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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった3
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とりあえず今日のところはどうにかやり過ごせたが、このままにはしておけないと思いつつ、私は玄関へ向かった。郵便受けには不用品回収のチラシの他に、出版社からの封書が入っていた。
それらを手にして室内へ入ったとき、スマホの呼び出し音が鳴った。
見ると、編集担当者からだった。クビを切られた出版社のほうではなく、昨年新規に仕事の依頼を受けたほうである。
先日初稿を送ったので、その返事だろうと通話に出ると、予想通りその話だった。一通り作品内容の話を終えると、次に発行予定日や部数の話に移った。
発行部数は六千部になるだろうとのこと。それはいい。しかし。
「え。六パー?」
なんと、印税率が六%という。
「はい。弊社では、初版一万部以上でしたら十パーなんですが、それ以下の場合、九千部だったら九パー、八千部だったら八パーと、部数に応じて変動する規定になっておりまして」
ということは、定価七百円の文庫本の印税は、二十五万二千円という計算になる。
これまでは一作四十二万円、年間二作で八十四万円の収入だったが、こちらの出版社では二作で五十万四千円。作品のクオリティは同じでも、三十四万もの減収となる。
もちろん私のような底辺作家に交渉の余地はない。その条件を呑むか、出版をとりやめるかの二択である。
わかりましたと言うよりない。
通話を終えると、私はぐったりと床に座り込み、こたつに突っ伏した。
三十四万の減収は厳しい。
しかしそのこと以上に、私の作品にたったそれだけしか値がつかない事実に落ち込んだ。
編集部も、なぜ私のような底辺に声をかけようと思ったのか、改めて不思議になる。
先ほど打ち合わせた初稿は、二案目に提出したプロットのものだ。最初に提出したものがボツだった理由は、良かれと思って組み込んだアイデアがリスキーだということだった。そうではなく人気作の二番煎じを書くよう求められた。
二番煎じ。大コケはしなかろうがヒットもしないことがすでに予想される作品を、である。嫌とも言えず、求められたものを提出したわけだが、いったいどういうつもりなのだろう。そういうものを書かせられる作家を抱えていないわけではなかろうに。
もしや別の作家と間違えて声をかけたのではあるまいか。私へ依頼メールを送ったあとで間違いに気づいたものの、私が承諾してしまったものだから、いまさら間違いだったと言いだせず、話を進めるしかなかったのやも。そういうことなら担当女史の失礼な態度も納得であるが、となると、年二作どころかこの一作で縁を切られる可能性が高い。
滅入る気持ちをどうしたものかと思いながら、息苦しくなったので顔を上げた。こたつの上に投げだした封書が目に入る。
クビを切られたほうの出版社からである。定期的に届く明細書入りの封書とはサイズが違うが、どうせ、出版に関する社内規定が変わったので同意を、などというつまらぬ書類の類だろうと思いながら開封する。
すると、可愛らしいピンクの封筒が中から出てきた。手書きの宛名には出版社気付私のペンネーム、裏を返すと知らない女性の名前。メモの端切れのような紙も同封されており、そこにはファンレターを転送した旨が、編集部の名称と共に記載されていた。
まさかと我が目を疑い、心拍数が跳ね上がった。我が人生で初めてのファンレターである。
指を震わせながら便箋をとりだす。そこには拙作の感想と応援が書かれていた。
感想といってもさほど細かなことは書かれていない。ドキドキした、キャラが可愛い、これからも頑張ってください。その程度のことであるが、心を込めて書いてくださったことが伝わってくる。
それを読んだ私は、それまで経験したことのない、わけのわからぬ興奮に見舞われた。便箋一枚に書かれた文章を噛みしめるように何度も読み返し、喜びと申しわけなさを味わった。こんな私の作品のために、わざわざ労力と切手代を払ってまで、感想を伝えようとしてくれた読者。
この方のためにも私は頑張らねばならぬ。生き延びねばならぬ。
六パーでもいい。いや、よくはないが、出版されることが重要だ。先ほどの初稿を見直し、ブラッシュアップせねば。
