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 出発当日。団長率いる騎士団が神殿に迎えに来た。
 討伐に関わる騎士は、エロワとイリスを加えると三十三名。それに俺とアオイを加えた三十五名が騎士団員である。
 近衛騎士団の精鋭を揃えたようで、団員の動きはきびきびして無駄がない。それにつられ、こちらも速やかに馬車へ乗り込もうとしたら、団長に止められた。

「待て、主教」
「なにか」
「まだ挨拶していない」

 任命式を省いたので、三日前に顔をあわせてからは、諸々書面のみのやりとりで今日を迎えたのだった。改めて挨拶など不要と思いつつ向き直ると、彼は神殿組四人に向けて、とみせかけて、正面から俺を見つめた。

「この度、討伐騎士団隊長に就任したオウギュスト・コデルリエだ。旅程は約三か月。討伐の詳細については追々説明する。旅のあいだは四人とも俺の麾下となる。元の身分に関係なく騎士団の一員として働いてもらうこととなるので、そのつもりで。よろしく頼む」

 挨拶というか、旅のあいだは自分に従うようにという注意だな。いちいち圧をかけてくる。
 俺は腹の読めぬいつもの笑顔で応じる。口角を上げた柔和に見える顔。これは神官になって覚えたスキルだ。

「よろしくお願いします。足手まといにならぬよう頑張りますね」

 アオイも挨拶して馬車に乗り込むと、団長はイリスとエロワに隊列編成を伝え、すみやかに出発した。
 馬車に乗るのは俺とアオイだけで、他は馬だ。
 アオイは二日間の練習で、馬を歩かせるくらいはできていた。俺も乗馬は得意ではないが、それくらいはできる。それでも馬車を使うのは、とにかくアオイを攻略対象者に近づけさせないため。それに尽きる。馬車なら話しかける隙もなくなるからな。
 あとで馬に乗ることになるとしても、そこまでは接触を断つことができる。
 今後のことに頭を巡らせる俺の隣で、アオイは興味津々といった様子で車窓を眺めていた。

「アオイは、王都は初めてでしたね」
「はい、主教様。王都ウラーワなんて、こんな機会がなければ、一生来ることがなかったかもしれません。建物も人も、すごい」

 道沿いには出陣する騎士団を見送る人々が溢れていた。ゲームの世界だが、奇抜な髪色や服装の者はいない。

「いま向かっているオーミャは訪れたことはありますか。王都と同じくらい栄えた都市ですよ」
「オーミャも初めてです。ぼくが行ったことのある街で一番大きなところはギョーダです」
「ああ、たしか、アオイの故郷は隣の帝国に近い場所でしたか」

 余談だが、この国の地名は埼玉県の地名を模している。カタカナの地名は覚えにくいから、わかりやすいようにとの配慮のようだ。なぜ埼玉かというとゲーム制作者に埼玉出身が多かっただけだ。
 正直、十八世紀ヨーロッパ調の世界観にはそぐわず、違和感を拭えない。
 当時、一プログラマーに過ぎない俺が口を挟むこともなかったが、ゲームの売れ行きが悪かったのはこの辺りのセンスの悪さが一因だろう。
 模しているのは地名のみで、国土面積や都市の位置関係などは符合していない。埼玉県の浦和から大宮までたいした距離ではなかったはずだが、王都からオーミャまでは半日かかる。
 馬に同乗する場合も半日ずっと攻略対象者と密着してお喋りする。それが何日も続くのだから、いくら俺が目を光らせていたとしても、親しくもなるだろう。団員たちにどう思われているか知らぬが、馬車を選択したのは正解だろう。
 車窓の風景は都市部らしい四階建てのバロック建築の建物が密集して並んでいる。いかにもヨーロッパ的な街並み。広場には英雄の銅像が立ち、それを通り過ぎると凱旋門を潜り抜ける。隙間なく並んでいた住宅は徐々にまばらになっていく。王都は城郭都市であり、城壁を越えると一気に牧歌的な様相となる。
 隊列は馬車の前後に騎士が半数ずつついている。イリスとエロワは馬車の後ろ。団長は馬車の前にいる。一番後方には雑務の者が数名という構成だ。

