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魂の発芽
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「ねえ、死ぬって何」
少女は死神に聞いた。
「さあね、私たちはもうすぐ死ぬ人間に近づいて魂を回収しているだけだからね。死ぬとは何か。なんて哲学的な事は考えてないよ」
ここはある病院の一室。個室であり、少女が寝ているベッドからは大きな空が見えるように窓がある。
死神と少女の出会いは突然であった。
ある日、死神は学校からの下校途中であろう少女に目をつけた。
「ああ、あの子はもうすぐ死んでしまうな」
死神的直感は外れなかった。少女は急に倒れ込み動かなくなった。しかし少女は倒れ込む瞬間、鞄に下げていた防犯ブザーを引っ張り周囲に異常を知らせていた。
「なんて賢い子なのかしら。あの子の魂は私が回収しよう」
死神はそう決めた。
防犯ブザーのおかげで少女は一命を取り留め今病院にいる。そしてどういうわけか少女には死神が見えていた。
◯
少女は聡明な子だった。死神を見るや否や全てを察したらしく「私もう死ぬんだ」と呟いた。
驚いたのは死神の方だった。
「あなた、私を見て驚かないの」
少女はきょとんとしながらいった。
「この世に、あり得ないことなどない。ってパパが言ってた。だから目が覚めた時、あなたが死神なのも私はもうすぐ死ぬこともなんとなくわかった」
「あなた、何歳よ」
「もうすぐ十一才だよ」
「そう」
死神はなんだか泣きたくなっていた。
ああ神よ、このような幼気ないこどもを連れ去って何がしたいのですか。
そう強く思った。
「死神さんは私の魂を取らないの?」
不意に少女は聞いていた。
「そうね、私は現世に興味はないからあまり知らないけど、あなたたち人間の死神への解釈は間違っているわよ。そもそも、私たち死神には生物を殺すことは出来ないの。私たちの仕事は、死んだ生命の魂を回収して持ち帰ること。これがまためんどくさいのよ。魂ってのは体から抜け落ちると自分の宿主の体に戻れないから焦って暴れ回るの。私たちはそれを捕まえて持ち帰る」
どう、わかる?と言わんばかりの顔を少女に投げたが、死神に表情はない。白い骸骨だから。
少女は少し考えて聞いた。
「その魂はどこに持ってくの」
「そうねえ、日本で言うところの郵便局かしら、私たちはそこに魂を引き渡してそのあとは知らない」
「ひとりぼっちなの?」
少女は初めて弱気な声を出した。少女は恐怖に耐えていたのかもしれないと死神は思った。
そう思うとまた死神は胸の辺りが熱くなってきた。
「一人は嫌なの」
少女は続ける。
「少し前、パパとママは感情が売れるんだ!とか、やっと見つけた!とか言ってお家を出ていったの。待っててねって言ったのに帰ってこなかった。それからはおじいちゃんのお家で暮らしてたけど、私は誰からも見えてないみたいにずっと一人だった」
そこまで言うと少女は目元を擦った。
「一人は嫌だなあ」
◯
死神は夜の明るい街の上空を駆けていた。死神は人の寿命を伸ばす事はできない。いや、出来たとしてもそうすることがあの少女にとって良いことなのかわからなくなっていた。
そんなことを考えていると死神はじっとしていられなかった。
しかし死神はあの少女がいる病室に帰るしかなかった。魂は確実に回収せねば。出来なかった場合、あの子は魂ではなく霊として彷徨い続けることになる。それだけは違うと死神は思った。
「死ぬって何」と質問をされたのはその翌日のことであった。
◯
「哲学的なことかあ」
少女は言った。
その時には既に死神は覚悟を決めていた。
これをしてしまうと考えられないような苦痛が私を襲う。でも耐え続ければ…
そう死神は思っていた。
死神は少女に抱きついた。そして少女の耳元で囁いた。
「あのね、あなたの命は今日の夜までしか持たない。それはわかるの。だから私はあなたの魂を回収する」
少女の肩が震えだしたのが死神の骨にカタカタと伝わっていた。
死神は続けた。
「ここからはあなたが決めていいわ。あなたが死んだあと、私はあなたの魂を魂の郵便局へ持っていく。これが一つ。もう一つは…」
