却下だ。いい加減にしろ」
朝日にも眩しい銀髪を持つカミーユへ白い封筒を差し出し、両足が縺れ尻もちをついて転んでしまったルシアは、痛みを堪えて上を見上げて息を呑んだ。
立ち止まっていたカミーユは美々しい顔にある眉を顰め、無様に転んだルシアを冷たく見下ろしていた。
(氷の王子様の、絶対零度の冷たい眼差し。怖い……怖いけど、ここで逃げるわけにはいかない。書類に目を通してもらいさえすればわかってくれるはず……ここで諦めてしまえば、私の人生は終わってしまう)
怯えつつも彼へ何かを言おうとしたルシアを見て、カミーユは何気なく右手を挙げ、それを下ろした。
その瞬間、座り込んでいたルシアの前に大きな黒い背中が立ち塞がり、まるで金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響いた。
黒髪の護衛騎士が地を這うような低い声で、カミーユへと意見していた。
「……カミーユ殿下。最後の一線は、どうか我慢なさってください。こちらは身を守る術を持たぬ、か弱きご令嬢なのですから」
彼の言葉を聞いてルシアは先ほどの聞きなれない音は、カミーユが自分へとなんらかの攻撃を向けたのをこの彼が弾いたのだと理解した。
軍属にある第二王子カミーユの戦闘能力は高く、この国でも有数の強さだという噂は聞いていた。けれど、それが自分に向けられてしまうなど思っても見なかった。
(私。今、殺されるところだった? 嘘でしょう……)
黒髪の護衛騎士が先ほど言った通りに、単なる貴族令嬢のルシアには自分で身を守ることは出来ない。
この彼が庇ってくれなければ、下手すれば死んでしまうところだったのではないかと、ルシアの頬には涙がひと筋伝った。
「何を言う。二度と俺には関わりたくないと思わせるために、ほんの少し脅そうとしただけだ。気に入らん……ヒューバート。お前はそれを、城門にまで連れて行け」
「かしこまりました」
ヒューバートと呼ばれた黒髪の騎士は跪いて頷き、その名前を聞いてから自分を庇ってくれたこの彼が有名な騎士ヒューバート・シャンペルなのだとルシアは知った。
ウィスタリア王国で女性にとても人気があるヒューバート・シャンペルは、身分こそ平民ではあるものの、若くして成り上がった騎士だ。
第二王子カミーユも気に入っているという噂の通り、自身の護衛騎士にヒューバートを任命しているのだろう。
何もかも気に入らないと言わんばかりに大きく舌打ちをしたカミーユは去り、彼と他の護衛騎士らの姿が見えなくなると、ヒューバートは地面に座り込んだままのルシアの手を取り助け起こしてくれた。
「……ありがとうございます」
(……死ぬところだった? 脅しと言っても、下手すれば死んでいたかもしれない)
命の危険を間近に感じ項垂れ感謝の言葉を口にしたルシアに、ヒューバートの整った顔は難しい表情を浮かべた。
「そちらの、|ご令嬢(レディ)。これまでに殿下からもお聞きになられている何度目かのご忠告と同じ内容ですが、貴女はもうここに来るべきではありません。か弱き女性は守るべき対象と考える我々も、これ以上は命の保証を致しかねます」
これからはカミーユや彼を取り巻く護衛騎士たちも自分に対して容赦しないかもしれない。
見るからに言い難そうにヒューバートは口にし、ルシアは唯一の希望が断たれてしまうかもしれないとまた涙を流してしまった。
「……申し訳ございません。ご迷惑をおかけして、本当に、申し訳なく思っています」
謝ることしか出来ずに、顔を両手で覆ったルシアの哀れな様子を見かねたのか、ヒューバートは人目のあるここから離れようと、彼女の背中に手を置いて歩き出した。
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