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01 却下
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「カミーユ殿下っ……どうか、これにお目通しください。お願いします!」
「却下」
ウィスタリア王国第二王子カミーユ・ヴィメールは、小さな封筒を自らに差し出し必死で訴えるルシアを一瞥することもなく言い放った。
城中廊下で移動をしている王族を呼び止め、何が入っているかわからぬ封筒を差し出すなど、この国を治める王族への不敬罪に問われても不思議ではない。
だが、優雅に暮らすはずの貴族の身分を持ち、それも上級貴族にあるとされる伯爵令嬢ルシア・ユスターシュは決死の覚悟での行為だった。
生きるか死ぬかの究極の二択であれば、これこそが彼女の生き残る可能性のある唯一の方法だった。
必死に縋る彼女にため息をついたカミーユが奪うようにして手に取った封筒は、無情にもルシアの目の前でビリッと大きな音をさせて呆気なく破られた。
(そっ……そんな。中にある書類を読んで貰いさえすれば、なんとかなるはずなのに……)
ここ一週間、うんうんと悩み頭を捻りながら考えた軍関係物資輸送の効率化に関する書類を破られてしまい、ルシアは絶望的な表情を隠せなかった。
入城し王族への拝謁を望める貴族の身分を持つルシアが小柄な体に纏う飾り気のない簡素な灰色のドレスは薄汚れ、年頃の貴族令嬢としては当然の身だしなみをされる化粧もしていない童顔は青くなり血の気が引いていた。
それは、お金のない平民の中に混じればなんらおかしくないことでも、裕福な貴族が集う王城の中に居る面々には長いまっすぐな黒髪を流行りの形に結うこともせずに、背中に流したままの彼女の姿は珍しく奇異なものとして映っていることだろう。
やっと立ち止まったカミーユに、『何故お前如きがここに居る』と言わんばかりに鋭い眼光で冷たく睨まれて、ルシアは体が竦んでしまった。
「でっ……殿下。あのっ」
怯えて身を震わせたルシアが泣きそうな表情になり、カミーユは鬱陶しいと言わんばかりに片手を振っていた。
「そのように、哀れな態度でどれだけ必死で訴えようとも、俺がお前の手紙を見ることはない。内容がなんであったとしても、すべて却下だ。衛兵を呼ばれて摘まみ出される前に、さっさと帰れ」
絶対零度の冷たい眼差しを呆然としているルシアへと向け、ウィスタリア王国第二王子カミーユは言い放つと彼女の反応を確認することなく歩き出し、彼を取り巻く四人ほどの背の高い護衛騎士たちも、表情を変えず無言でそれに続いた。
どう見ても身分違いの相手に恋文を渡し、それを読んでもらえないことで落ち込み項垂れているルシアに、偶然その場に居合わせた女官やメイドたちは同情の目を向けるものの、決して話しかけはしない。
ルシアが怒らせてしまった王族の悋気に、何の罪もない自分たちも巻き込まれてしまうことを恐れているためだ。
ここ緑豊かな肥沃な大地を持つウィスタリア王国には、二人の王子が居る。
温和な性格で物腰柔らかい王太子アダムスとは違い、三つ下の弟王子カミーユは人を人と思わぬような不遜な言動と冷たい態度で『氷の王子』だと国民からは呼ばれていた。
カミーユはまるで月の光を梳かしたような烟る銀髪に、きよらかな清流を思わせる水色の目、誰もが惚れ惚れとするような端正な容貌を持つが、形の良い唇から放たれるのは氷の矢のように冷たい言葉しかない。
だから、一介の貴族令嬢であるルシアが封筒を手にして、どうしても目を通して欲しいと哀れな態度で涙を流し訴えようが、カミーユが彼女にこのような態度を取ることは、ここ三か月ほど数日を置いて何度か繰り返され、城に働く面々にとっては今更驚くような話でもなかった。
(……今日も……駄目だった)
大きくため息をつきながら、カミーユの背中が小さくなって行く方向とは逆方向へと体の向きを変えたルシアは、瀟洒な彫刻が施された大きな窓に映る青い空を見て、ついうっかり小声で呟いてしまった。
「天気良い……青い空は同じなのに、ここは魔法のある異世界なんだよね……」
