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11 ハードル
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「水無瀬さん……どうしたの? 昨夜ろくに寝てないもんね。流石に眠い? 俺んち、すぐそこだから」
そうして、彼が指差したのは、駅前の高級マンションだった。
「えっ! 待って。芹沢くん、ここに住んでるの……?」
駅近だし、新築だし、お洒落。それは、この辺りでは有名な、デザイナーズマンションだった。一番安い部屋だとしても絶対に、私たち大学生のバイト代程度では賄えぬほどに家賃は高い。
芹沢くんは、自身のことをあまり多くは語らない。
偏差値が高過ぎる都内有名高校出身であることは知っているけど、それ以外は不思議なくらいに謎に包まれた男。
私は彼のことをそこまで知らないけど、こんなにも好きなのはおかしいのかもしれない。誰かにおかしいと言われても別に構わないくらいには、芹沢くんのこと好きなんだけど。
「うん。そうだよ。後から食べるものは、俺が適当に買って来るから。先に寝てて良いよ……エアコンの壊れた部屋で、今まで良く眠れたね。女の子には少し危ないかもしれないけど、俺なら漫喫を選ぶ」
「この辺りって、オフィス街近いからビジネスホテルも高いし……芹沢くんがさっき言った通り、個室じゃない漫喫で寝るのも怖いなって思っちゃって。この夏に使えるお小遣いと秤に掛けて、暑さを耐え忍ぶことを選んだの」
今年の夏を楽しむために、私はある程度のお小遣いを貯めていた。
可愛い水着も欲しいし、良い感じのサンダルだって。鮮やかな色のサマーワンピース。既にどれを買うかまで、目星だって付けていた。
一夜何千円かのビジネスホテルに泊まってしまえば、手に入るはずだったものがひとつひとつ泡と消えてなくなってしまうのだ。それならば、私は猛暑でのクーラーのない部屋での一夜を選ぶ。ちょっと意味合いは違うけどお洒落は、我慢。
「はは。だから、耐え難きを耐えていた訳だ。水無瀬さんって、本当に面白いよね。俺も息抜きしにコンビニに、行って良かった。あの時に俺が行かなかったら、そういう部分だって知らないままだったし」
芹沢くんの意見には、こうして奇跡的な棚ボタで推しと付き合うことの出来た私も、激しく同意する。
けど、前半部分には、ひとつ訂正しておきたい箇所もある。
「私って、面白くないよ。そうやって知らない内にハードル上げられると、なんだこいつ面白くなかったって思われるの嫌だから。これから、私と付き合うにあたっては、出来るだけ、ハードルは下げておいて欲しい」
私の切実な要望を聞いた芹沢くんは、ポカンとした呆けた顔になった。間の抜けた表情になったとしても整っている印象が変わらないという、常人には信じがたいチート。
「……ハードル下げるって、どのくらい?」
「うーん。出来れば、地面スレスレになるくらいの高さまで低く。足元あたりくらい?」
芹沢くんの住むマンションのお洒落なロビーを抜けて、歩きつつ私は足元のミュールを指差した。
「それって、なんでも面白いってことになるね? 俺には、水無瀬さんが箸が転がしても面白くなれってこと?」
芹沢くんはエレベーターの上へとあがるボタンを押しながら、笑いを堪えるような表情になった。
「うん。そうしたら、面白いっていう点を期待されて付き合っても、絶対にガッカリされないでしょ? 芹沢くんは、私がこうだったら良いなって思ってた通りだったの。本当はすごく優しいし、良く喋ってくれるし。妄想通りの期待通りだった」
「……俺のことが優しく見える女の子って、多分。これからは、水無瀬さんだけかも」
鍵を開けて部屋へと入っていった彼に、意味ありげな言葉の真意を尋ねることは、私は何故か出来なかった。
そうして、彼が指差したのは、駅前の高級マンションだった。
「えっ! 待って。芹沢くん、ここに住んでるの……?」
駅近だし、新築だし、お洒落。それは、この辺りでは有名な、デザイナーズマンションだった。一番安い部屋だとしても絶対に、私たち大学生のバイト代程度では賄えぬほどに家賃は高い。
芹沢くんは、自身のことをあまり多くは語らない。
偏差値が高過ぎる都内有名高校出身であることは知っているけど、それ以外は不思議なくらいに謎に包まれた男。
私は彼のことをそこまで知らないけど、こんなにも好きなのはおかしいのかもしれない。誰かにおかしいと言われても別に構わないくらいには、芹沢くんのこと好きなんだけど。
「うん。そうだよ。後から食べるものは、俺が適当に買って来るから。先に寝てて良いよ……エアコンの壊れた部屋で、今まで良く眠れたね。女の子には少し危ないかもしれないけど、俺なら漫喫を選ぶ」
「この辺りって、オフィス街近いからビジネスホテルも高いし……芹沢くんがさっき言った通り、個室じゃない漫喫で寝るのも怖いなって思っちゃって。この夏に使えるお小遣いと秤に掛けて、暑さを耐え忍ぶことを選んだの」
今年の夏を楽しむために、私はある程度のお小遣いを貯めていた。
可愛い水着も欲しいし、良い感じのサンダルだって。鮮やかな色のサマーワンピース。既にどれを買うかまで、目星だって付けていた。
一夜何千円かのビジネスホテルに泊まってしまえば、手に入るはずだったものがひとつひとつ泡と消えてなくなってしまうのだ。それならば、私は猛暑でのクーラーのない部屋での一夜を選ぶ。ちょっと意味合いは違うけどお洒落は、我慢。
「はは。だから、耐え難きを耐えていた訳だ。水無瀬さんって、本当に面白いよね。俺も息抜きしにコンビニに、行って良かった。あの時に俺が行かなかったら、そういう部分だって知らないままだったし」
芹沢くんの意見には、こうして奇跡的な棚ボタで推しと付き合うことの出来た私も、激しく同意する。
けど、前半部分には、ひとつ訂正しておきたい箇所もある。
「私って、面白くないよ。そうやって知らない内にハードル上げられると、なんだこいつ面白くなかったって思われるの嫌だから。これから、私と付き合うにあたっては、出来るだけ、ハードルは下げておいて欲しい」
私の切実な要望を聞いた芹沢くんは、ポカンとした呆けた顔になった。間の抜けた表情になったとしても整っている印象が変わらないという、常人には信じがたいチート。
「……ハードル下げるって、どのくらい?」
「うーん。出来れば、地面スレスレになるくらいの高さまで低く。足元あたりくらい?」
芹沢くんの住むマンションのお洒落なロビーを抜けて、歩きつつ私は足元のミュールを指差した。
「それって、なんでも面白いってことになるね? 俺には、水無瀬さんが箸が転がしても面白くなれってこと?」
芹沢くんはエレベーターの上へとあがるボタンを押しながら、笑いを堪えるような表情になった。
「うん。そうしたら、面白いっていう点を期待されて付き合っても、絶対にガッカリされないでしょ? 芹沢くんは、私がこうだったら良いなって思ってた通りだったの。本当はすごく優しいし、良く喋ってくれるし。妄想通りの期待通りだった」
「……俺のことが優しく見える女の子って、多分。これからは、水無瀬さんだけかも」
鍵を開けて部屋へと入っていった彼に、意味ありげな言葉の真意を尋ねることは、私は何故か出来なかった。
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