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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった3

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 収入が減る。すなわち生活費を切り詰める必要がある。
 翌日バイトが休みだった私は、作品の見直しを終えたあと、遅めの昼食に蕎麦を啜りながら生活費の見直しをしていた。
 まず削れるのは食費。交際費というべきか。今後、穂積と居酒屋へ行くのはやめよう。喋りたかったら宅飲みでいい。
 次に、ガス代と水道代。
 風呂は節約と面倒臭さから、元々シャワーしか浴びていないのだが、毎日のシャワーは欠かせない。そのシャワーも二日置きなどに減らせればいいのだが、こればかりは無理だ。なにしろ毎日自慰をしている男である。自慰だけは、これだけはどうしても欠かすことのできない欲求なのである。食事を減らせても、自慰は減らせない。そして自慰をすれば、自ずと匂いとべたつきが気になる。しかるにシャワーの回数を減らすことはできない。回数を減らさず節約となると、湯を使わず水浴びにするよりない。真冬の水浴び。年寄りならば寒冷差で死ぬかもしれぬが、まだ三十路、いけるだろう。
 また、我がアパートはオンボロだが、無料でネットを使える。パソコンがあるのだし、スマホは解約してもいいかもしれない。元々スマホなど、パン屋と自宅を往復するだけの生活には無用の長物。しかし電話番号がなくなるのはさすがに困るか。今以上に格安のプランを探そう。
 加入している掛け捨ての安い保険、あれは迷うことなく解約。
 毎月の風俗通いもやめるしかない。もっとも、なんだかんだで行かなくなってだいぶ経っているが。
 穂積がバイトに来てから、一度も行っていない。以前はそれが生きる楽しみでもあったのに、今は行きたい気持ちが薄れていた。もちろん性欲は変わらず旺盛で、たまに風俗嬢の顔が浮かぶこともあるのだが、もし行ったとしても、穂積に対する後ろめたさや罪悪感から満足に楽しめないような気がするのだ。つきあっているわけでもないのだから罪悪感を覚える必要はないのだが、理屈ではない。
 罪悪感以外にも、私の中のよくわからない感情が風俗通いの邪魔をする。
 これがやっかいだ。
 この、もやもやとした表現しようのない感情。
 昨日の穂積との別れ際を思いだす。
 流されて、キスくらいさせてもよかっただろうか。
 いや。やはり、拒んでよかった。
 私は彼をよく知らない。そのために私のこの感情がどういうものか計りかねているのだから、体だけ先に受け入れたりしたら、ますますわからなくなる。
 私はもっと、彼を知る必要があるのだ。
 そして穂積も、私を知るべきだ。
 私は穂積の作品によって、本来表出されることのない彼の内面をある程度知っている。しかし穂積は違う。私の書く小説は完全なるフィクションで主人公は別人だ。だから彼は私の内面を知らない。知っているのはせいぜい耳糞程度。それなのに好きだの愛しているだの平気で云ってくる。私のことをろくに知りもしないのに好意を寄せてくるのには常々納得がいかないと思っていた。
 互いにもっと深く知りあう機会が必要だろう。
 そのためにはどうしたらいいだろう。居酒屋で話すことで得られる情報ではなく、違う角度から得られる情報がほしい。例えば私は、彼の局部は見たが、全裸は見ていない。彼の全裸を見たら、私はどう思うか、現時点ではわからない。それから寝ているときの姿。執筆時の様子。
 あれこれ考えた末、どうやら私は穂積の普段の生活が見たいようだと思った。ならば。

「お泊り会か」

 一晩だと、お互いに気を遣いあって素が出ないまま終わってしまう。逆にあまり長いと疲れる。とりあえず二日くらいがいいだろうか。
 私は早速穂積に予定を尋ねるラインを送った。彼からの返事を待つあいだに荷造りをする。
 もちろんお泊り会の会場は我が家ではなく穂積宅である。
 彼の家で、彼の素の生活を見せてもらうのだ。そしてほんのついでに、VRを貸してもらえたりしたらよいではないか。
 VR。VR。
 生活費を少しでも切り詰めねばならない現在、我が家の光熱費も二日分浮くし、いいことづくめだとウキウキしながらリュックに着替えを詰めた。かの家には来客用の布団などなさそうなので、毛布も持参することにする。
 準備万端整ったが、彼からの返事がなかなか来ない。バイト中やもしれぬ。
 逸る気持ちを落ち着けて再び原稿に向きあうことしばし、やがて十七時過ぎに返信が来た。やはりバイトだったらしい。
 今夜は特に用事はないと云われたので、今から泊まりに行ってもいいかと送ったら、まもなく通話の呼びだし音が鳴った。

「え、あの、久見さん、今から泊まりに来たいって……?」
「そう。いいかな」
「え、本当に今から? いや……俺は、かまいませんが……」
「よかった。じゃあ、今から行くから」

 穂積はたいそう驚いた様子だったが、私はかまわず通話を切り、リュックを背負って家を出た。
 マンションに着くと、戸惑った様子の穂積に出迎えられた。トレーナーとチノパンという私とほぼ変わらない出で立ちであるのに、格好よさは私とは天と地ほどもある。何故なのか。

「なにがあったんですか」
「いや。なにも」

 リビングの床に荷物を置いてジャンバーを脱ぐ。私の荷物を見て、穂積が心配そうな顔をした。

「もしかしたら言いたくないことかもしれませんが、事情は把握しておきたいです。俺でも助けになるかもしれませんし」

 どうやらトラブルが起きたと思われたらしい。私は明るく首を振った。

「ああ、ごめん。そうじゃないんだ。昨日、私はきみのことをよく知らないと言っただろう。きみも、私のことを知らない。互いのことをもっと知るためには、普段の生活を見せあうのがいいと思ったんだ。まずはきみの一日を見せてもらおうと思って」
「俺の一日、ですか」
「うん。つまり、ただのお泊り会。できれば、私がいることに気を遣わず普段通りに過ごしてほしい」

 私の説明を聞いた穂積は戸惑いを残しつつも、ホッとしたように表情を緩めた。

「そういうことなら、よかった。なにかあったのかと心配しました」
「急に思いついたもんだから。びっくりさせてすまない」

 穂積がキッチンへ向かう。何を飲むか訊かれたので、コンビニで買ってきたと伝えた。

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