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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった3

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 じっと見ていたら、尋ねられた。

「なんです?」
「きみを見ていたら、今度、食をテーマにした話を書きたくなってきた」

 適当なことを言い、最後までとりとめのない話をし、食事を終えて店を出る。

「じゃあ、また」

 そこで別れようとしたが、穂積がついてきた。

「家まで送ります」
「なんで。私は自転車だけど」
「飲酒運転はダメですよ」
「ええ? ちょっとだけじゃないか」
「ちょっとじゃないし、ダメなものはダメです。歩いて帰りますよ」

 穂積に腕を引かれ、ショッピングセンターの駐輪場へ戻った。私は文句を垂れ流し、しかし強引に穂積を振り切って自転車に乗る度胸もなく、結局自転車を押して歩いたのだった。

「でもきみ、私を送ってそれから駅前まで帰るとしたら、四、五十分はかかるぞ」
「そうですね。散歩にちょうどいいです」

 歩きだしてから、彼の拘束時間に気づいた私だったが、それも聞き流された。
 ショッピングセンターを駅とは反対方向へ離れると、徐々に外灯が乏しくなっていく。車の通りはあるが、歩く人など我々しかいない夜道。閑静な住宅街へ入り、緩やかな坂道になる。

「こうして飲んだ帰り、いつも心配だったんです」

 穂積の声のトーンが下がった。

「それに、まだ一緒にいたいと思って」

 声に含まれる甘さに気づき、私はハッとして身体をこわばらせた。
 芥川賞の発表があったのは五日前。つまり私が彼のマンションへ慰めに行き、自ら誘ったのは、五日前のことである。
 それから一緒に食事をしたのは今日が初めてだった。
 今日の私は食事以外のことをするつもりはなく、食事を終えたらいつも通り帰宅するつもりでいた。それ以上考えてもいなかった。
 しかし。穂積はどういう心積もりだったのだろう。
 五日前の記憶がよみがえる。
 私から誘い、あんなことをしてしまったのだ。穂積からしたら、もう私たちは両想いであると受けとめていても不思議ではない。
 ということは、私を送り届けてすぐさま引き返すつもりはなく、我が家へ寄っていく魂胆なのであろうか。そして私のベッドでエロいことをするつもりなのだろうか。もしやそのままなし崩しに我が家へ泊り、端から帰宅するつもりもなかったやもしれぬ。心配だから送るなどと言いながら、その実、下心満載な行動であることぐらい、同じ男である私にはお見通しだぞ穂積! というか、もっと早く気づくべきだろう私!
 気づいていたら、なんとしてでも居酒屋前で別れていた。こうして送迎を許可してしまったということは、その後のこともOKと受けとめられていそうだ。
 まずい。
 いまさら、先日のあれはなかったことに、などと男らしくないことは言えない。言いたくない。
 しかし、言わねばならないだろう。私にその気はないのだ。
 どう切りだそう。なんと言おう。今すぐ話しだすべきか、それとも家に着いてから切りだすべきか。
 あれこれ悩んでいるうちに家に着いてしまった。私はアパートの駐輪場に自転車を停めると、穂積に向き直った。

「送ってくれてありがとう。帰り、気をつけて。また明日」

 棒読みでそれだけ告げる。家に入れる気はないと、これで伝わるはずだ。
 自転車置き場の白々しい外灯が頼りなく辺りを照らす中、穂積は静かに私を見つめる。その視線に耐えられず、私は早々に玄関のほうへ向かおうとしたが、おなじ方向へ一歩踏み出した彼に阻まれた。

「あの」

 彼の片手が伸びてきて、私の腕をそっと掴む。

「キス、してもいいですか」

 私は返事に詰まった。

「家に入れてくれなくていいです。誰もいないし、ここでいいので」

 ゆっくりと、彼が身を屈めようとする。
 私はとっさに口を開いた。

「だめ、だ」

 穂積の動きがとまる。

「だめですか」
「うん」
「どうして」

 尋ねてくる声もまなざしも無駄に色っぽく、顔が勝手に熱くなる。

「その、私たちは、そういうのは、まだ、早いんじゃないかと思うんだ」
「……。まだ早い、ですか……?」
「早い」
「でも、大晦日とか、先日も……」
「それは、その。だけど」

 私はしかつめらしく言った。

「私は、きみのことをそんなに知らない。だいぶ知るようになったけど、それでもまだ、知らない。きみだって、私のことを知らない。このあいだのことは、賞のこととかあったし、その流れでそんなことになってしまったけど、でもやっぱり、まだ早い。体からなし崩しにというのは、違う気がする」

「じゃあ、もっと教えてください。あなたを」
「うん。また今度」

 穂積はしばし無言で私を見つめ、それから小さな吐息を漏らして私から身を離した。

「わかりました。じゃあ今度はうちで。VR、興味あるでしょう?」

 VR!!
 私が目を輝かせたのを見て、穂積は笑って帰っていった。

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