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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった2
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ショッピングセンターの駐輪場まで戻ると、自転車に跨り、自宅へ向かってペダルを漕ぐ。冷たい風。仕事の疲労。穂積とのやり取り。それらによって、私は物憂い気持ちに包まれていた。
五日前、穂積と食事をしたあともこんな気分だった。なにかすっきりしない。もやもやした感情で満ちて、ぐったりと疲れた。
例の件について、強引だったからといって彼を責める気持ちは微塵もない。流されたとはいえ私も了承したのだ。
それでも物憂く思うのは、彼に性欲を覚えたわけでもないのに行為に及んでしまったことや、彼の気持ちに応えられないのに仲良くしていることに、後ろめたさやわだかまりを覚えるのかもしれない。
わだかまりのせいで疲れるなら、彼とは距離を置いたほうがいいのかもしれない。
帰宅すると、私はすぐにエアコンを入れ、常温の酎ハイを開けた。一気に半分ほど飲むとベッドに潜り込み、スマホを弄る。冷えた体を温めるには自慰をするのが手っ取り早い。エロ動画を見ながら股間に手を伸ばした。徐々に快感が高まり、行為に集中する。さらに集中しようとして目を瞑り、裸の女性を思い浮かべようとした。しかし脳裏に浮かんだのは、穂積だった。そして、穂積に押し倒されている自分。先週、このベッドの上で及んだ光景。ぎょっとしたものの、なぜかますます身体は昂り、そのまま射精に至ってしまった。
達したあと、私はやや呆然とした。
自分と穂積のむつみあいを思いだしながら達くなんて、どうかしている。
「わだかまり、あったんじゃないのか?」
口をついて出たのは、己へのツッコミである。
わだかまりがあるからこそ何度も思いだしてしまう、というのはわかる。そして、思いだして萎えるならわかる。だが、思いだしながら達くなんて。
動揺した心を落ち着かせようと、私は浴室へ向かい、シャワーを浴びた。
それから残りの酎ハイを飲み干し、今のは忘れようと思った。深く考えることではない。昂っていたからそのまま達っただけだ。ちょうどそのタイミングで穂積を思いだしたが、それより私の性欲が強かっただけの話だ。
気をとり直し、私は再びベッドに寝転がり、スマホを手にした。口直しにもう一度自慰するつもりだが、その前にニュースでもチェックしておこうと思ったのである。
そしてなにげなくニュースサイトのトピックスを眺めると、気になるニュースが目に入った。
直木賞芥川賞の候補者が発表されたという。気になるといっても、BL作家の自分には縁のないものなので、そこまで切実に気になるわけでもない。知っている作家がいるかなという、一般読者と同じ感覚である。もうそんな時期かと独り言ちながら詳しく読み進めていくと、そこに彼の名が連なっていた。
穂積雅文。その名を目にしたとき、息が止まった。
身動きもとれず、石のように固まってその名を見つめ続けること数秒。衝撃で頭が真っ白になっていた。それからゆっくりと息を吸い込みながら記事を読み返す。
穂積の作品が芥川賞にノミネートされていた。
私はスマホから目を背け、呻き声を出したい衝動を堪えながら布団に顔を埋めた。
穂積は自作の初版が三千部であり、もうすぐ消えると自虐していた。その彼の作品が候補にあがったと知り、裏切りを受けたような強い衝撃を受けていた。
私小説家の彼とBL小説家の私では、土俵が違う。彼のほうは文壇に認められた作家であり、私は彼に強い嫉妬と憧れを抱いていた。今ももちろん抱いている。しかし最近は、同じ売れない者同士という、仲間のような感覚も覚えていた。
その感覚は間違いであると、今、私は改めて思い知らされたのである。
穂積は私の思うよりもずっと遠いところにいるのだ。そしてもし受賞なぞしたら、さらに遠のくのだろう。
受賞。穂積が、芥川賞作家に。
にわかに動悸がし、耳の辺りが熱くなった。どろりとした感情が沸くのを覚え、私は胸に手を当てた。そして服を握り締める。
悔しい、と思った。
穂積の名を見て衝撃を受けた直後、私の胸に浮かんだ感情は、強い嫉妬だった。
私は、彼の作品の素晴らしさはよく知っている。過去作のどれもが受賞に値すると思っているし、今回のノミネートは当然と思う。それに対し、世に出ている私のBL作品は少女小説的な展開とエロスに満ちた、商業性のみを意識した駄作。賞にノミネートされるはずのないものだということは重々承知している。にもかかわらず、全身がどす黒くなりそうなほど私は彼に嫉妬していた。ノミネートされるに値する作家が悔しがるならわかる。同じ土俵にすら立てていない私がなぜ悔しがるのかと、我ながら滑稽に思うのだが、嫉妬は収まらない。私が本気で書いている私小説は雑誌の新人賞すら通らない。なぜ彼の作品は認められ、私の作品は認められないのか。彼の作品と私のものとでは、それほどまでに差があるのだろうか。
なぜ私は認められない? なぜ高みへ登ることができない?
