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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった4

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 病院からはタクシーで私の家へ戻った。
 家の中に穂積に入ってもらい、数枚の着替えを鞄に入れてもらう。そのあと穂積宅へ連れられてきたが、穂積は必要なものを買ってくるといって一人で出かけていった。
 私は留守番である。暇だ。暇潰しに本を読むこともできない体になってしまった。
 しかし私には持ち前の妄想力がある。次の小説はどんな話を書こうかと考えて時間を潰せる。
 病院での診察に時間がかかったため、穂積が出かけたのは十七時過ぎだっただろうか。思ったよりも遅く、二十時近くに戻ってきた。

「すみません、遅くなりました!」

 彼は多くの荷物を抱えてきた。
 買い物は、食料とちょっとした日用品くらいかと思っていた。しかしそれだけでなく、私の衣類、寝具一式、風呂用介護椅子まで買ってきた。

「服を選ぶのに時間がかかってしまって。その腕だと、普通の服は袖が通らないでしょう。こういうのならどうかなと思って」

 そう云い、前開きのベスト型フリースを広げてみせてくれる。非常にありがたい。今の私はTシャツ一枚に、上着を肩から羽織っている格好だ。これだと室内で暖房が効いていても、胸元が寒い。治るまでは我慢するしかないと思っていた。

「ありがとう……布団まで買ってくれたのか」
「怪我があるから、ソファで抱きあって寝ることはできませんからね」
「すまない。金、払う」
「いいですよ、俺が勝手に買ってきたんですから。客用の布団がなかったからちょうどよかったんです」

 人一倍図々しいと自負している私であるが、この代金を穂積に払わせる気にはなれない。言い募ると、「その話はまたあとで。それより夕ご飯食べましょう」と流されてしまった。
 穂積の世話になるだけでなく、余計な金まで使わせることはどうにも落ち着かない。云われたわけでもないのに、この恩は体で返さねばならぬような、そんな心境になってしまう。必ず金は払う。私にしてはだいぶ食い下がったのだが空腹には勝てず、ひとまず食卓に着いた。

「弁当買ってきましたが、ハンバーグと焼肉、どっちがいいですか」
「うーん……ハンバーグ」
「だと思いました」

 穂積はテーブルの向かいではなく、俺の隣にすわった。

「じゃあ、お手伝いしますね。味噌汁からでいいですか」
「……ん」
「熱さは大丈夫だと思うんですが」

 インスタントの味噌汁の入った椀を口元へ運ばれる。ゆっくりと傾けられ、一口飲み込む。
 傾けられるタイミング、飲み込むタイミング。互いに慣れないからぎこちない。少しでもタイミングがずれると零しそうだ。
 他人に飲み物を飲ませてもらうことがこれほど緊張するものとは知らなかった。

「飲めました? 次はなににします?」
「ご飯で。ていうか、いちいち聞かなくて、適当に入れてくれていい」
「わかりました。はい、あーん」

 あーんとか、やめてくれ。
 羞恥に顔を赤くし、穂積を軽く睨みながら口を開ける。口の中に運ばれたご飯を咀嚼し、飲み込む。私が飲み込んだのを確認すると、穂積はにやけながら私に口元へハンバーグを運ぶ。また「あーん」と言われた。
 なんだこれは。
 なんて羞恥プレイだ。
 食べる動作をつぶさに見られているのが非常に恥ずかしい。ずっとにやけて顔が崩れている穂積もやめてほしい。

「きみも腹が減っているだろう。私ばかりじゃなく、自分も食べたらどうだ」
「そうですね。いただきます」

 穂積は私に使った箸で、自分の口へ焼肉を入れた。そしてその箸で、私にご飯を食べさせる。
 ご飯を舌に載せられ、私が口を閉じると、箸がゆっくりと引き抜かれる。ただ食べさせてもらっているだけなのに、いやらしいことをしているような錯覚に陥り、ますます顔が赤くなる。
 穂積が淫靡な顔をしてささやく。

「なにをそんなに恥ずかしがってるんです? 俺が使った箸を舐めるの、嫌?」
「嫌じゃないが……」
「意識しちゃう? 俺に食べさせてもらうの、恥ずかしい?」 
「その言い方が恥ずかしい」

 睨みつけると、穂積は笑って俺の口にハンバーグを入れた。

「あ、ソースが唇についちゃいました」

 唇についたくらい、自分の舌で舐めとれる。それなのに穂積の顔が近づいてきた。とっさに後ろへ頭を引きかけたが、後頭部を手で押さえられ、逃げられなくなったところで唇を舐められた。
 至近距離から見つめられる。穂積は私の真っ赤な顔をしばし見つめると、

「はあ……幸せ過ぎる……」

 と呟き、急にテーブルに突っ伏して、額をゴツンとぶつけていた。
 そのまま動かなくなってしまった。様子を窺ってみたが、ちょっと心配になる。

「どうしたんだ」
「……これから一か月、好きな人を自分ちに閉じ込められるんですよ? 好きにしていいんですよ? 恋人宣言したら認めてくれたんですよ? どうしようかと……久見さん、怪我してるのに。自制できる気がしない……」
「好きにしていいわけじゃないし、恋人と認めたわけじゃないから。どうか自制してくれ」
「え」

 穂積がガバッと跳ね起きた。

「恋人と認めてない?」
「……さっきのラインは…その、訂正文を送るのが面倒だったから見逃しただけだから」
「まだそんなことを言うんですか」

 私は目を逸らした。

「それより、普通に食事をさせてくれ。妙な雰囲気をだされると、胸がつかえて食べられない」
「クッ……可愛い」

 穂積は口元を覆って耐えるような顔をした。
 その反応、おかしくないか?
 そう思ったが、食事が再開されたので黙って口を開いた。
 
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