「団長って、格好いいですよね……」

 窓から団長の後ろ姿が見えるようで、アオイが唐突に呟いた。
 え、なにそれ。団長ルートで行く気?
 俺はギョッとした。

「そう…でしょうか」
「え、格好よくないですか? 騎士団の人、みんな格好いいですけど」

 完全に同意だ。しかし、たぶんいまは同意しちゃいけない。

「アオイはああいう人が好みですか?」
「好みっていうか。自分がヒョロッとしていて、あまり筋肉つかない体質なんで。ガタイいい人っていいなあと」
「そう……じゃあ、私みたいなのは駄目かな」

 団長に行くくらいなら俺を選んでくれ。俺なら絶対恋愛に発展しないから。そう思って頑張って雰囲気を出してみた。まさかこんなセリフを言う日が来るとは。頬が引きつりそうになったが、どうにか堪えて悲しそうに微笑んでみせると、アオイは目を見開き、顔を真っ赤にして狼狽えた。お、いけるかな。

「え、いや、駄目なんてことはないですっていうか、そういう意味じゃなく……っ」
「私も筋肉がつかない体質だから。アオイに格好いいと思ってもらえないのは残念だな……」
「いや、あの、主教様はとても素敵ですっ。別の意味で憧れます……っ」

 単純に男として団長に憧れるとか、そういうつもりで口にしたのだろうか。だったらいいが、攻略対象者に関心を向けないでほしい。頼むよ。
 昼頃、川沿いの草地で小休憩となった。俺は外の空気を吸いに馬車から出た。草地の向こうはブドウ畑が広がっており、はるか遠くには山脈の一部が陰のようにうっすらと見える。抜けるように澄んだ青空に、心地よい風が吹く。これから魔物と戦いに行くことを忘れるほどのどかな風景。
 団員たちは馬に水や草を与えたり、座って昼食をとったりしている。団員の服装は制服に佩刀のみの軽装。イリスとエロワは神殿騎士の制服なので、近衛騎士とはデザインが違う。近衛騎士は濃紺、神殿騎士は白い布地で、どちらのデザインも格好いい。昨日神殿に、イリスとエロワ用の軽甲冑が届いた。魔物との戦闘は機敏さが必要らしく、全身を覆うものではない。そちらは戦闘時のみ着用するそうで、今は馬に積んでいる。
 エロワとイリス以外の団員は俺に話しかけてこないし近づこうともしない。団長がめちゃくちゃ警戒してるから、部下もそれに倣うよな。
 昼食はパンと林檎。草地にすわってアオイと一緒に食べ、のんびり過ごしているふりをして攻略対象者の姿を確かめた。

 質実剛健、笑わない寡黙キャラ、黒髪の三十歳、オウギュスト団長。
 笑顔の腹黒キャラ、焦げ茶の髪、二十五歳、神官騎士団員のエロワ。
 小柄で童顔、弟キャラ、二十歳のフルニエ。
 赤毛で快活な陽気キャラ、二十三歳のユベル。

