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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった2

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 新年明けのパン屋は客が少なく、まったりとした日々が続いた。
 年越しで穂積のマンションへ行った時、ノミネートの話題が出ると思っていたのだが、穂積は話さなかった。そしてその後も話す気配がない。その為、私も知らないふりをし続けた。
 ノミネート作家の名は一応ニュースになったはずなのだが、パン屋のスタッフの誰も知らないようだった。受賞のニュースならまだしも、ノミネートのニュースは大きな扱いではないとわかっているが、それにしても、世間一般の小説への関心のなさを改めて実感した。
 茂呂は正月休みを取っていたので会うことはなかった。そして私が連休に入るのと入れ替わりに出勤だったため、彼と顔を合わせたのは一月も一週間を過ぎた時期だった。
 しかも店長が私の訴えを考慮したようで、新年からは店長が早番で茂呂が遅番と替わっていたため、彼と二人きりで作業をすることはなくなっていた。茂呂は店長がいる場では無駄話をしないし、必要なことがあれば私にも普通に話しかけてくる。最初に顔を合わせたときは気まずさを感じたが、じきに慣れてきた。
 年明け後、三回目に仕事が重なった日だっただろうか、帰り際に茂呂から声をかけられた。

「久見君、名札、落ちたぞ」

 私の名札が落ちたのに気づき、拾ってくれたのだった。

「あ、どうも」

 受けとる時、何か言いたげな目つきをされた。しかし彼は余計なことを言わず、お疲れと云って作業に戻った。
 それだけだった。穂積とのことを聞きだされることは、なかった。 
 ここで断りを入れておくが、この先、茂呂は話に出てこない。
 私のBL小説の読者がこれを読んでいたならば、きっと拍子抜けしていることだろう。トラブルメーカー的な登場をさせた上、気があるかもなどという会話を布石のように差し込んでいるのだから、私か穂積に茂呂がアプローチする場面があるのがBL的セオリーだろう。私が普段書くBL小説ならば、物語の終盤直前で受けが当て馬に襲われ、攻めが助けるという王道エピソードがありがちだ。
 しかし、茂呂との関わりでわざわざ書くほどのエピソードは、今のところ何もない。
 現実はこんなものである。
 もしかしたら穂積と茂呂のあいだで何かあったかもしれないが、それは私の与り知らぬところである。
 そんなわけで何事もなく日々が過ぎ、一月中旬となった今日、芥川賞の受賞者が発表された。
 受賞者は、女性作家。穂積は落選だった。
 その一報を、私は自宅で知った。バイトを終えて夕食を食べながら、スマホでニュースサイトを見たときだ。
 最初の感想は、複雑だ。
 嫉妬心から、穂積には受賞してほしくない気がしていたが、いざ落選したと知ると、安堵よりも拍子抜けしたというか、不服な気分になった。
 受賞した女性作家の作品は、私も雑誌で読んだ。正直、悪いとは言わないが穂積の作品のほうが優れていると感じたので、この結果は納得がいかなかった。選考者の評が知りたいが、現時点ではまだわからない。
 穂積は、今日明日のバイトは入っていない。今、どうしているだろう。
 編集担当者と、文壇御用達のバーにでもいるのだろうか。
 落ち込んでいるだろうか。
 連絡してみようかと思った。しかし今は誰にも話しかけられたくない気分かもしれない。関係者ならまだしも、底辺BL作家からの連絡など邪魔臭いだけかもしれない。
 シャワーを浴び寝間着に着替え、パソコン前に座る。執筆しようか、それともその前に穂積に連絡しようか、しばし迷った。
 そしてふと、私が純文学雑誌の新人賞に落選した日、穂積が連絡してくれたのを思いだした。
 あれには救われた気がした。
 落選した者に連絡するタイプならば、自分が落選した際に連絡が来ても、嫌がりはしないだろう。
 私はそう結論づけて、スマホを手にとった。「今どこにいる」とラインする。するとすぐに「自宅前です。ちょうど、出先から戻ったところです」と返ってきた。
 少し迷い、「今から行ってもいいか」と送ると、OKとの返事が来たので、寝間着のスウェットから、それよりマシなスウェットに着替え、自転車で向かった。
 途中、コンビニで酒とつまみを買い、マンションへ到着する。オートロックマンションに一人で入るのは初めてだったので、エントランスで名を告げる時は少し緊張した。
 なにも、押しかけることはなかったか、いやしかし、などとここまで来ても気持ちが定まらぬままエレベーターに乗り、部屋の前のインターホンを鳴らすと、穂積が扉を開けて出迎えてくれた。ゆったりしたセーターとチノパンという、いつも通りの格好と、いつも通りの柔和な笑み。仄かに酒の香りがする。

「家の中、一人?」
「ええ、もちろん。どうぞ入ってください。あなたから連絡してくれるなんて、嬉しいですね」
「芥川賞の発表、あったから」

 リビングへ向かいながら言うと、先を歩いていた彼が振り返った。

「ご存じでしたか」
「編集と一緒じゃなかったのか」
「さっきまで一緒でしたが、発表直後に解散して、帰ってきました。ところで何飲みます?」

 リビングに入ると、穂積がキッチンへ行き、グラスやら皿を取り出そうとする。

「ああ、もう、何もしなくていいから。酒もつまみも買ってきたから、飲もう。座って」

 もてなそうとする彼を呼びとめ、ソファへ座った。その隣に彼も座る。
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