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赤い万華鏡
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「これは夢だ」
目の前に広がる赤は、まるで現実とでも言うように私にからみつく。
「これは、夢だ」
夢でないのなら、なんだと言うのか……。これは、私が見ている悪い夢だ。
進学先から帰省中の私は、高校時代の友人と久しぶりに会う事になり、待ち合わせ場所がある隣町へと向かっている途中だった。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
「日付が変わる前には帰ってきなさい」
「はーい」
父と母に見送られ、私は自分の車ではなく父の車に乗った。しかし、シャンパンのような銀のワンボックスカーは、保険の年齢制限にひっかかるため、仮免の時の練習以降運転した事はない。すぐそこに、私の赤いコンパクトカーがあるにも関わらず、私は父の車に迷わず乗っていた。
エンジンをかけ、私は、私が苦手としているバックも難なく乗り越えてするりと道路へと車を出す。それに疑問を持つ事なく、私は車を運転している。――その時は気にしていなかったけれど、今となっては不思議で仕方がない。
「早めに出たから、遅刻しないですみそう」
隣町へ向かうための山道は、緩やかなカーブや急なカーブが入り乱れている。右へ左へハンドルを操作しているが、コンパクトカーとワンボックスカーでは車体の大きさが違うため、加減が必要に感じる。運転し慣れていないワンボックスカーを、こんなにも簡単に私は運転できていただろうか?
「それにしても、レンタ多いなあ」
観光地である地元は、レンタカーがよく走っている。前も後ろも、対向車でさえレンタカー。観光バスだって、そこら中を走っている。修学旅行の季節は、数人の学生が乗ったタクシーもよく目にするほどだ。
山道を走っていると、「わ」と「れ」のナンバープレートの車――つまり、レンタカー――は、運転に慣れていないのか不思議なタイミングでブレーキをかける。横道の先にあるカフェに向かうために左折や右折をしようと、急ブレーキをかけて曲がっていく。後ろを走る車を追い越させようと思いついたのか、突然バス停に車を入れる人もいるし、坂道のほぼ頂上で停車する人もいる。
もちろん、レンタカーだけがする事ではないけれど……。もしも、後ろを走る車が突然の事に反応できず、自分の車に突撃したらどうするのだろうか。もう少し、周りを見て運転してもらいたいものだ。
「あれ?」
ソレに気づいたのは、いつだっただろうか。隣町へ向かう間の山道は、葉を落とした桜並木とミカン畑が広がっている。もちろん、それだけではない。昔ながらの瓦屋根を使用した民家や、コーヒーの生産工場、観光客に人気の飲食店だってある。それなのに、私の目には違うものが映っていた。
キラキラと輝く、様々な色。赤、青、黄色、緑、紫……。ソレはまるで万華鏡を覗いているようで、くるくると視界が回っていた。けれど、私は普通に運転している。赤信号の時はちゃんと停車するし、青信号になればアクセルを踏んで走り出す。前後の車にぶつかる事も、対向車にぶつかる事もなく、いつも通りに車を走らせている。
「まぶしいなあ」
運転をする時はサングラスが手放せないのだが……。キラキラは、サングラスなどお構いなしに私の目に光を届ける。それでも私は、気にもせず運転を続けている。普通なら、目が眩んでまともに運転なんてする事はできないだろう。車を止める事さえ、できないかもしれない。そのまま事故を起こしてしまうかもしれないと言うのに、私は何事もなく――視界が万華鏡の中を覗いているような状態になっている事すら気づいてないように運転を続けている。
町の境界を越え、隣町へ入った後もソレは変わらず見えている。キラキラ、キラキラと私の視界で輝き続けている。
「少し混んでるなあ……。でも、余裕で間に合うか」
そんな事よりも、問題は私の視界だ。なぜ、この時の私は視界がまともではないのに気づきもしなかったのだろうか。おかしい。おかしすぎる。まるで、キラキラが見えていないかのようだ。もしかしたら、その時の私は見えていなかったのかもしれない。