 旅のあいだ、魔物よりもなによりも優先して注目すべき四人である。今生、フルニエとユベルを目にするのはこれが初めてだ。いや正確には王宮で見たことはあったかもしれないが、認識したことはなかった。
 フルニエは馬に草を食ませており、エロワは団員の一人と話しながらパンを食べている。イリスは早速ユベルに話しかけていた。
 アオイが用を足しに行き、俺一人になる。
 エロワにはフルニエを任せた。イリスにはユベルとアオイ。
 団長の担当はいない。団長は侯爵で、庶民のアオイとの恋愛など現実的でない。立場的にも討伐中は多忙のはずで、恋愛どころじゃない。そもそも任せられる相手がいない。
 ゲームでの団長の攻略法は「主教と団長が敵対したときに主教を庇う」というもので、俺はもちろん、身内の神殿騎士も使えない。
 彼は放置でいいだろう。そう思っていたのだが、格好いいなどとアオイが言っていたのが不安になってきた。
 やはりBLゲームの世界というべきか、この世界は圧倒的に女性が少ないし男性同士の恋愛がめっぽう盛んだ。ゲームの強制力的な不思議な力が発動するかもしれないし、現実的じゃないことだって起こり得そうだ。実際、王太子だって妙な行動を見せていたのだ。
 アオイは騎士団員みんな格好いいとも言っていた。ガタイのいいタイプが好みだとしたら、線の細い俺が粉をかけても難しいかもしれない。やはりアオイの気を引くのはイリスに頑張ってもらおう。
 では団長はどうするか。やはり関わっておいた方がいいだろうか。
 立場的なことを考えると――担当は俺だよな……。
 団長に嫌われている俺が彼の気を引くなんて、どう考えても無理だと思うが。
 いやしかし、嫌いな男というのも有利に働くか? なにも恋愛的な方向でなくてもいいんだ。要はアオイに関心が向かないようにすればいいのだから。
 まあアオイの件は抜きにしても、これから旅をしていく責任者に対し、少しはコミュニケーションをとっておくべきだろうとは思う。
 嫌われている相手に自分から関わりにいくって、憂鬱でしかないんだが……。はあ。
 考えるとため息しか出てこないが、しかたがない。
 俺は馬に水を飲ませている団長に近づいた。俺に気づいた彼がこちらに目を向ける。なにか用かと言いたげな不愛想な表情。怯みそうになるが表面上は微笑んで、おっとりと話しかける。

「騎士はこれだけの人数なのですね。もっと大勢で行くのかと思っていました」
「魔物との戦闘は、これくらい少数のほうが動きやすい。市民の避難誘導などは、地元の騎士団に任せる」
「そうなのですね。近衛騎士団も、討伐は初めてではないですものね」

 これまで王都で魔物が出現したことはなく、俺は戦闘の様子を見たことはないのだが、近衛騎士団が過去に何度か、精鋭部隊を地方に派遣していたことは耳にしている。
 俺の言葉に、たんに不愛想だった彼のまなざしが刺々しいものに変わった。

「去年まで、何度も遠征している。主教は、初めてだな」
「はい」
「……言うことは、それだけか」

 団長が忌々しそうに言う。黒い前髪の下にある瞳がギラリと光った。

「やっと神殿から出てきたと思ったら、ぬけぬけと……。今回は陛下の命で、さすがに断れなかったか。浄化者がいるなら、要請に応じてもいいと思ったか」
「どういう意味ですか」
「魔物との戦い方がわからず、多くの死傷者を出していた頃、主教に何度か出動を要請している。忘れたか」

 それは初耳である。俺は瞬きして尋ねた。

「出動の要請とは? そんな話は、初めて伺いました」
「なんだと」

 団長が眉を顰めた。

「現近衛騎士団団長の話だと、要請したが断られたとのことだが」
「要請したのは、どこにでしょう」

 俺は首を傾げて少し考え、思い当たることを告げた。

「神殿に直接ではなく、宰相や陛下に訴えたのでしたら……握り潰されたのかもしれませんね」
「握り潰された? なぜ」
「治癒魔法を使える者が、王都には私一人しかおりませんから。陛下は私が王都から出ることを嫌がります。私が不在のときに王都に魔物が出現したら困ると考え、要請を無視した可能性が強いですね」
「そんな、まさか」
「いえいえ。見ていればわかるでしょう。そういう方々だと」

 敵方の近衛副団長相手に国王への不敬発言。危険ではあるが、信用を得たかった。
 団長が硬い表情で俺を見つめる。そして唸るような低い声で尋ねた。

「……要請があなたに届いていたら、参加していたのか」
「それはもちろん。断る理由がありません。私のほうからも申請していたのですから。必要があればどこにでも向かうと陛下に直接お話ししたこともありますし」

