FATな相棒

みなきや

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 悲愴な面持ちで、タムちゃんはお絞りで顔を拭いた。目の前で派手に散ったプリンとペペロンチーノを思うと、タムちゃんの肉厚な胸は酷く痛んだ。
 辺りに漂うカスタードの香りと、静まり返った店内の空気。ここが墓場かとジョージは思った。
 二人がテーブルに横たわる顔色の悪い女を呆然と見ていると、ハッとその目が開く。ムクリ、と起き上がった背中から、貼り付いていたペペロンチーノがポトポト悲しい音を立てて落ちた。
 カスタードの妖精の様になってしまったタムちゃんと、ペペロンチーノ塗れの女。重い沈黙の後、ジョージはフ、と気障ったらしく笑った。
「お二人共、送って行くよ」
 スマートに支払いを済ませて、ジョージは立派にレディ達を店外までエスコートする。そしてカランカランと鳴るベルの音を背に、ジョージはタムちゃんをチラと見た。
 その視線を無視して、タムちゃんは何を考えているのか分からない顔でノシノシと歩き出す。ジョージはその方向を見て心得た様に頷いて、未だ茫然自失の女に声をかけた。
「タムちゃんについて行けば何とかなるさ」
 そう言って、女の手を引いてタムちゃんの後を追った。



 ヨタヨタ歩く女を連れてやって来たのは、一軒の店の前。電気が落とされた看板には、『FAT』と書かれている。
 タムちゃんが無言で鍵を開けると、すかさずジョージがドアを開けてニコッと笑った。
「どうぞ」
 その笑顔に促されて、女も先に入って行ったタムちゃんに続く。
 キイとドアが閉まる音の後、明かりがついてから女は漸くハッと我に帰った。「え、何、今どういう状況?」という顔で辺りを見渡すと、そこはえらく鮮やかな色味の布に溢れていた。
 グリーンにパープルのドット、目が覚めるようなイエローのチェック、光沢のあるワインレッドとピンクとスカイブルーのストライプ。並んだ派手な色彩の中で、タムちゃんとジョージはよく馴染んでいた。
「ここは…?」
「タムちゃんのアトリエ兼ショップさ。素敵だろ?オレはジョージ、ここの店員兼モデル」
 女にそう答えるジョージは、細く長い手足で派手な赤いスーツをどのマネキンより完璧に着こなしている。そこで漸くジョージの異国の香り漂う美貌に気が付いて、彼女はそれにポウと見惚れた。
 そこにオレンジのジャケットとパンツのセットアップに着替えたタムちゃんが現れて、マジマジと女の全身を見た。
「アンタ、サイズ何号?七?」
「え?えっと…」
「これとこれだと…うん、こっちの方が顔色が良く見える。あそこ、試着室。着替えて来な」
「あ、はい」
 タムちゃんに明るいピンクのワンピースを渡されて、彼女は流されて試着室に入る。そして、どうしてこんなことになったのか考えた。
 震える程恐ろしい思いをして、やっと見えた明かりに縋るような気持ちで駆け込んだ。そこまでは思い出すことができたが、それからの記憶が全くない。背中を中心として体の節々が痛くて、自身から香ばしいガーリックの匂いがする。
 鏡で確認してみれば、グレーのスーツの背中には大きな油染みが出来ていた。
 手の中の、普段着ない様な明るいピンクを見る。暫しの沈黙の後、女は観念してそれを着た。
 ピンクのタイトなシルエットのワンピースは華やかで、鏡に映る自身の顔と何ともチグハグだった。女はそれに落胆とも、悲嘆とも取れる顔で肩を落とす。
 諦めてカーテンを開けると、待ち構えていたジョージに椅子までクルリとエスコートされた。
「ここ座って。ついでだから、少し髪触るね。タムちゃん!コテ貸して!」
 ジョージがそう言うと、タムちゃんがヘアアイロンとスタイリング剤を持って来る。それを受け取って、ジョージはテキパキと女の髪を巻き始めた。
「お名前は?」
「あ、相田です」
「相田、何さん?」
「トモカ…」
「トモカさん!素敵な名前だね。…さ、出来たよ。見て!綺麗だ」
 言われて上げた顔。その先では見慣れない髪型の自分がいた。顔色の悪さや窶れた頬はそのままだが、柔らかく波打つ髪のおかげか幾らかマシに見えた。
「ファッションは心の表れ。明るい色着ると、気分も良いでしょう?」
 そう言って、ジョージは派手なピンクのショップバッグを渡して笑った。それに何も言えずにチラとバッグの中を見れば、自身が来て来たスーツが入れられていた。
「身綺麗になったことだし、そろそろ行くよ」
「…行くって?」
「アンタの家よ。こんな時間に、フラフラしてる女を、一人で帰らせる訳ないじゃない」
 トモカがボンヤリした様子で訊ねると、タムちゃんは怪訝そうな顔で言った。
 家。その単語に、痩せぎすの肩が痙攣する様に震えた。
「…いや…いやよ、帰りたくない」
 涙混じりの声で呟いて、手で顔を覆う。怯え切って、全身から血の気が引いていた。
「駄々捏ねてんじゃないわよ。コッチはペペロンチーノとプリンの恨みもあんのに。この無念を晴らす為に、私は忙しいのよ」
「タムちゃん、まだ食べたりないんだね。メチャクチャになったものね。…トモカさん、ぶっ倒れたんだよ。タムちゃんのご飯の上に」
「あの時は、アンタごと食ってやろうかと思ったわ」
 やれやれと肩を上げるジョージの横で、タムちゃんは低く呟いた。そのジトリとした目つきに、トモカは小さく肩を跳ねさせる。
「まあまあ、怒らない怒らない。何か困ってることがあるなら、話聞くよ?」
 ジョージに優しげに微笑みかけられて、トモカの頬を一筋、涙が伝った。
 タムちゃんは重いため息を吐いて、ドッとカウンターに凭れる。どうやら彼女も話を聞いてくれるらしい。
 強張っていた肩から徐々に力が抜けて、トモカの口から細い息が吐き出される。

 トモカは涙で濁った声で、ひと月前から起こり出した異変について語り出した。
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