上 下
20 / 52
BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった2

4

しおりを挟む
 ショッピングセンターの駐輪場まで戻ると、自転車にまたがり、自宅へ向かってペダルをぐ。冷たい風。仕事の疲労。穂積とのやり取り。それらによって、私は物憂い気持ちに包まれていた。
 五日前、穂積と食事をしたあともこんな気分だった。なにかすっきりしない。もやもやした感情で満ちて、ぐったりと疲れた。
 例の件について、強引だったからといって彼を責める気持ちは微塵もない。流されたとはいえ私も了承したのだ。
 それでも物憂く思うのは、彼に性欲を覚えたわけでもないのに行為に及んでしまったことや、彼の気持ちに応えられないのに仲良くしていることに、後ろめたさやわだかまりを覚えるのかもしれない。
 わだかまりのせいで疲れるなら、彼とは距離を置いたほうがいいのかもしれない。
 帰宅すると、私はすぐにエアコンを入れ、常温の酎ハイを開けた。一気に半分ほど飲むとベッドに潜り込み、スマホを弄る。冷えた体を温めるには自慰をするのが手っ取り早い。エロ動画を見ながら股間に手を伸ばした。徐々に快感が高まり、行為に集中する。さらに集中しようとして目を瞑り、裸の女性を思い浮かべようとした。しかし脳裏に浮かんだのは、穂積だった。そして、穂積に押し倒されている自分。先週、このベッドの上で及んだ光景。ぎょっとしたものの、なぜかますます身体は昂り、そのまま射精に至ってしまった。
 達したあと、私はやや呆然とした。
 自分と穂積のむつみあいを思いだしながら達くなんて、どうかしている。

「わだかまり、あったんじゃないのか?」

 口をついて出たのは、己へのツッコミである。
 わだかまりがあるからこそ何度も思いだしてしまう、というのはわかる。そして、思いだして萎えるならわかる。だが、思いだしながら達くなんて。
 動揺した心を落ち着かせようと、私は浴室へ向かい、シャワーを浴びた。
 それから残りの酎ハイを飲み干し、今のは忘れようと思った。深く考えることではない。昂っていたからそのまま達っただけだ。ちょうどそのタイミングで穂積を思いだしたが、それより私の性欲が強かっただけの話だ。
 気をとり直し、私は再びベッドに寝転がり、スマホを手にした。口直しにもう一度自慰するつもりだが、その前にニュースでもチェックしておこうと思ったのである。
 そしてなにげなくニュースサイトのトピックスを眺めると、気になるニュースが目に入った。
 直木賞芥川賞の候補者が発表されたという。気になるといっても、BL作家の自分には縁のないものなので、そこまで切実に気になるわけでもない。知っている作家がいるかなという、一般読者と同じ感覚である。もうそんな時期かと独り言ちながら詳しく読み進めていくと、そこに彼の名が連なっていた。
 穂積雅文。その名を目にしたとき、息が止まった。
 身動きもとれず、石のように固まってその名を見つめ続けること数秒。衝撃で頭が真っ白になっていた。それからゆっくりと息を吸い込みながら記事を読み返す。
 穂積の作品が芥川賞にノミネートされていた。
 私はスマホから目を背け、呻き声を出したい衝動を堪えながら布団に顔を埋めた。
 穂積は自作の初版が三千部であり、もうすぐ消えると自虐していた。その彼の作品が候補にあがったと知り、裏切りを受けたような強い衝撃を受けていた。
 私小説家の彼とBL小説家の私では、土俵が違う。彼のほうは文壇に認められた作家であり、私は彼に強い嫉妬と憧れを抱いていた。今ももちろん抱いている。しかし最近は、同じ売れない者同士という、仲間のような感覚も覚えていた。
 その感覚は間違いであると、今、私は改めて思い知らされたのである。
 穂積は私の思うよりもずっと遠いところにいるのだ。そしてもし受賞なぞしたら、さらに遠のくのだろう。
 受賞。穂積が、芥川賞作家に。
 にわかに動悸がし、耳の辺りが熱くなった。どろりとした感情が沸くのを覚え、私は胸に手を当てた。そして服を握り締める。
 悔しい、と思った。
 穂積の名を見て衝撃を受けた直後、私の胸に浮かんだ感情は、強い嫉妬だった。
 私は、彼の作品の素晴らしさはよく知っている。過去作のどれもが受賞に値すると思っているし、今回のノミネートは当然と思う。それに対し、世に出ている私のBL作品は少女小説的な展開とエロスに満ちた、商業性のみを意識した駄作。賞にノミネートされるはずのないものだということは重々承知している。にもかかわらず、全身がどす黒くなりそうなほど私は彼に嫉妬していた。ノミネートされるに値する作家が悔しがるならわかる。同じ土俵にすら立てていない私がなぜ悔しがるのかと、我ながら滑稽に思うのだが、嫉妬は収まらない。私が本気で書いている私小説は雑誌の新人賞すら通らない。なぜ彼の作品は認められ、私の作品は認められないのか。彼の作品と私のものとでは、それほどまでに差があるのだろうか。
 なぜ私は認められない? なぜ高みへ登ることができない? 
 なぜ。
 そればかりが頭を巡る。
 なぜかなど、わかりきったことだ。私の作品は下手でつまらないからだ。
 冷静になろうとするとそれがよけい自虐を加速させ、己の才能のなさに落ち込むこととなった。
 確か明日、穂積と一緒のシフトのはずだった。会ったら、どんな顔をすればいい。おめでとうと言えるだろうか。
 考えれば考えるほど、すべてを投げ出したい気分になった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

獅子帝の宦官長

ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。 苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。    強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受     R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。 2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました 電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/ 紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675 単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております 良かったら獅子帝の世界をお楽しみください ありがとうございました!

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

処理中です...