 さらりと答えると、彼の璃寛茶色の瞳が揺れた。
 どうやら俺の意思で出動を拒んでいたと思われていたようだ。ここ数年睨まれていた理由は、もしかしたらこれが大きかったのかもしれない。こういった行き違いは王宮ではままあることなのだが、ため息が出る。
 団長の動揺ぶりを見ると、きっと、治癒魔法を使える俺が参加していれば救えた命があったのだろう。たしか彼の父と兄は討伐で亡くなっていたはずだ。胸が痛む。
 今回に限って俺の参加を国王が許したのは、浄化者アオイの命を守るためだ。さすがに陛下も、ようやく見つけた浄化者に戦闘中死なれたら困ると思ったのだろう。

「……それが本当なら……」

 団長は呟くように言いかけ、馬のほうへ顔を向けた。彼の愛馬が水を飲むのをやめ、軽く嘶いたのだ。団長が馬の首を撫でる。

「ローガー、充分に飲んだか」

 愛馬の名はローガーというらしい。黒毛の立派な馬だ。この世界の馬はサラブレッドより大きく、気性も荒い。ローガーはその中でもひときわ大きく、顔つきも厳しい。いかにも団長の馬という風格があった。毛並みは美しく、よく世話をされているのがわかる。
 飲んだよ、と返事をするようにローガーが団長へすりすりと顔を寄せる。よく懐いており、彼を信頼していることが伝わる。
 前々から彼の評判はよく耳にしている。無口で不愛想だが団員からの信頼はとても厚い。こうして馬から信頼されている様子を見ても、身内を大切にする男なのだろう。

「いい馬ですね」
「こいつはこんな厳つい顔をしているが、人懐こいし従順だ」

 自分の馬を褒められるのは嬉しいらしく、団長の強張っていた顔がわずかに緩んだ。

「撫でてもいいですか」
「……。ああ」

 今、ちょっと躊躇ったな? 俺に愛馬を触られるのは嫌か?

「馬に変なことはしませんよ。ローガー、触ってもいいですか。嫌だったらごめんなさい」

 馬にも声をかけ、首を優しく撫でる。
 団長が変な目でこちらを見た。

「なんですか」
「馬にも敬語なのだな」
「それは……もう癖ですね」

 いつもだったら「神に使える者の端くれとして万物に敬意を払っておりますから」などと言っていたところだ。が、そういう発言が胡散臭く思われるのかもと思って本音を言ってみた。
 神官になって十四年。この口調が基本仕様になっているだけである。神官らしさを演出するためには必須だと、見習い時代に叩き込まれた。心の中の独白との乖離が激しいと我ながら思うけどな。

「馬はね、運動音痴なので乗るのが怖くて。こうして近づくのも緊張しますが、見る分には好きなのです。いい子ですね、ローガー。きみは格好いいですねえ。毛並みも綺麗ですよ」

 将を射んと欲すればまず馬を射よ、である。とりあえず笑顔で褒めておく。自分の馬を褒められて悪い気はしないはずなのだ。これくらいのことで距離が縮むとは思わないが、嫌われている相手への取っ掛かりとして無難だろう。
 団長は俺を観察するように見ていたが嫌な顔はせず、満足するまで撫でさせてくれた。

「そろそろ出発する」

 やがて出発の時刻となり、団長が団員たちに号令をかけた。
 アオイとともに馬車に乗り込み、まもなく隊列が進みだす。
 ブドウ畑が車窓から流れていき、牧歌的だった景色はオーミャが近づくにつれ、再び建物が増えだした。
 王都の東に位置するオーミャへ到着したのは予定より早く、日暮れにはまだ早い時刻だった。
 ここオーミャで魔物が出現しているという。最初の討伐予定地だ。
 教会前広場にて馬車から降りると、出迎えた領主や神官、周囲の者の目が俺に集まり、少なからずざわめきが起こった。「綺麗……」「あれが……」などという声が耳に届く。美貌の金の亡者という異名を持つ俺である。この世界基準で美人なのは事実だし、国教会を富ませたのも事実だ。周囲の反応は日常のものであり、俺は意に介さず、団長と共に挨拶を交わす。
 それから地元の騎士団と合流し、討伐の打ち合わせに入った。