「うーん。サングラスさえ効かない直射日光まぶしい!」
視線の先にある青空に、燃えさかる太陽が煌めいている。ギラギラと、真夏でもないのに暑苦しく存在している。――今は冬だ。年を越せば、すぐに桜の時期がやってくる。今、私が走っている道は寒緋桜が鮮やかに染めるだろう。私は、進学先に戻らなければいけないから、私は見る事ができない。それでも、新学期には桜の絨毯の上を自転車に乗って走っているだろう。
相変わらず、視界は万華鏡のようだ。青空に浮かぶ太陽など、見えもしない。それなのに私は、そこに太陽があるかのように目を細める。
隣町に入ってからしばらくして、トンネルが見えてきた。砂山にトンネルを作るように、こちら側と向こう側をつなぐトンネルの中には、隣町の小中高学生や自治会の人が描いた大きな絵がたくさん飾られている。数年に一度、劣化が激しいものは新しいものへと取り替えられており、高校時代の後輩の絵が飾られていると聞いた事がある。どれがどれなのか、分からないけれど……。
ギラリ。トンネルの中に入ると、万華鏡は赤で支配された。赤、赤、赤朱、赤、紅紅、赤。青も黄色も緑もない。ただ、様々な赤がキラキラと輝いていた。
「うわっ!」
私は、何かに気づいたように、突然ブレーキを強く踏んだ。その時、私はこれまで一度も感じなかったワンボックスカーを運転しているのだという違和感に気づいた。コンパクトカーとワンボックスカーでは、車体の大きさが違うため、同じスピードで走っていてもブレーキをかけた時の衝撃も停止位置も違う。もう少しで、前を走っていた車にぶつかるところだった。
「えっ……」
視界が、急に晴れたような気がした。もう、万華鏡は見えない。それなのに、目の前は赤く染まっている。
その赤は、トンネルの真ん中にあった。何かが、赤に包まれている。一つだけではない。二つ、三つ。四つどころでもなかった。それらが全て、赤に包まれている。赤を消そうと、赤から水が出ている。赤い水は、赤を消そうとするが、うまくいかない。
「これは、夢だ」
橙を身にまとう人が、私たちをトンネルの外へと逃げるように言う。赤は水を受けながらも大きく育ち、黒を吐き出している。橙を身にまとう人は、黒を吸わぬようにトンネルの外へと逃げろと言う。赤はすぐそこまで、来ている。
「これは、夢?」
夢ならば、早く覚めて欲しい。
私は急いで手荷物を持ち、ハンカチで口元を抑えながら早足でトンネルの入り口へと向かった。後ろには、私の前を走っていた車から降りた人たちがいる。その人たちも、橙を身にまとう人に導かれるように、光の先を目指した。
瞬間、背後で轟音が鳴り響いた。
「これは……」
目の前に広がる赤は、まるで現実とでも言うように私にからみつく。
「これは、夢だ」
夢でないのなら、なんだと言うのか……。これは、私が見ている悪い夢だ。
進学先から帰省中の私は、高校時代の友人と久しぶりに会う事になり、待ち合わせ場所がある隣町へと向かっている途中だった。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
「日付が変わる前には帰ってきなさい」
「はーい」
父と母に見送られ、私は自分の車ではなく父の車に乗った。しかし、シャンパンのような銀のワンボックスカーは、保険の年齢制限にひっかかるため、仮免の時の練習以降運転した事はない。すぐそこに、私の赤いコンパクトカーがあるにも関わらず、私は父の車に迷わず乗っていた。
エンジンをかけ、私は、私が苦手としているバックも難なく乗り越えてするりと道路へと車を出す。それに疑問を持つ事なく、私は車を運転している。――その時は気にしていなかったけれど、今となっては不思議で仕方がない。
「早めに出たから、遅刻しないですみそう」
隣町へ向かうための山道は、緩やかなカーブや急なカーブが入り乱れている。右へ左へハンドルを操作しているが、コンパクトカーとワンボックスカーでは車体の大きさが違うため、加減が必要に感じる。運転し慣れていないワンボックスカーを、こんなにも簡単に私は運転できていただろうか?