しかし今はまず、この方に返信をしたためよう。
私は、いつかファンレターが来た日のためにと、四年前に購入したレターセットの存在を思いだし、押し入れへ向かった。
それらを手にして室内へ入ったとき、スマホの呼び出し音が鳴った。
見ると、編集担当者からだった。クビを切られた出版社のほうではなく、昨年新規に仕事の依頼を受けたほうである。
先日初稿を送ったので、その返事だろうと通話に出ると、予想通りその話だった。一通り作品内容の話を終えると、次に発行予定日や部数の話に移った。
発行部数は六千部になるだろうとのこと。それはいい。しかし。
「え。六パー?」
なんと、印税率が六%という。
「はい。弊社では、初版一万部以上でしたら十パーなんですが、それ以下の場合、九千部だったら九パー、八千部だったら八パーと、部数に応じて変動する規定になっておりまして」
ということは、定価七百円の文庫本の印税は、二十五万二千円という計算になる。
これまでは一作四十二万円、年間二作で八十四万円の収入だったが、こちらの出版社では二作で五十万四千円。作品のクオリティは同じでも、三十四万もの減収となる。
もちろん私のような底辺作家に交渉の余地はない。その条件を呑むか、出版をとりやめるかの二択である。
わかりましたと言うよりない。
通話を終えると、私はぐったりと床に座り込み、こたつに突っ伏した。
三十四万の減収は厳しい。
しかしそのこと以上に、私の作品にたったそれだけしか値がつかない事実に落ち込んだ。
編集部も、なぜ私のような底辺に声をかけようと思ったのか、改めて不思議になる。
先ほど打ち合わせた初稿は、二案目に提出したプロットのものだ。最初に提出したものがボツだった理由は、良かれと思って組み込んだアイデアがリスキーだということだった。そうではなく人気作の二番煎じを書くよう求められた。
二番煎じ。大コケはしなかろうがヒットもしないことがすでに予想される作品を、である。嫌とも言えず、求められたものを提出したわけだが、いったいどういうつもりなのだろう。そういうものを書かせられる作家を抱えていないわけではなかろうに。
もしや別の作家と間違えて声をかけたのではあるまいか。私へ依頼メールを送ったあとで間違いに気づいたものの、私が承諾してしまったものだから、いまさら間違いだったと言いだせず、話を進めるしかなかったのやも。そういうことなら担当女史の失礼な態度も納得であるが、となると、年二作どころかこの一作で縁を切られる可能性が高い。
滅入る気持ちをどうしたものかと思いながら、息苦しくなったので顔を上げた。こたつの上に投げだした封書が目に入る。
クビを切られたほうの出版社からである。定期的に届く明細書入りの封書とはサイズが違うが、どうせ、出版に関する社内規定が変わったので同意を、などというつまらぬ書類の類だろうと思いながら開封する。
すると、可愛らしいピンクの封筒が中から出てきた。手書きの宛名には出版社気付私のペンネーム、裏を返すと知らない女性の名前。メモの端切れのような紙も同封されており、そこにはファンレターを転送した旨が、編集部の名称と共に記載されていた。
まさかと我が目を疑い、心拍数が跳ね上がった。我が人生で初めてのファンレターである。
指を震わせながら便箋をとりだす。そこには拙作の感想と応援が書かれていた。
感想といってもさほど細かなことは書かれていない。ドキドキした、キャラが可愛い、これからも頑張ってください。その程度のことであるが、心を込めて書いてくださったことが伝わってくる。
それを読んだ私は、それまで経験したことのない、わけのわからぬ興奮に見舞われた。便箋一枚に書かれた文章を噛みしめるように何度も読み返し、喜びと申しわけなさを味わった。こんな私の作品のために、わざわざ労力と切手代を払ってまで、感想を伝えようとしてくれた読者。
この方のためにも私は頑張らねばならぬ。生き延びねばならぬ。
六パーでもいい。いや、よくはないが、出版されることが重要だ。先ほどの初稿を見直し、ブラッシュアップせねば。
しかし今はまず、この方に返信をしたためよう。
私は、いつかファンレターが来た日のためにと、四年前に購入したレターセットの存在を思いだし、押し入れへ向かった。
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