「魔物を倒すまでは、浄化者アオイは主教と共に後方で待機。護衛兵には、討伐騎士団からはエヴァンス、ロランをつける。魔物を倒したのち、アオイに出てきてもらい、浄化作業を行ってもらう。魔物が復活するまでの時間は短い。速やかな移動を願いたい」

 団長の説明ののち、広場にて合同調練を簡単に行う。俺はその光景を後方から眺め、攻略対象者の様子を観察する。団長は言わずもがな、他の三人も群を抜いて切れのよい動きをしていた。小柄で童顔のフルニエも戦闘になると格好いい。さすが恋愛ゲームの攻略対象者なだけはある。
 ヒーラーたちの使える魔法は、四人とも戦闘に関するものだ。調練中にも魔法による火花が散っていて、迫力がある。
 俺が連れて来たイリスも他の団員に馴染み、遅れをとることなく動けていた。団員同士で交流する時間も、調練する時間も、削ってしまったのは俺。普段から慣れている近衛騎士と違い、神殿騎士の二人には苦労をかけると思っていたのだが、見た様子では問題なさそうだ。
 その後、騎士団一行は街はずれの宿場へ移動した。一軒貸し切りで、今夜はそこに泊まることになっている。地元騎士団の宿舎や教会ではないのは、魔物の出現場所が街はずれであるとの情報から、出現時、速やかに現場に直行するためである。
 領主と挨拶した際、俺と団長だけでも領主の屋敷に泊まるよう勧められたのだが、団長は素気無く断っていた。真面目な男だ。
 一階の食堂で夕食が出るとのことで、アオイをイリスに任せようとしたら、イリスはユベルと共にいた。しかたなくアオイとテーブルに着くと、あとから来た団長が俺の前にすわった。
 しばしの沈黙。他の団員は遠慮して、俺たちから離れてすわる。
 俺は手をあわせ、小さな声で食前の祈禱を捧げた。この国の宗教は太陽神。「国教会」「主教」という名称を使っているがキリスト教ではなく、その教えは日本の自然信仰や神道に近い。俺が身につけている祈祷用の数珠は首に下げられる長さがあり、一見ロザリオのようではあるが、ペンダント部分が太陽神のモチーフになっている。
 俺は国教会のトップという立場にあるが、正直、信仰心は篤くない。完全にビジネスとしか捉えていない。食膳の祈祷など人前でしかしない。長くて面倒なのだ。その上、その場に集う人によってアレンジもきかせなくてはならない。今後は「いただきます」「ごちそうさま」の日本式に変更してもいいかなと考えたりもする。長ったらしい祈祷よりも「いただきます」のほうが簡潔で合理的だし、庶民にも浸透しやすいはずだ。

「主教様のご祈祷が聞けるなんて。しかもご相伴に預かることができるなんて」

 簡略な祈禱を終えて目を開けると、アオイは感激した様子で俺の横顔を見つめ、頬を紅潮させ、両手を握り締めていた。金の亡者という俺の噂は彼の耳には届いていないらしい。団長のほうは胡乱なまなざしで俺を一瞥し、食べはじめる。いちおう俺の祈祷が終わるまで食べはじめるのを待っていたらしい。
 俺は「いつも穏やかで優しく慈愛に満ちた主教様」という聖職者面をしているが、完全に演技だ。神官になるなり前主教から演技指導をされてきたおかげで外面のよさが板についているが、内実は普通の男だ。前世を思いだした今はこれって特別なことじゃなく、営業マンと同じじゃないかなと思ったりもする。
 団長はまだなにか思うところがあるのか、疑わし気な視線を送ってくる。俺は団長が警戒するような、大層な男ではないのに。

「そんな大したものではありませんよ。さあ、食べましょう」

 俺はアオイに微笑んで食事を促した。
 夕食はパンとチーズとオムレツ、野菜スープ。
 食べはじめてまもなく、団長がアオイに話しかけた。アオイの故郷のこと、両親のことなど他愛もない話が続く。一般人である彼の心を解すための話題選び。そしてこれからはじまる討伐の話題に移り、アオイが不安を漏らすと、団長はまっすぐなまなざしで力強く答えた。

