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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった2

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 互いに、視線は鍋へと向けているが、話しだすタイミングを計っているのが伝わる。
 先に口を開いたのは私だった。

「あのさ。このあいだの茂呂さんの件だけど。あの人、私がきみを避ける理由を知ってそうな口ぶりで話してたけど、あれ、あの人のハッタリだからな。私は何も言ってない」

 穂積が小さく頷いた。

「ええ。あなたの怒り様を見たら、そうだろうなと思いましたよ。詮索されたんでしょう。俺もしつこく聞かれました」

 やはり穂積も詮索されたかと思い、目を向ける。すると彼の視線に正面から捕まった。

「でも、それより」

 穂積が一呼吸置き、両手をテーブルの上で組んだ。そして窺うように尋ねてくる。

「俺を避けてた理由、俺としては知っておきたいんですが。また同じ失敗を繰り返さないためにも」

 理由は、ただの嫉妬だ。
 それを言うべきか、それとも適当にはぐらかして逃げるか、ここまで来ておきながら迷った。
 嫉妬が理由と打ち明けるのは、プライドが邪魔をする。しかし適当にはぐらかすのは、私が好きだという穂積に対して不誠実すぎると思う。
 口ごもる私を見て、穂積が頭を下げた。

「強引に押し倒してしまったことは、あれからずっと反省してます」

 ラインでも云っていたが、彼は、私が避けた理由がその一件にあると思っているらしい。
 それは確かに重大な事件だったはずだが、ノミネートのニュース以降霞んでしまっていた。そうなのだ。よくよく思い返せばノミネートを知る前は、わだかまりがどうのとグチグチ悩んでいたではないか。また襲われるのは御免だといって誘いを断ったではないか。
 避けていた理由の比重としてはノミネートの嫉妬が重いが、どの理由を話すかは私の自由だ。ということで、そちらを話すことにする。

「あれはね。うん。強引だったよな。驚くほど強引だし、自信過剰なことを言われた気がするよ」

 数日前の感情を思いだしながら、できるだけ誠実に伝えようと思う。

「でも、避けていたのは、きみが厭だとか、きみが怖いからっていうことじゃなくて。自分の気持ちの問題というか」

 私は自分の手元へ視線を落とした。

「なんというか。きみにどう接したらいいか、わからなくなっただけなんだ」

 ノミネートの嫉妬を打ち明けるよりはマシと判断したものの、こちらはこちらで気恥ずかしいものだった。
 穂積は黙って私の言葉を聞いている。
 私が口を閉ざしても、向こうも喋りだそうとしない。もう少し詳しく言わねば伝わらないだろうかと思い、自分の胸の中を探り、言葉を探す。

「私はきみに性欲を感じないんだ。それなのにああいうことになって、きみに対して後ろめたいような感情が湧いて。気まずいなと……わかるかな」

 穂積が頷く。

「ええ。わかる気がします」

 彼は組んでいた手を解くと天井を仰ぎ、それから再びこちらへ視線を戻す。

「つまり…確認ですが、俺が、新たにあなたへ、気に障ることをしたわけじゃないんですね? 俺に幻滅したとか、嫌いになったとか、そういうことではないんですね?」
「それは、うん。嫌いじゃない。嫌いだったらここにいない」
「よかった」

 穂積がホッと息をつき、頬を緩めた。

「でも、やっぱりすみませんでした。俺が焦って事を進めてしまったせいで、あなたを悩ませてしまった。あれはどう考えても勇み足だった。改めてお詫びさせてください」
「それはもう、いいよ。このすき焼きでチャラってことで」

