上 下
7 / 10

08 箱の中

しおりを挟む
 いけない。何を考えていたんだろう。ギャビンがここで私を好きだと言ってくれている理由は、単に乙女ゲームの強制力が働いているからなのに。

「おい! ギャビン! 居ないのか? もしかして……レイラは訪ねて来ていないのか?」

 それは、もうどこかへ行ってしまっているだろうと思い込んでいた、騎士ジョルジュの声だった。

 私は扉の外に出ることも出来ず、ギャビンの真剣な青い目を見つめるしかない。

 さっき、扉を出てなくて、セ、セーフ? けど、ギャビンには既に見つかってるし……ギャビンとジョルジュは、実はお母様方が姉妹で、従兄弟同士なのだ。

 ここでギャビンと共に居る私がジョルジュに見つかってしまうのは、絶対に得策ではない。好感度が段階を上がるたびに、嫉妬したり執着する様子が描かれるジョルジュは、頭に血が昇りやすい。

「ギャビン? 何で返事もしないんだ? おーい」

 王族と貴族で身分は違えど、ギャビンとジョルジュは気安い関係だ。お母様同士が仲が良いこともあり、王族への多少の無礼は許されている。

 このままだと、焦れたジョルジュは部屋の中に入って来かねない。

 私はどうすべきかと悩んだ挙句に、ジョルジュの声には応えずに黙ったまま私を見ていたギャビンの手を引いて彼の衣装部屋へと入り込んだ。

「……レイラっ? どうしたんだ?」

「しっ! お願いします。私が良いと言うまで、何も言わずにジョルジュに知られないように、黙っててください……事情はまた、後で説明しますから」

 私はギャビンの衣装部屋の中にあった、大きな宝箱のような物入れに目をつけた。まさかこんな箱の中に、王子様と私が入っているなんて誰も思わないはずだ。

 もし、強引なジョルジュが入って来ても、この箱の中を確認したりはしないだろう。

 ギャビンに色々と説明している暇はないし、彼に黙っていて欲しいと頼んで聞いてくれる保証はない。

 一刻も早く乙女ゲームの好感度に振り回されている三人の好感度を元の状態に戻すために、黒うさぎのトリスタンに会わなきゃいけないのに!

「えっ? レイラ?」

 何も言わずに私にされるがままだったギャビンも、自ら狭い箱の中へ入った私に手招きをされて困惑していた。

 よくよく考えなくても、王子様は箱の中に入って隠れたりしないと思う。必要ないし。

 ガチャっと開いた蝶番の音に、私は小声で言った。

「ギャビン。良いから、入ってください!」

「っ……ちょっと待って。レイラっ……」

 私はギャビンが慌てているのも聞かずに、箱の蓋を下ろした。

「これは、どういうことなの? レイラ」

 箱の大きさなどの関係もあり、後ろから私を抱きすくめる体勢になったギャビンは、耳の辺りで囁くように言った。

「お願い。今はジョルジュに見つかると、色々面倒なんです。また、説明しますから……」

 小声で返した私は自分たち二人が、狭い空間の箱の中でとんでもない体勢になってしまっていることに気がついた。

「ごめん……これは、わざとじゃない」

「大丈夫。わかっています。ギャビン殿下は、そんな人ではないですから」

 後ろから抱きすくめるようになっているギャビンの腕は私の体の前に回されていて、狭い箱の大きさの関係上、彼の手は胸の上に手があった。

 これは……完全に不可抗力。ギャビンはだから、さっき私に待って欲しいって言ったんだ……。

「本当に……ごめん。ただの、生理現象だから」

 私は耳元で囁く恥ずかしそうなギャビンが何を言いたいのかを察し、慌てて妙な慰めを口走ってしまった。

「きっ……気にしないでください! よっ……良くありますよ」

 良くは、ないよ!! こんな状況、日常では絶対良くはないよ!!

 ……何言ってんの。本当に馬鹿じゃないの。ううん。その通りなの。

 良くわかってる。にっちもさっちもいかない、良く分からないこんな状況にしてしまった馬鹿はこの私だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になる前に、王子と婚約解消するはずが!

餡子
恋愛
恋愛小説の世界に悪役令嬢として転生してしまい、ヒーローである第五王子の婚約者になってしまった。 なんとかして円満に婚約解消するはずが、解消出来ないまま明日から物語が始まってしまいそう! このままじゃ悪役令嬢まっしぐら!?

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?

うり北 うりこ
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。 これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは? 命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。

転生した悪役令嬢はシナリオ通りに王子に婚約破棄されることを望む

双葉葵
恋愛
悪役令嬢メリッサ・ローランドは、卒業式のパーティで断罪され追放されることを望んでいる。 幼い頃から見てきた王子が此方を見てくれないということは“運命”であり決して変えられない“シナリオ”通りである。 定刻を過ぎても予定通り迎えに来ない王子に一人でパーティに参加して、訪れる断罪の時を待っていたけれど。険しい顔をして現れた婚約者の様子が何やら変で困惑する。【こんなの“シナリオ”になかったわ】 【隣にいるはずの“ローズ”(ヒロイン)はどこなの?】 *以前、『小説家になろう』であげていたものの再掲になります。

悪役令嬢は王子の溺愛を終わらせない~ヒロイン遭遇で婚約破棄されたくないので、彼と国外に脱出します~

可児 うさこ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。第二王子の婚約者として溺愛されて暮らしていたが、ヒロインが登場。第二王子はヒロインと幼なじみで、シナリオでは真っ先に攻略されてしまう。婚約破棄されて幸せを手放したくない私は、彼に言った。「ハネムーン(国外脱出)したいです」。私の願いなら何でも叶えてくれる彼は、すぐに手際を整えてくれた。幸せなハネムーンを楽しんでいると、ヒロインの影が追ってきて……※ハッピーエンドです※

この異世界転生の結末は

冬野月子
恋愛
五歳の時に乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したと気付いたアンジェリーヌ。 一体、自分に待ち受けているのはどんな結末なのだろう? ※「小説家になろう」にも投稿しています。

悪役令嬢ですが、どうやらずっと好きだったみたいです

朝顔
恋愛
リナリアは前世の記憶を思い出して、頭を悩ませた。 この世界が自分の遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気がついたのだ。 そして、自分はどうやら主人公をいじめて、嫉妬に狂って殺そうとまでする悪役令嬢に転生してしまった。 せっかく生まれ変わった人生で断罪されるなんて絶対嫌。 どうにかして攻略対象である王子から逃げたいけど、なぜだか懐つかれてしまって……。 悪役令嬢の王道?の話を書いてみたくてチャレンジしました。 ざまぁはなく、溺愛甘々なお話です。 なろうにも同時投稿

処理中です...