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23イリス

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 討伐騎士団の慰労会は王宮の一階にある広間にて夕刻に行われた。
 国王や諸侯、騎士団関係者の集う前で、団員は一人ずつ名を呼ばれ、挨拶をする。
 後日改めて褒章式などの式典が執り行われる予定であり、今日は簡単な挨拶のみで、その後は立食と歓談の場となった。
 ささやかな場になるのかと思っていたが、予想よりも関係者以外が多い。イリスは声をかけてきた貴族に対応したのち、ユベルの姿を探した。
 彼はテラスの出入り口付近にいた。近衛騎士団の仲間らしき相手と会話していたようだが、その相手が離れていくと、彼は人を探すように周囲を見まわしている。

「誰を探してる?」
「ああ、イリス」 

 近づいて声をかけると、明るい表情を向けられた。しかし彼は再び視線をさまよわせる。

「主教様は欠席? 後から来るとかもないのか?」

 探し人は主教だったようだ。
 旅が終わっても、まだ「主教様」なのか。わずかに胸に澱が溜まる。

「神殿の仕事が滞っているとおっしゃって。昨日神殿にお戻りになってから、徹夜で働いている。いまもまだ執務室に籠ってらっしゃるはずだ」
「そっか……。こういう場には顔をだすほうだと思ってたんだけど」
「ああ。だけど三か月近くも留守にしていたから、大変みたいだ」
「もし俺なんかでも手伝えることがあれば、おっしゃっていただきたいものだけど。まあ、あるわけないか…」

 ユベルは残念そうに呟き、給仕を呼ぶ。慣れた様子でシャンパン入りのグラスを受けとり、イリスにも「要るか?」と尋ねる。

 仕事でもプライベートでも、華やかな場に関わることは多いのだろう。イリスはこのような場には主教の警護で一度来たことがある程度だ。気後れしつつグラスを受けとり、少し飲む。

「そういえばアオイは?」
「彼は今朝、故郷へ帰ったよ」
「へ。もう?」

 ユベルが驚いて動きを止める。
 その驚きはわかる。イリスも驚いた。慰労会も出ずに慌ただしく帰るとは思わなかった。予定より早く戻ってこれたのだから、王都観光でもしていけばいいのに。

「帰しちゃって、いいのか?」

 気遣うような口調で訊かれる。苦手な話題になってしまった。
 ユベルとは、主教の話もアオイの話もしたくなかった。

「いいもなにも」
「会う約束はしたんだろう?」
「べつに、してないけど」
「え。本当にそれでいいのか」

 本気で心配されているのが伝わり、胸がモヤモヤする。

「ユベル。アオイは討伐騎士団として一緒に戦った仲間だ。それ以上のなんでもない」
「アオイは、なにも言ってなかったのか」
「……また会いにくるとは言っていたけど」
「なんだ。そっか。だよな」

 ホッとしたような笑顔。
 アオイに特別な感情はないと言っているのに、どうしても誤解が解けない。
 旅のあいだの自分は、アオイに思わせぶりな態度をしていた。自分でも意図してやっていたのだから、傍で見ていたユベルがそう思い込んでもしかたがないとは思う。
 これが他の人間だったら、誤解されていても気にしない。どう思われてもいい。しかしユベルにだけは、この誤解が耐えられなかった。
 イリスはさりげなく顔を背けるように、飲み残しのグラスを手近のテーブルへ置いた。

「しかし、イリスはいいな。神殿騎士だから、これからも主教様のお傍にいられて。俺は滅多に会えなくなるよ」

 ユベルは空になったグラスをテーブルへ置くと、両手を頭の後ろで組み、あーあとぼやいた。

「どうしたら会う機会を増やせるかな。剣の稽古なんて、そんな理由も無理だしな」

 イリスはその横顔を見て、俯いた。友人として提案できることがある。それを口に乗せるべきか。

「……俺に、会いに来たらいい」

 迷った末、口にした。

「非番の日に、俺と遊ぶ約束をしたとか、俺の様子を見に来たということで、来たらいい。神殿に入れるように同僚にも言っておく。来たら必ず会える保証はないけど、会える機会は増えるんじゃないかな」
「うわ、それ、いい案! 行く行く!」

 ユベルの顔が明るく弾ける。

「イリスってばもう、本当にいいやつだな!」

 肩を抱かれ、イリスは唇を噛んだ。
 旅を終えてもユベルと会えるといいと願っていた。多くは望まない。ほんの少し、たまにでいい。会う約束を交わせたらいいと思っていた。しかしこれは、望んだ形ではない。苦しみが続くだけだ。
 自分はなにをしているのだろう。
 好きな人に、別の相手との仲を誤解されて、応援されて。
 好きな人の恋を応援するような提案をして。
 無性に悲しくなって、それまで抑えていた他の感情も込みあげてくる。

「イリス……?」

 気づけば、涙を零していた。その涙を見たユベルが驚いたように固まっている。

「えっと……、急に、どうした……?」
「アオイは……、俺、は……」

 喋りかけたところで、思い留まる。
 話してどうなるのか。困らせるだけだ。自分の想い人が誰かなど、ユベルにはどうでもいいことだ。
 余計なことは口にすべきではない。
 涙は止まらない。感情は収まらない。どうしたらいいかわからなくなって、イリスはテラスのほうへ逃げ出した。

「イリス!」

 外は陽が落ち、庭園の所々に照明が灯っている。テラスから芝生へ降りたところで、追いかけてきたユベルに腕を捕まえられた。

「放してくれ」

 腕を振り払おうとするが、強く掴まれ、解けない。

「嫌だ」
「放せって」
「放さない。絶対放さない。今この手を離しちゃいけない気がする。離したら、きっと一生後悔することになる」

 自分と同等、いや、それ以上にユベルも真剣だった。

「なにがあった。教えてくれ」
「……ユベルには、言わない。言えない」

 ユベルは掴んでいないもう一方の手でイリスの肩を掴み、正面から向きあうと、イリスの目をまっすぐに見た。

「いいや。イリスは話してくれる。こんなに心配してる俺を突き放したりしない。そういう男だって信じてる」

 視線が絡む。もう堪えることはできなかった。イリスは熱い涙を一気に溢れさせ、嗚咽交じりに声を絞りだした。

「っ…、俺、は……」
「うん」
「俺は……っ、アオイのことは、なんとも思ってない……っ、本当に…っ」

 泣きじゃくりながら、これまで何度も口にしたことを伝えた。どうか、今度こそ届いてほしい。
 そして、これまで抑えてきた想いも、昂った感情がイリスに言わせる。

「アオイじゃなく、て……、俺…、俺が、好きなの、は……、っ……ユベル、なんだ」
「え」

 ポカンとした顔。それを見て、瞬時に後悔した。言うんじゃなかった。

「っ…、ごめん」

 イリスは身を翻した。油断していたユベルの手が離れる。
 全力で駆ける。追われている気配はなかった。やみくもに走り、やがて息を切らして立ち止まる。振り返ってみるが、やはりユベルの姿はない。

「……」

 ああ、もう駄目だと思った。
 もう、ユベルには会えない。
 イリスは両手で顔を覆い、涙を零した。
 
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