「案じる必要はない。浄化できなかった場合は、退却すればいいだけの話だ。アオイの身は、我々が守る。我々の戦闘中は、観劇でもしているつもりで見物していればいい」
「団長……」

 頼もしい言葉に、アオイが頬を染める。好感度を上げさせてしまった。
 まずい流れだぞと思いながら俺は今夜のことを考える。
 宿は一部屋に二人で泊まる。今後、宿でなく地元騎士団の宿舎に泊まることも出てくるが、いずれも一部屋に二人というスタイルだ。
 ゲームでは、アオイと同室になる相手は当然攻略対象者で、翌日の戦闘後の魔力供給の担当となる。好感度ポイントが最も貯まるのが、この部屋割りだ。ゲームではプレイヤーが選択したが、ここでの決定権を持つのはオウギュスト団長だ。

「団長。今宵の部屋割りですが、アオイを一人部屋にできませんか」

 試しに言ってみたら、怪訝な顔をされた。

「アオイを? あなたではなく?」
「ええ。一人でゆっくり英気を養えませんと、浄化作業に支障が出るかもしれません」
「え、主教様。ぼくは別に、二人でも大丈夫ですよ」

 アオイよ。お願いだから今は黙っていてくれ。

「警護が必要ならば、神殿騎士団のイリスにしていただきたいのですが」
「部屋は、もう決めてある。不測の事態に備えて、アオイはヒーラーと同室がいいだろう。今夜はユベルと同室だ」

 ユベルとなんて困るんだが。と言いたいが、理由を話せないので強く言えない。アオイは神殿預かりなので、などという主張をしてみたところで、じゃあヒーラーのエロワと、ということになるだろう。ユベルがエロワに替わったところで意味がない。
 団長はアオイを見るときと異なり、眇めたまなざしで俺を見おろす。

「神殿騎士団から来たエロワとイリスはこの騎士団に馴染んでほしいので、別の団員と同室にする。あなたと同室になる団員は気を遣うだろうから、あなたは、俺と泊まってもらう」
「…それはそれは。ご配慮痛み入ります」

 オウギュスト団長はおそらく、俺がなにか目論んでいると警戒している。最初の謁見室でよけいな口を挟んだせいだな。自分と同室にしたのは俺を監視下に置きたいためだろう。俺が過去の遠征で出動を拒んでいたという誤解は解けたかもしれないが、俺に対する彼の警戒はそのことよりも、王宮で見聞きする噂にまつわることと思われる。
 俺が団長と同室になることはかまわない。団長がアオイに近づかないのは助かる。しかし、こうも警戒が強いのはやっかいだ。
 俺の提案にはすべて裏があると勘繰られ、拒否されそうな様相。人事権に口を挟めるように、懐柔する必要がありそうだ。
 いちおう俺は、絶世の美貌を謳われる容姿を持っている。淡い金髪に藤色の瞳、はかなげな顔立ちと細身の身体。ついでに権力も金もある。
 色仕掛け……やってみるか?
 団長もBLゲームの攻略キャラなわけだし、男は絶対無理ってことはないだろうし。
 でもなあ。相手は堅物で有名な団長。しかも俺を嫌っている。誘惑なんて無理だよなあ。
 よけいなことはせず、このまま警戒し続けてもらったほうがいいか? 俺を警戒し、最大限関心を向けてくれたら。
 でもずっと警戒されてるのも疲れるし。懐柔できた方が楽だ。
 もし俺がそこまで警戒する必要のない男だと気づいてしまったら、俺への関心が薄れる。恋愛にかまける余裕が出てしまってはまずい。
 んー。
 他の攻略対象者の対応策は秒で決めたのに、団長への対応は方向性すらなかなか決まらない。
 どうするかあれこれ迷い、結局結論が出ないまま夕食を終えた。

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