BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった

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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった3

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 私は落胆してソファに座り込んだ。ここに来た目的は穂積の生活を知ることであり、VRを試させてもらうことはおまけだ。とはいえ、並みならぬ期待もしていた。試させてもらえるとしたら普通のゲームや動画だろうし、穂積が真面目に執筆している傍らでエロ動画を観るなど滅相もない。しかし話の流れというか、その場のノリで、観れることもあるかもしれないなどと不埒な期待もしていた。
 それが叶わぬと知った私は、穂積のことを知るという名目についてもやる気を半減させてしまった。しかしそれも束の間のこと。今日は運悪く叶わなかったが、いずれやらせてもらえる日が来るだろうと気持ちを立て直し、今日のところは本を借りることにした。
 書庫へ行き、なにを読もうか迷った末、穂積の作品を選んだ。リビングへ戻ると、穂積はすでにパソコンに向かい、白い画面に文章を打ち込んでいる。
 これは本気で邪魔をしてはいけないモードであると察し、私は静かにソファへ腰をおろし、読書をはじめた。
 パソコンの音と本のページを捲る音。空調と、たまに冷蔵庫の作動音が聞こえる以外、物音のない静寂な時間がしばらく続く。
 私は一人で暮らすようになって十二年になる。一人の生活に慣れてしまって、同じ空間に他者と長時間いることに息が詰まり、耐えられなくなっている。滅多に帰らないが、たまに実家へ帰省したりすると、親でさえ苦痛だ。四年前につきあった彼女も、喜んで一緒にいるはずなのに、事が済んだら早く帰りたいと思っていた。
 だから今回の宿泊も、頑張って二泊が限界だろうと考えた。勝手に二泊と決めたことはまだ穂積に伝えていない。もしかしたら一泊も辛く、早々に退散することになるやもしれぬと思ったからだ。
 しかし今、二時間、三時間と経過しても、いっこうに苦痛を感じなかった。
 室内は、穂積自身が居心地よいように整えたであろう目に優しい色彩と家具配置。彼のプライベートな空間で、彼の存在を感じながら、彼の作った本を読む。穂積の紡ぎだす世界観に身も心も包まれている感覚に溺れながらの読書は、不思議な心地よさがあった。
 やがて穂積がパソコンの電源を落として立ちあがった。時計を見ると十時半を指しており、時間の経過に驚いた。

「さて。今日の作業はここまでにします。風呂、どうします?」
「シャワーだけ貸してもらえたらありがたい。家で入ってきたらよかったんだけど」

 借りる気満々だったくせに、殊勝なことを口にしてみる。

「どうぞ遠慮なく、先にどうぞ」
「いや、きみが先に。普段の生活リズムで」

 家主が客がと譲りあいを何往復かした末、穂積が先に入ることになった。
 彼が浴室へ向かう。シャワーの音が聞こえてきたのを確認してから、持参した歯磨きセットを持ち、私も浴室へ向かった。
 正確には、浴室の手前に脱衣室がある。洗濯機と洗面台、タオルなどが置かれる棚があり、広く明るく清潔感がある。我がボロアパートには脱衣室なんてものはない。こんな空間がある物件に住みたいものだと思いながら歯磨きを済ませ、そのままそこで待機した。
 脱衣室の奥に浴室の半透明の扉があり、うっすらと人影が見える。やがてシャワーの音がやみ、扉が開いた。全身から湯を滴らせた穂積が、私がそこにいるのを見て、

「わ」

 と軽く驚いた声を上げた。
 その反応は想定内であり、私はそれを無視して彼の全身に目を向けた。
 小説家というと、痩せぎすか贅肉まみれを想像しそうだが、パン屋で肉体労働をしているだけあって、程よく引き締まった体をしていた。
 腹周りもすっきりしていて、その辺はなんとなく想像の範囲内だった。しかし意外だったのは、裸の彼を前にしたら、気圧されるような感覚がしたことだ。広いと認識していた脱衣室が、彼の出現によって突如として狭く感じるほどに。
 私よりも頭一つ分背が高い男であることは無論承知していた。しかしそれだけでなく、肩幅が広く、骨が太く、胸板が厚い。つまり、逞しい体をしている。ついでに言えば、肌は思わず触れたくなるような張りとみずみずしさがある。服を着ているときは気づかなかった、その肉体の生々しい存在感を前にして、込みあげるような羞恥を覚え、うろたえそうになる。

「びっくりした……ていうか……」

 目を丸くしてそこまで呟いた穂積が私の無遠慮な視線に気づき、不敵な笑みを返してきた。

「なに? 俺の体、気になります?」

 もちろん気になる。性的な意味を含めて好意を寄せられているのだ。その相手の肉体を見て、受け入れられるか否か確認したいと思うのは、おかしなことではないはず。しかしそんなことを正直に話したら、感想を求められて困窮するのは目に見えている。

「歯磨きしていたんだ。ちょうどいま終わった」

 すっとぼけてそんな返事をする。そろそろ退散しようと出口へ目を向けるが、相手は逃がしてくれなかった。

「そうですか。じゃあ、シャワーどうぞ。空きましたから」

 穂積が脱衣室の出口へ移動する。そこで立ち塞がって身体を拭きながら、私へ視線を向けてくる。
 これでは出られない。

「あー。きみの着替えが終わったら、使わせてもらうよ」
「いや、俺、時間かかるんで。その前に、どうぞ」
「……二人でこのスペースにいるのは、さすがに狭いよ。出ていくから、そこを通してくれないか」
「俺も、あなたの裸が見たいんですけど」

 はっきり告げられ、私は赤面した。

「俺の裸を見たのに、あなたは見せてくれないんですか。お互いを知りあうために来てくれたんでしょう? 一方的なのはフェアじゃないのでは」

 そう云われては逃げられない。物理的のみならず精神的にも追い詰められ、私は赤い顔で穂積を睨み、それから渋々服の裾に手をかけた。
 トレーナーを脱ぎ、アンダーシャツを脱ぐ。男の食い入るような視線に晒され、恥ずかしさに益々顔が赤くなる。きっと首も耳も赤い。
 広い脱衣室とは言ったが、あくまでも一般的なマンションの規格範疇であり、男二人での使用を想定された場所ではない。身を屈めたりしたら相手にぶつかる狭さだ。服を脱ぐ姿を近距離で見られる卑猥さに耐え忍びつつ、どうにかズボンと下着、靴下も脱ぎ、浴室へ飛び込んだ。
 頭を冷やすようにぬるめの湯を浴び、身を清める。出ようとして、タオルと着替えをリュックに入れたままであることを思いだした。
 歯磨きして穂積の裸体を観察したのちに、リビングへ戻り、風呂の支度をするつもりだったのだ。こんな流れで浴室に追いやられると予想していなかった。
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