「それにしても、レンタ多いなあ」
観光地である地元は、レンタカーがよく走っている。前も後ろも、対向車でさえレンタカー。観光バスだって、そこら中を走っている。修学旅行の季節は、数人の学生が乗ったタクシーもよく目にするほどだ。
山道を走っていると、「わ」と「れ」のナンバープレートの車――つまり、レンタカー――は、運転に慣れていないのか不思議なタイミングでブレーキをかける。横道の先にあるカフェに向かうために左折や右折をしようと、急ブレーキをかけて曲がっていく。後ろを走る車を追い越させようと思いついたのか、突然バス停に車を入れる人もいるし、坂道のほぼ頂上で停車する人もいる。
もちろん、レンタカーだけがする事ではないけれど……。もしも、後ろを走る車が突然の事に反応できず、自分の車に突撃したらどうするのだろうか。もう少し、周りを見て運転してもらいたいものだ。
「あれ?」
ソレに気づいたのは、いつだっただろうか。隣町へ向かう間の山道は、葉を落とした桜並木とミカン畑が広がっている。もちろん、それだけではない。昔ながらの瓦屋根を使用した民家や、コーヒーの生産工場、観光客に人気の飲食店だってある。それなのに、私の目には違うものが映っていた。
キラキラと輝く、様々な色。赤、青、黄色、緑、紫……。ソレはまるで万華鏡を覗いているようで、くるくると視界が回っていた。けれど、私は普通に運転している。赤信号の時はちゃんと停車するし、青信号になればアクセルを踏んで走り出す。前後の車にぶつかる事も、対向車にぶつかる事もなく、いつも通りに車を走らせている。
「まぶしいなあ」
運転をする時はサングラスが手放せないのだが……。キラキラは、サングラスなどお構いなしに私の目に光を届ける。それでも私は、気にもせず運転を続けている。普通なら、目が眩んでまともに運転なんてする事はできないだろう。車を止める事さえ、できないかもしれない。そのまま事故を起こしてしまうかもしれないと言うのに、私は何事もなく――視界が万華鏡の中を覗いているような状態になっている事すら気づいてないように運転を続けている。
町の境界を越え、隣町へ入った後もソレは変わらず見えている。キラキラ、キラキラと私の視界で輝き続けている。
「少し混んでるなあ……。でも、余裕で間に合うか」
そんな事よりも、問題は私の視界だ。なぜ、この時の私は視界がまともではないのに気づきもしなかったのだろうか。おかしい。おかしすぎる。まるで、キラキラが見えていないかのようだ。もしかしたら、その時の私は見えていなかったのかもしれない。
「うーん。サングラスさえ効かない直射日光まぶしい!」
視線の先にある青空に、燃えさかる太陽が煌めいている。ギラギラと、真夏でもないのに暑苦しく存在している。――今は冬だ。年を越せば、すぐに桜の時期がやってくる。今、私が走っている道は寒緋桜が鮮やかに染めるだろう。私は、進学先に戻らなければいけないから、私は見る事ができない。それでも、新学期には桜の絨毯の上を自転車に乗って走っているだろう。
相変わらず、視界は万華鏡のようだ。青空に浮かぶ太陽など、見えもしない。それなのに私は、そこに太陽があるかのように目を細める。
隣町に入ってからしばらくして、トンネルが見えてきた。砂山にトンネルを作るように、こちら側と向こう側をつなぐトンネルの中には、隣町の小中高学生や自治会の人が描いた大きな絵がたくさん飾られている。数年に一度、劣化が激しいものは新しいものへと取り替えられており、高校時代の後輩の絵が飾られていると聞いた事がある。どれがどれなのか、分からないけれど……。
ギラリ。トンネルの中に入ると、万華鏡は赤で支配された。赤、赤、赤朱、赤、紅紅、赤。青も黄色も緑もない。ただ、様々な赤がキラキラと輝いていた。
「うわっ!」
私は、何かに気づいたように、突然ブレーキを強く踏んだ。その時、私はこれまで一度も感じなかったワンボックスカーを運転しているのだという違和感に気づいた。コンパクトカーとワンボックスカーでは、車体の大きさが違うため、同じスピードで走っていてもブレーキをかけた時の衝撃も停止位置も違う。もう少しで、前を走っていた車にぶつかるところだった。
「えっ……」
視界が、急に晴れたような気がした。もう、万華鏡は見えない。それなのに、目の前は赤く染まっている。
その赤は、トンネルの真ん中にあった。何かが、赤に包まれている。一つだけではない。二つ、三つ。四つどころでもなかった。それらが全て、赤に包まれている。赤を消そうと、赤から水が出ている。赤い水は、赤を消そうとするが、うまくいかない。
「これは、夢だ」
橙を身にまとう人が、私たちをトンネルの外へと逃げるように言う。赤は水を受けながらも大きく育ち、黒を吐き出している。橙を身にまとう人は、黒を吸わぬようにトンネルの外へと逃げろと言う。赤はすぐそこまで、来ている。
「これは、夢?」
夢ならば、早く覚めて欲しい。
私は急いで手荷物を持ち、ハンカチで口元を抑えながら早足でトンネルの入り口へと向かった。後ろには、私の前を走っていた車から降りた人たちがいる。その人たちも、橙を身にまとう人に導かれるように、光の先を目指した。
瞬間、背後で轟音が鳴り響いた。
「これは……」
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