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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった3
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森山春香との約束は、バレンタイン直前の日曜日だった。待ち合わせ場所は前回利用した駅前のスタバ。
早く会いたいが、早く着きすぎるのも格好悪い。逸る気持ちを抑えて時刻通りに向かい、店内へ入ると、先に彼女が来ていた。うむ。今日も可愛い。
彼女に声をかけてからコーヒーを注文し、向かいの席に着く。
天気が良くてよかったなど無難な挨拶を交わしたのち、贈り物を渡された。チョコレートだという。
バレンタインのチョコレートなど、初めて貰った。もはや伝説ではないかと疑いたくなるほど私には縁のないものであった。ついに私も女性からチョコレートを貰える男になったのだと感動に打ち震えながら押しいただく。
感謝を述べ、いくらか言葉を交わすと会話が途切れた。
毎日ラインでやりとりしていたので、聞きたいことはすでに聞いたし、これ以上話すこともなかった。彼女の好きな本はBLのみだという。私以外の好きな作家について語ってもらうことにしたが、私自身はBL小説を書いているくせにBLに興味がないので他作家の作品もよく知らず、「へー」とか「そうなんだ」とかいう相槌を打つしかできず、盛り上がらない。
コーヒーを飲み終える前に退屈した。
今日会った目的は、建前上は本の話をすることだ。彼女はBL好きだし私はBL小説家なのだから数時間は会話に困ることはないと思っていたのだが。話題がなくて沈黙が落ちると、非常に居心地が悪かった。
穂積とならば、いくらでも話せるのに。
穂積とならば、会話がなくても気詰まりになることもないのに。
私の計画としては、夕方まで話したあと一緒に夕食をとり、彼女の様子を窺って私の家へ誘うつもりだった。しかしこの調子では夕方まで時間がもたない。
場所を移して時間を潰すしかないと思い、とりあえず本屋へ誘った。
共通の話題が少なくても気にすることはない。私たちは友達になるのではなくおつきあいをするのだから。
もうすぐ彼女ができる。彼女の意思を確認すれば完了だ。この可愛くて胸の大きい子が私の彼女となるのだ。
チョコレートもくれたのだから拒否されることはないだろうと、私は店を出ると彼女の手を握った。
小さくて柔らかな手が握り返してくれる。私は有頂天となってニヤニヤしながら歩道を歩いた。駅前なので人通りがそこそこあり、手を繋いで二人並んでのんびり歩くのは急いでいる人には迷惑だろうが、初手繋ぎ中なので遠慮はしない。本屋があるのは車道の向こう側なので、信号のあるほうへ進んでいくと、車道の向こう側の歩道に、見知った姿を見つけた。
穂積だ。
彼はまっすぐに私たちを見て棒立ちになっていた。
私のニヤニヤした表情も、手を繋いでいる姿も見たのだろう。悲しそうな、苦しそうな、悲愴な表情をしていた。
それを見た瞬間、頭から水をかぶったように目が覚めた。
嗚呼、違う。違うのだ。
私は間違っていた。
私は彼にあんな悲しい顔をさせたくなかった。私は馬鹿だ。
彼は私と目が合うと、苦し気に顔を逸らし、歩きだした。
「穂積君! 待って!」
彼をこのまま帰してはいけない。追いかけて捕まえなくては。
とっさに車道に出た。車は走っていないと思ったが、路駐していたトラックの陰から乗用車が飛び出てきた。いや、飛び出たのは私だ。ブレーキ音とタイヤの軋む音。強い衝撃。避ける間もなくはねられ、吹っ飛び、道路に転がる。
「久見さん!!」
穂積の声。周囲の雑多なざわめきの中で、それだけが意味あるものとして届いた。
痛みを堪えて蹲る背中と首に、穂積の手と腕を感じる。
「久見さん! 久見さん!」
薄れていく意識の中で、彼の声とぬくもりだけを感じていた。
早く会いたいが、早く着きすぎるのも格好悪い。逸る気持ちを抑えて時刻通りに向かい、店内へ入ると、先に彼女が来ていた。うむ。今日も可愛い。
彼女に声をかけてからコーヒーを注文し、向かいの席に着く。
天気が良くてよかったなど無難な挨拶を交わしたのち、贈り物を渡された。チョコレートだという。
バレンタインのチョコレートなど、初めて貰った。もはや伝説ではないかと疑いたくなるほど私には縁のないものであった。ついに私も女性からチョコレートを貰える男になったのだと感動に打ち震えながら押しいただく。
感謝を述べ、いくらか言葉を交わすと会話が途切れた。
毎日ラインでやりとりしていたので、聞きたいことはすでに聞いたし、これ以上話すこともなかった。彼女の好きな本はBLのみだという。私以外の好きな作家について語ってもらうことにしたが、私自身はBL小説を書いているくせにBLに興味がないので他作家の作品もよく知らず、「へー」とか「そうなんだ」とかいう相槌を打つしかできず、盛り上がらない。
コーヒーを飲み終える前に退屈した。
今日会った目的は、建前上は本の話をすることだ。彼女はBL好きだし私はBL小説家なのだから数時間は会話に困ることはないと思っていたのだが。話題がなくて沈黙が落ちると、非常に居心地が悪かった。
穂積とならば、いくらでも話せるのに。
穂積とならば、会話がなくても気詰まりになることもないのに。
私の計画としては、夕方まで話したあと一緒に夕食をとり、彼女の様子を窺って私の家へ誘うつもりだった。しかしこの調子では夕方まで時間がもたない。
場所を移して時間を潰すしかないと思い、とりあえず本屋へ誘った。
共通の話題が少なくても気にすることはない。私たちは友達になるのではなくおつきあいをするのだから。
もうすぐ彼女ができる。彼女の意思を確認すれば完了だ。この可愛くて胸の大きい子が私の彼女となるのだ。
チョコレートもくれたのだから拒否されることはないだろうと、私は店を出ると彼女の手を握った。
小さくて柔らかな手が握り返してくれる。私は有頂天となってニヤニヤしながら歩道を歩いた。駅前なので人通りがそこそこあり、手を繋いで二人並んでのんびり歩くのは急いでいる人には迷惑だろうが、初手繋ぎ中なので遠慮はしない。本屋があるのは車道の向こう側なので、信号のあるほうへ進んでいくと、車道の向こう側の歩道に、見知った姿を見つけた。
穂積だ。
彼はまっすぐに私たちを見て棒立ちになっていた。
私のニヤニヤした表情も、手を繋いでいる姿も見たのだろう。悲しそうな、苦しそうな、悲愴な表情をしていた。
それを見た瞬間、頭から水をかぶったように目が覚めた。
嗚呼、違う。違うのだ。
私は間違っていた。
私は彼にあんな悲しい顔をさせたくなかった。私は馬鹿だ。
彼は私と目が合うと、苦し気に顔を逸らし、歩きだした。
「穂積君! 待って!」
彼をこのまま帰してはいけない。追いかけて捕まえなくては。
とっさに車道に出た。車は走っていないと思ったが、路駐していたトラックの陰から乗用車が飛び出てきた。いや、飛び出たのは私だ。ブレーキ音とタイヤの軋む音。強い衝撃。避ける間もなくはねられ、吹っ飛び、道路に転がる。
「久見さん!!」
穂積の声。周囲の雑多なざわめきの中で、それだけが意味あるものとして届いた。
痛みを堪えて蹲る背中と首に、穂積の手と腕を感じる。
「久見さん! 久見さん!」
薄れていく意識の中で、彼の声とぬくもりだけを感じていた。
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