死神は言い淀んだ。これが少女のためになるのかと。ひとりぼっちにはなるが、休ませてあげた方がいいのではと、そんな考えがからっぽの頭蓋に流れ込んできたからだ。
「死神さん?」
少女は真っ直ぐ死神を見ていた。まだ体は震えていた。
「もう一つは、私と一緒に彷徨うかよ。あなたが死んで一週間後、十月二十八日はこの世とあの世、他にもいろんな世界の境界線が混じり合ってあやふやになるの。そこには全ての世を貫くように一本だけ列車が通ってる。私とあなたはそれに乗って違う世に逃げる。列車が来るまでは逃げ回らなきゃいけないけど、私はあなたを一人にはしないわ」
少女は一瞬考え込んでから死神に抱きつくように手を回した。
「死神さんは大丈夫なの」
死神はないはずの心がはち切れそうになった。
実際死神は契約違反の罰として迫り来る天罰などから逃げ切る自信があるわけではなかった。しかし、少女の死神に対する思いやりが死神の覚悟をいっそう強いものにした。
「私は大丈夫、でもあなたは、私についてくるならずっと私と色々な場所を彷徨うことになる。つまり成仏できなくなる。そう言うことなのよ。よく考えて決めなさい」
少女の体の震えは止まっていた。
少女は顔をくしゃくしゃっとして笑い、こう言った。
「死神さんが良いなら私を連れていって」
◯
その夜、少女は死んだ。
死神は暴れるであろう魂をいち早く捕まえるために身構えていた。しかし、死んだ少女の魂は暴れることなく、ゆっくりと死神の元へ寄って来た。
そして、少女の魂に死神は驚いた。死んだ者から抜け落ちたとは思えぬほど穏やかで優しく、眩しかった。
死神は魂に口付けすると優しく呟いた。
「お疲れ様」
それに応えるように少女の魂はふわりと舞って死神の懐に入っていった。
◯
そこからの死神は忙しかった。
何度消滅しかけたかも覚えてなかった。とにかく、二十八日まで逃げ切ることを、逃げ切れる未来を見つめていた。
◯
目的の日まであと二日になっていた。
死神は疲れ切り、神からの追手を巻くために、暗い地の底に隠れていた。
懐の少女の魂はふわりふわりとしており、死神にはそれが、いや、それだけで十分であった。
死神は懐から少女の魂を取り出すと、口付けした。その時であった、死神はからっぽのはずの頭蓋がむずむずして仕方なくなった。死神は頭蓋を開けてみた。そこからは一瞬の出来事であった。死神の体を縦に裂こうと亀裂が入った。死神は泣いた。ああ、こんなとこで少女を一人にしてしまうのかと。そして死神は真っ二つに割れた。
◯
あの後、真っ二つに割れたかと思うと死神の体からは肉体が生まれた。それは死神の前世の姿であった。
死神は知らなかった。死神という存在が一人の人間に執着し続け、且つそれが、善意であったなら、数日間だけ前世の姿に戻れることを。
知らないのも無理はなかった。もとより死神は前世の記憶など無く、ただ魂を回収するためだけの存在なのだから。
これは彼女が、いや彼女たちが起こした奇跡であった。
あの時、死神は悟り、取り戻した脳で考えた。この姿でいられるのは数日、でも数日あれば目的の日は来て、この子と共に違う世へ行けると。
◯
人の姿をした死神は鞄に入れた少女の魂と共に長いエスカレーターを下っていた。
このエスカレーターは許可なく入る事は出来ない、十月二十八日だけに開放される特別なエスカレーター。
許可があれば誰でも下る事はできるが、人間で許可をもらっている者がいるのかはわからない。
死神は鞄の中の魂を見せ許可をもらった。
今日は悪人であろうが、訳アリであろうが許可さえあれば入ることができる。そんな一日。
死神はエスカレーターを降りた。
周りを見渡すと辺りはごった返していた。そんな中、荷台に大量の本を積んだ牛車を引き連れたタキシード姿の青年が見えた。道行く存在に「これ買わない?」と言っているようだが、誰があんな悍ましいものを買うのだろうと死神は思う。
「外道め」
そう死神は呟いた。
死神たちは進んだ。
彼女たちの行く末を決める、世を跨ぐ列車が到着するという駅に向かって。
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