 鍋がグツグツと煮えはじめていた。穂積が火加減を調節し、肉を入れる。

「サシがすごい。高級肉だ」
「ですね。貰い物なんで値段は知りませんが。但馬牛だそうです」

 すき焼きに舌鼓を打ちながら、しばらくは高級肉の話題やら好みの鍋の話など、他愛ない話をした。そして酒も進んだ頃、気になっていたことを尋ねた。

「ところで穂積君、茂呂さんと飲みに行っただろう。しつこく聞かれたって話だけど、どんな話したんだ」

 穂積が鍋からエノキを取りながら、視線を寄越した。

「主にあなたのことですよ」
「なんで避けられてるのかとか、そういうことを?」
「まあ、そうですね。根掘り葉掘り」

 何か思いだしたのか、厭そうな顔をした。

「俺があなたを好きだと気づいていたらしくて。口説いたのかとか、あなたはノンケじゃないのかとか」
「ゲイだって、話したんだって?」
「ええ。それはべつに隠していないですから、聞かれたら誰にでも答えてるんですけどね。でもあなたとのことは、何も話しませんでしたよ。実際、避けられている理由も知りませんでしたし」
「ああいう、人のことに首を突っ込みたがる人って、なんなんだろうな」
「あの人、あなたに気があるんじゃないかと思いましたけどね。それで首を突っ込んできたんじゃないですか」

 そんなばかなと、私は穂積を見返した。

「聞いたのか?」
「いえ、あえて聞きませんでしたけど。でも彼もゲイだと思います。バイかもしれませんが、少なくとも男もいけるクチですね」
「わかるんだ?」
「何か、云われてませんか?」

 私は首を傾げた。

「べつに何も。私が男に好かれるタイプだって云われたけど」
「男に好かれるタイプがどんな男かなんて、久見さんはわかりますか」
「それは、わからないな」
「ですよね。その界隈の人間じゃないと出てこないセリフですよ」

 云われてみれば確かに。

「でも、私に気があるというのはどうかと。もし可能性があるとしたら、私じゃなくて、穂積君のほうじゃないのか」
「それはないですね。牽制と挑発みたいなことを、云われたくらいですから」
「え。なんて?」
「それはまあ、ね」

 穂積は言葉を濁し、逆に聞き返してきた。

「それよりなんで、俺のほうが可能性あると思ったんですか」
「そりゃ、きみはいい男だから」

 穂積がパタリと動きを止めて私を見た。驚いた様子。

「なんだ? 女子だろうとゲイだろうと、イケメンはモテるだろ?」

 この社会ではイケメンこそ正義だと学び、辛酸を舐めてきたのだ。ゲイの世界だってそうだろうと深く考えずに口にしたのだが、何かおかしかっただろうか。
 見つめ返すと、穂積が少し視線を逸らした。

「ありがとうございます」

 その頬が、照れたようにわずかに染まる。

「何がありがとう?」

「いい男って、思ってくれていたんですね」

 云われて初めて、うかつなことを口にしてしまったと気づいた。
 客観的な話をしているつもりだったが、私自身が、穂積をいい男でイケメンと思っていると伝えてしまったわけだ。
 頬が熱くなる。
 言いわけしようかと焦ったが、言いわけすればするほどドツボに陥りそうな気がして結局黙った。
 赤い顔をしてすき焼きを口に運ぶ。
 いつもの穂積ならば「いい男と思う理由を聞かせて」などとさらに突っ込んできて私を辱めるのに、何も言わない。からかわれたいわけでは決してないが、気になったので尋ねた。

「どこがいいと思うんだとか、今日は聞かないんだな」
「そういうことを言うから嫌がられるんだと思って、控えてます。でも……聞いてもいいんですか」
「聞くな」

 穂積が楽しそうに笑み、鍋の豆腐をお玉で掬う。

「豆腐、味が染みてきてますよ。普段の豆腐と違うか、食べてみてください」

 そう言って私の皿に入れ、自分も掬って食べてみせる。旨いですねえなどとのんびり言い、ぎこちなくなりかけた空気をさりげなく解してくれる。
 お陰で私も調子を取り戻し、他愛ない会話を再開した。
 このところ避けていたが、私はその避けていた過去の時間を後悔した。やはり、穂積と過ごすのは心地よいと思えた。
 他人と鍋を囲むなんて何年ぶりだろう。思えば大晦日に楽しく過ごせたことなんて、過去にあっただろうか。
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