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68 匂わせ

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「……あの……芹沢くんって、最近会った?」

 最近、私は芹沢くんと会えてない。

 銀河から元カノ雪華の情報を貰ったあの直後から、彼はやけに多忙になってしまった。

 いつもは彼の方から空いている時間を、率先して教えてくれるのに。最近は、メッセージアプリでの、文字のやりとりだけ。

 やりとり自体は会えてないから、その分増えたけど……やっぱり、芹沢くんと直接会えないのは寂しい。

「……んー。なんか、芹沢は忙しいみたいで、俺は会えてない。あいつは、司法試験の予備試験にはもう通ってるんだ。来年本番の司法試験を受けるみたいだから、その辺の届け出とか準備とか……色々あるんじゃないの」

 彼の親しい友人のゆうくんがそう言っているんであれば、多分それで間違いないんだろう。私は芹沢くんと会えてないけど、それは皆一緒なのだ……仕方ない。

「そっか……それなら、我慢は出来るけど。会えないの、寂しいな……」

 私はゆうくんと話しつつなんとなく、自分のスマホのディスプレイを触っていた。

 その時、偶然通知が来て、芹沢くんかなと思った。けど、弟の銀河だった。つい、落胆した。ごめん。銀河。

 何かの画像を私に送って来ていて、それを何気なく開いた。

「……え」

「みーちゃん? どうかしたの?」

「うっ……ううん。何でもないよ……」

 とても気が利くコミュ力カンストゆうくんは多分、私がなんでもないと無理をして言った言葉を、嘘だと見抜いたはずだ。

 けど、何故か彼はその理由を踏み込んで私を問い詰めることはせずに、自販機で買った温かな加糖の缶コーヒーを奢ってくれた。

 次の講義の時間まで、明るいゆうくんの滑らない面白い話を聞きつつ、熱いはずのコーヒーを飲みつつも私の心は冷え続けていた。


◇◆◇


「……嘘だよね……」

 その日にやるべきことをすべてこなし、私はようやく自分の家へと辿り着いた。

 銀河が送って来た、あの画像を見てしまったショックが数時間経った今も消せない。

 呆然自失のままでスマホの画面に映る画像の上に、ポツリと水滴が一粒落ちたから、私は慌てて手で拭き取った。

 ものすごくバカだと自分でも思うんだけど、それは私が零した涙だと気が付いたのは、その後だった。

 次から次へと、頬を伝い零れ落ちる涙。どうにか、止めようと思っても止まらない。変えようと思っても変わらない、酷い現実のように。

 画像に写る端正な顔は絶妙に隠れてはいるけど、逞しい体つきと形の良い口元だけでも、どれだけその男性が持つ容姿が良いか察せてしまう。

「やだっ……やだ……せりざわくん……なんでっ……」

 弟の銀河がスクショを送ってくれた雪華のSNSに掲載されていたのは、私の彼氏のはずの芹沢くんで間違っていない……一度目はもう気にしないようにしようと、心に決めた。いつか、芹沢くんも私に訳を話してくれるはずだと。

 けど、二度目は……気にしないのは、無理。

 銀河がくれた追加情報では、また雪華が匂わせをしたと、SNSでは大騒ぎ炎上中。

 けど、彼女が元々付き合っていたある有名俳優ではないと判明したからか。匂わせ写真に映っている芹沢くんが誰なのか、相手が誰かを当てるそういうゲームみたいになっていて、大変なことになっているらしい。

「……嘘……うそうそうそ……嘘だぁ……」

 あんなに。私のことを好きって、言ってくれたのに……なんで、芹沢くんは、今も元カノと会っているの?

 それは、彼本人に直接聞けば……簡単にわかるくらいの疑問なのかもしれない。

 あの人は、真面目で誠実な性格で……だからこそ、大好きになって。ちゃんと聞けば、きっと教えてくれるはずだ。違うよ。ある事情があって、どうしても会わなきゃいけなかったからって。

 そうだよ。こんなことを。私を裏切るようなこと……あの芹沢くんが、する訳なんてないってわかっているのに。

 けど、怖かった。どうしても、怖かった。

 私の人生の中で、絶対に失いたくない人だから。どうしても。

「芹沢くん……なんで……」

 恐れている何かが起きていることを、知ってしまうのが、本当に……怖かった。
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