なぜ。
そればかりが頭を巡る。
なぜかなど、わかりきったことだ。私の作品は下手でつまらないからだ。
冷静になろうとするとそれがよけい自虐を加速させ、己の才能のなさに落ち込むこととなった。
確か明日、穂積と一緒のシフトのはずだった。会ったら、どんな顔をすればいい。おめでとうと言えるだろうか。
考えれば考えるほど、すべてを投げ出したい気分になった。
五日前、穂積と食事をしたあともこんな気分だった。なにかすっきりしない。もやもやした感情で満ちて、ぐったりと疲れた。
例の件について、強引だったからといって彼を責める気持ちは微塵もない。流されたとはいえ私も了承したのだ。
それでも物憂く思うのは、彼に性欲を覚えたわけでもないのに行為に及んでしまったことや、彼の気持ちに応えられないのに仲良くしていることに、後ろめたさやわだかまりを覚えるのかもしれない。
わだかまりのせいで疲れるなら、彼とは距離を置いたほうがいいのかもしれない。
帰宅すると、私はすぐにエアコンを入れ、常温の酎ハイを開けた。一気に半分ほど飲むとベッドに潜り込み、スマホを弄る。冷えた体を温めるには自慰をするのが手っ取り早い。エロ動画を見ながら股間に手を伸ばした。徐々に快感が高まり、行為に集中する。さらに集中しようとして目を瞑り、裸の女性を思い浮かべようとした。しかし脳裏に浮かんだのは、穂積だった。そして、穂積に押し倒されている自分。先週、このベッドの上で及んだ光景。ぎょっとしたものの、なぜかますます身体は昂り、そのまま射精に至ってしまった。
達したあと、私はやや呆然とした。
自分と穂積のむつみあいを思いだしながら達くなんて、どうかしている。
「わだかまり、あったんじゃないのか?」
口をついて出たのは、己へのツッコミである。
わだかまりがあるからこそ何度も思いだしてしまう、というのはわかる。そして、思いだして萎えるならわかる。だが、思いだしながら達くなんて。
動揺した心を落ち着かせようと、私は浴室へ向かい、シャワーを浴びた。
それから残りの酎ハイを飲み干し、今のは忘れようと思った。深く考えることではない。昂っていたからそのまま達っただけだ。ちょうどそのタイミングで穂積を思いだしたが、それより私の性欲が強かっただけの話だ。
気をとり直し、私は再びベッドに寝転がり、スマホを手にした。口直しにもう一度自慰するつもりだが、その前にニュースでもチェックしておこうと思ったのである。
そしてなにげなくニュースサイトのトピックスを眺めると、気になるニュースが目に入った。
直木賞芥川賞の候補者が発表されたという。気になるといっても、BL作家の自分には縁のないものなので、そこまで切実に気になるわけでもない。知っている作家がいるかなという、一般読者と同じ感覚である。もうそんな時期かと独り言ちながら詳しく読み進めていくと、そこに彼の名が連なっていた。
穂積雅文。その名を目にしたとき、息が止まった。
身動きもとれず、石のように固まってその名を見つめ続けること数秒。衝撃で頭が真っ白になっていた。それからゆっくりと息を吸い込みながら記事を読み返す。
穂積の作品が芥川賞にノミネートされていた。
私はスマホから目を背け、呻き声を出したい衝動を堪えながら布団に顔を埋めた。
穂積は自作の初版が三千部であり、もうすぐ消えると自虐していた。その彼の作品が候補にあがったと知り、裏切りを受けたような強い衝撃を受けていた。
私小説家の彼とBL小説家の私では、土俵が違う。彼のほうは文壇に認められた作家であり、私は彼に強い嫉妬と憧れを抱いていた。今ももちろん抱いている。しかし最近は、同じ売れない者同士という、仲間のような感覚も覚えていた。
その感覚は間違いであると、今、私は改めて思い知らされたのである。
穂積は私の思うよりもずっと遠いところにいるのだ。そしてもし受賞なぞしたら、さらに遠のくのだろう。
受賞。穂積が、芥川賞作家に。
にわかに動悸がし、耳の辺りが熱くなった。どろりとした感情が沸くのを覚え、私は胸に手を当てた。そして服を握り締める。
悔しい、と思った。
穂積の名を見て衝撃を受けた直後、私の胸に浮かんだ感情は、強い嫉妬だった。
私は、彼の作品の素晴らしさはよく知っている。過去作のどれもが受賞に値すると思っているし、今回のノミネートは当然と思う。それに対し、世に出ている私のBL作品は少女小説的な展開とエロスに満ちた、商業性のみを意識した駄作。賞にノミネートされるはずのないものだということは重々承知している。にもかかわらず、全身がどす黒くなりそうなほど私は彼に嫉妬していた。ノミネートされるに値する作家が悔しがるならわかる。同じ土俵にすら立てていない私がなぜ悔しがるのかと、我ながら滑稽に思うのだが、嫉妬は収まらない。私が本気で書いている私小説は雑誌の新人賞すら通らない。なぜ彼の作品は認められ、私の作品は認められないのか。彼の作品と私のものとでは、それほどまでに差があるのだろうか。
なぜ私は認められない? なぜ高みへ登ることができない?
なぜ。
そればかりが頭を巡る。
なぜかなど、わかりきったことだ。私の作品は下手でつまらないからだ。
冷静になろうとするとそれがよけい自虐を加速させ、己の才能のなさに落ち込むこととなった。
確か明日、穂積と一緒のシフトのはずだった。会ったら、どんな顔をすればいい。おめでとうと言えるだろうか。
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