ルシア・ユスターシュは前世の記憶を持ち、この中世ヨーロッパを思わせるような異世界へと転生した伯爵令嬢だった。
「却下」
ウィスタリア王国第二王子カミーユ・ヴィメールは、小さな封筒を自らに差し出し必死で訴えるルシアを一瞥することもなく言い放った。
城中廊下で移動をしている王族を呼び止め、何が入っているかわからぬ封筒を差し出すなど、この国を治める王族への不敬罪に問われても不思議ではない。
だが、優雅に暮らすはずの貴族の身分を持ち、それも上級貴族にあるとされる伯爵令嬢ルシア・ユスターシュは決死の覚悟での行為だった。
生きるか死ぬかの究極の二択であれば、これこそが彼女の生き残る可能性のある唯一の方法だった。
必死に縋る彼女にため息をついたカミーユが奪うようにして手に取った封筒は、無情にもルシアの目の前でビリッと大きな音をさせて呆気なく破られた。
(そっ……そんな。中にある書類を読んで貰いさえすれば、なんとかなるはずなのに……)
ここ一週間、うんうんと悩み頭を捻りながら考えた軍関係物資輸送の効率化に関する書類を破られてしまい、ルシアは絶望的な表情を隠せなかった。
入城し王族への拝謁を望める貴族の身分を持つルシアが小柄な体に纏う飾り気のない簡素な灰色のドレスは薄汚れ、年頃の貴族令嬢としては当然の身だしなみをされる化粧もしていない童顔は青くなり血の気が引いていた。
それは、お金のない平民の中に混じればなんらおかしくないことでも、裕福な貴族が集う王城の中に居る面々には長いまっすぐな黒髪を流行りの形に結うこともせずに、背中に流したままの彼女の姿は珍しく奇異なものとして映っていることだろう。
やっと立ち止まったカミーユに、『何故お前如きがここに居る』と言わんばかりに鋭い眼光で冷たく睨まれて、ルシアは体が竦んでしまった。
「でっ……殿下。あのっ」
怯えて身を震わせたルシアが泣きそうな表情になり、カミーユは鬱陶しいと言わんばかりに片手を振っていた。
「そのように、哀れな態度でどれだけ必死で訴えようとも、俺がお前の手紙を見ることはない。内容がなんであったとしても、すべて却下だ。衛兵を呼ばれて摘まみ出される前に、さっさと帰れ」
絶対零度の冷たい眼差しを呆然としているルシアへと向け、ウィスタリア王国第二王子カミーユは言い放つと彼女の反応を確認することなく歩き出し、彼を取り巻く四人ほどの背の高い護衛騎士たちも、表情を変えず無言でそれに続いた。
どう見ても身分違いの相手に恋文を渡し、それを読んでもらえないことで落ち込み項垂れているルシアに、偶然その場に居合わせた女官やメイドたちは同情の目を向けるものの、決して話しかけはしない。
ルシアが怒らせてしまった王族の悋気に、何の罪もない自分たちも巻き込まれてしまうことを恐れているためだ。
ここ緑豊かな肥沃な大地を持つウィスタリア王国には、二人の王子が居る。
温和な性格で物腰柔らかい王太子アダムスとは違い、三つ下の弟王子カミーユは人を人と思わぬような不遜な言動と冷たい態度で『氷の王子』だと国民からは呼ばれていた。
カミーユはまるで月の光を梳かしたような烟る銀髪に、きよらかな清流を思わせる水色の目、誰もが惚れ惚れとするような端正な容貌を持つが、形の良い唇から放たれるのは氷の矢のように冷たい言葉しかない。
だから、一介の貴族令嬢であるルシアが封筒を手にして、どうしても目を通して欲しいと哀れな態度で涙を流し訴えようが、カミーユが彼女にこのような態度を取ることは、ここ三か月ほど数日を置いて何度か繰り返され、城に働く面々にとっては今更驚くような話でもなかった。
(……今日も……駄目だった)
大きくため息をつきながら、カミーユの背中が小さくなって行く方向とは逆方向へと体の向きを変えたルシアは、瀟洒な彫刻が施された大きな窓に映る青い空を見て、ついうっかり小声で呟いてしまった。
「天気良い……青い空は同じなのに、ここは魔法のある異世界なんだよね……」
ルシア・ユスターシュは前世の記憶を持ち、この中世ヨーロッパを思わせるような異世界へと転生した伯爵令嬢だった。
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