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後日談1イリス

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 ユベルの休暇に合わせる形で、二日間休暇がとれた。
 ユベルの実家である侯爵家は王都の隣に位置するソーカにあり、イリスは彼から、遊びに来ないかと誘われた。
 誘われたときは嬉しく思ったが、次第に気が進まぬ思いになってきた。侯爵家などに、自分のような者がユベルの友人面をして足を踏み入れていいものだろうか。
 とはいえ、せっかく誘ってもらったのに断るなどというもったいないこともできない。
 結局後ろめたいような気持ちを抱えたまま当日となり、神殿まで迎えに来たユベルと共に馬を走らせた。
 侯爵家の屋敷は、イリスが養子に入った田舎の男爵家とは比べようもないほど広く立派で、気後れのあまり足が竦んだ。

「どうした、イリス。ぼんやりして」
「いや……すごいところで育ったんだなと思って……」
「なに言ってるんだ。王宮やら神殿やら、途方もなく広く立派な場所に毎日通ってると、このくらいの屋敷なんてちっぽけに思えてくるだろ。ほら、こっちだ」

 屋敷内に案内され、彼の母親や妹、甥や姪に次々紹介される。気後れは一旦隠し、神殿騎士として培った振る舞いで乗り切った。

「今夜イリスが泊まるのは、この部屋だから」

 在宅だった家族を一通り紹介されると、二階にある客室に通された。見晴らしのいい、上等な部屋。
 長椅子の向かいに一人掛けのソファが置かれている。ユベルが長椅子にすわったので、イリスは向かいのソファにすわった。メイドが届けてくれた紅茶を飲んでいると、向かいにすわるユベルの視線に気づいた。

「なに?」
「いや。なんか、今日のイリスはいつもと違う感じがして。もしかして、緊張してるか?」
「そうかもしれない」
「……俺も、緊張してる」

 ユベルは紅茶を煽るように飲むと、ティーカップを置いてイリスを見た。

「こっち、すわったら?」

 ユベルが自分のすわる隣を手で軽く叩く。
 自分たちは、気持ちを伝えあってから数か月経っている。友達からはじまった関係だが、ユベルからもそういう意味で好きになったと伝えられた。が、まだ手を繋いだだけの関係だった。隣にすわるのは気恥ずかしいし図々しい気がしたので向かいにすわったのだが、誘われたのでいいのだろうかと、イリスは躊躇いながら彼の隣に移動した。

「ところでユベルは、主教様と働くようになったんだろう? どうしていらっしゃる?」

 主教の話題を振ったのは、緊張を解すためと、やはり気になったからだ。
 主教は少し前に突然辞職し、近衛騎士団の副団長に転職した。突然のことでとにかく驚いたし、自分のような下っ端に事情は知らされていない。
 イリスにとって主教は大恩のある人だから純粋に心配だ。ただ、それだけでなくユベルの気持ちも少し気になってしまう。
 主教は、ユベルの想い人だ。いまはイリスが好きだと言ってくれるが、彼の傍で一緒に働いたりしたら、やはり惹かれるだろうと思う。

「あー、それがさ。団員のほとんどが、全っ然、会えないんだ。たまに遠目に見れるくらいだ。なにしろ団長のガードが堅すぎて。毎日出勤しないし、来ても団長が団長室に閉じ込めてる。だからちょっとよくわからないな」
「そうなんだ」
「あ…! 主教のことは、俺、だから、そういうわけでほとんど会ってないし、会ったとしても、いまの俺はイリスが好きだから。変な心配はしなくていいから」

 ユベルはハッとしたようにそう付け加え、イリスににじり寄った。
 イリスはにじり寄られた分、距離をとるように身を引いた。
 その態度に、ユベルが口を引き結び、不満げに見つめてくる。

「…あのさ。イリスはいつも、自分から俺に近づこうとしないよな。触ろうとすると逃げられることもある気がするんだが、気のせいじゃないよな?」
「……」
「確認しておきたいんだけど、イリスは、俺が好きなんだよな?」

 改めて訊かれ、イリスは頬を染めて頷いた。

「……ああ」
「その気持ちって、俺と一緒ってことで、間違いないよな?」

 見れば、ユベルも顔が赤い。

「一緒って……?」
「友達としての好きじゃなくて。手を繋ぐだけじゃなくて……もっと、触りたいとか……俺はイリスに触りたいし、くちづけたいし、もっと、と思ってるんだが。イリスは俺に触りたいと思ってる?」

 近い場所からの直視に耐えられず、イリスは俯いた。しかし気持ちは伝えねばと、素直に頷く。

「俺も、思ってる……」

 自分のほうが、より強く思っているはずだとも、思う。

「じゃあ……」
「でも」

 近付きかけた彼の動きが止まる。
 彼が続きを待ち、黙って見つめてくる。しかしイリスは続きの言葉を口にするのを躊躇った。

「でも、なんだ?」

 しばらくして、焦れたように訊かれた。
 躊躇いながら、口を開く。

「俺の出自なんだが、男爵家の出身ってことになっているだろう。でもそれ……養子なんだ。本当は、孤児だったんだ」

 本当は、すぐに伝えるべきだった。だが出自の秘密を打ち明けたら彼の気持ちも離れると思い、怖くて打ち明けることができず今日まで来てしまった。だがこれ以上隠し続けることはできない。
 ユベルは静かに聞いていた。イリスの言葉が途切れても、反応はない。沈黙が怖くてイリスは続けた。

「だから……、俺みたいなのは、ユベルには釣り合わないから……」

 そこまで言っても、反応がない。恐る恐る顔を上げてみると、彼は難しい顔をして自分を見つめていた。

「隠していて、すまない。不快にさせたなら、もう帰るから」
「わあ、待て、待て」

 立ちあがりかけたら、腕を掴まれて引き戻された。

「あのな。つまり身分がどうとか言いたいわけか?」
「ああ」
「それはすごーく、心外だな。俺が、そんなことを気にする男と思っていたのか」
「……」
「侯爵家の生まれって言ったって、俺、四男だぞ? 身分なんてない。貴族の男は、長男以外はカスだ。家を継ぐ長男を支えるためだけに生まれてきた働き蜂だ。四男なんてスペアですらない。肩書は騎士団の騎士ということだけ。イリスと、なにも変わらない。それくらいわかってると思ってた」
「……」
「あー、よかった。なんかもう、いろいろ考えて心配してた。遠慮してて損した気分だ。もっと早く確認しておけばよかった」
「……ごめん」

 朗らかに笑う彼を見て、イリスは肩の力を抜いた。
 よかった、と心から安堵する。

「身分なんて、ないんだ。俺たちは対等だ。だから……いいか?」

 ユベルの顔が近づく。自然と瞼を伏せた瞬間、唇が触れた。
 唇は触れるだけで離れていった。

「いまは、これだけな。…止まらなくなるから」

 ユベルが赤い顔で立ちあがる。

「えっと…! そうだ。まだ見せたい場所があるんだ。来てくれるか」

 手を差し伸べられ、イリスははにかんで、その手をとった。

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