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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった1
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リーダビリティは、私にも勝ち目があるかもしれない。しかしそれ以外では圧倒的だった。彼の確たる力量をこの目で確認し、名実ともにとても敵わないと打ちのめされた。
厚顔無恥とはまさにこのこと、勝手にライバル視していたことに恥じ入るばかりである。
読後の余韻に浸るまもなく、さらにもう一冊に手を伸ばす。もっと、読んでみたかった。
購入したのは三冊。それらを読破すると、頭が痺れたようにぼんやりした。疲労を覚えてスイッチが切れるように眠り、目覚めると初めからじっくり読み返す。これは古典の類の下敷きがありそうな構成だな、などと思索に耽り、気がつけば翌朝。バイトの時刻が迫っていたが、今日は穂積がシフトに入っている日であり、顔をあわせたくなかった。敗北を喫している最中である上、私がBL小説家であることにも言及があるはずで、それを思うと憂鬱でしかない。
読書前にのたうっていた気持ちはすっかり沈静化し、今度は地の底まで憔悴している。
さほど悩むことなくバイトはサボることにした。無気力過ぎて欠勤の電話を入れることすら行動に移せず、ぼうっと本の内容を思い返す。
昼前に店長から電話が来たので仮病を使い、常備していたカップラーメンをすすったら、また本を読み返した。
気になる個所を何度も読み返し、熟考し、疲れて転寝する。それを繰り返しているうちに夕方になり、空腹を覚えた頃、インターホンが鳴った。
安アパートのインターホンにはモニターなどついていない。大方セールスだろうが、宅配便だったら困るので玄関へ行き、扉を開けた。するとそこにいたのは穂積だった。
心臓がギュッと縮む。
「具合が悪いと聞いたので、差し入れに来ました」
食料が入っているらしきスーパーの袋を差しだされた。
気遣いはありがたいが、仮病であり、しかもいま最も会いたくない人物となると、とても喜べない。私は気まずくて俯いた。
「具合、どうですか」
「ありがとう。風邪っぽくて熱があったんだが、もうなんともない。せっかく来てくれたのに悪いが、移すとよくないから」
室内には入れてやらず、袋を受けとるなり帰そうとしたら、穂積が切羽詰まったように言った。
「あの、久見さんの本、読みました」
驚いて顔を上げる私に、彼は拙作のタイトルを二つ上げた。
「昨日、編集の方に呼ばれていた名前、ペンネームだろうと思って調べて、すぐに本屋へ買いに行ったんです。それで読んで、めちゃめちゃ感動しました。本当にすごくよくて、号泣しちゃいました」
言われてみれば、瞼がやや浮腫んでいる。一日経っているのに未だにこの状態とは、相当泣いたのだろうか。
「もっと早くに読みたかったって、いままで知らなかったことが悔しくなるほど、心に響いたんです。今日店であなたに会ったら真っ先に感想を語るつもりだったんですけど」
また後日改めて感想を伝えさせてください、と彼は一読者の顔をして言った。
「しかしどうして書いてることを教えてくれなかったんですか」
「……恥ずかしかったから」
「ええ? 俺も同業なのに。水臭いじゃないですか」
穂積は朗らかに笑い、お大事にと言って帰っていった。
私は玄関の扉を閉めると、束の間放心して壁にもたれ込んだ。そして手にしていたスーパーの袋を抱きしめた。
穂積の言葉には、お世辞が上乗せされているだろう。だとしても彼に作品を褒められたことは一筋の光明を見出したようで、その光の暖かさによっていじけていた心が緩み、解れていく心地がした。
底辺の私には読者からの手紙など届いたことがないし、ネット上の感想もほぼない。そんな作品でもあの穂積の心を動かしたのならば、自分の作家活動に少しは自信を持ってもいいのかもしれないと思えたのだった。
明日バイトで会ったら、自分も彼の作品の感想を伝えようと思った。
厚顔無恥とはまさにこのこと、勝手にライバル視していたことに恥じ入るばかりである。
読後の余韻に浸るまもなく、さらにもう一冊に手を伸ばす。もっと、読んでみたかった。
購入したのは三冊。それらを読破すると、頭が痺れたようにぼんやりした。疲労を覚えてスイッチが切れるように眠り、目覚めると初めからじっくり読み返す。これは古典の類の下敷きがありそうな構成だな、などと思索に耽り、気がつけば翌朝。バイトの時刻が迫っていたが、今日は穂積がシフトに入っている日であり、顔をあわせたくなかった。敗北を喫している最中である上、私がBL小説家であることにも言及があるはずで、それを思うと憂鬱でしかない。
読書前にのたうっていた気持ちはすっかり沈静化し、今度は地の底まで憔悴している。
さほど悩むことなくバイトはサボることにした。無気力過ぎて欠勤の電話を入れることすら行動に移せず、ぼうっと本の内容を思い返す。
昼前に店長から電話が来たので仮病を使い、常備していたカップラーメンをすすったら、また本を読み返した。
気になる個所を何度も読み返し、熟考し、疲れて転寝する。それを繰り返しているうちに夕方になり、空腹を覚えた頃、インターホンが鳴った。
安アパートのインターホンにはモニターなどついていない。大方セールスだろうが、宅配便だったら困るので玄関へ行き、扉を開けた。するとそこにいたのは穂積だった。
心臓がギュッと縮む。
「具合が悪いと聞いたので、差し入れに来ました」
食料が入っているらしきスーパーの袋を差しだされた。
気遣いはありがたいが、仮病であり、しかもいま最も会いたくない人物となると、とても喜べない。私は気まずくて俯いた。
「具合、どうですか」
「ありがとう。風邪っぽくて熱があったんだが、もうなんともない。せっかく来てくれたのに悪いが、移すとよくないから」
室内には入れてやらず、袋を受けとるなり帰そうとしたら、穂積が切羽詰まったように言った。
「あの、久見さんの本、読みました」
驚いて顔を上げる私に、彼は拙作のタイトルを二つ上げた。
「昨日、編集の方に呼ばれていた名前、ペンネームだろうと思って調べて、すぐに本屋へ買いに行ったんです。それで読んで、めちゃめちゃ感動しました。本当にすごくよくて、号泣しちゃいました」
言われてみれば、瞼がやや浮腫んでいる。一日経っているのに未だにこの状態とは、相当泣いたのだろうか。
「もっと早くに読みたかったって、いままで知らなかったことが悔しくなるほど、心に響いたんです。今日店であなたに会ったら真っ先に感想を語るつもりだったんですけど」
また後日改めて感想を伝えさせてください、と彼は一読者の顔をして言った。
「しかしどうして書いてることを教えてくれなかったんですか」
「……恥ずかしかったから」
「ええ? 俺も同業なのに。水臭いじゃないですか」
穂積は朗らかに笑い、お大事にと言って帰っていった。
私は玄関の扉を閉めると、束の間放心して壁にもたれ込んだ。そして手にしていたスーパーの袋を抱きしめた。
穂積の言葉には、お世辞が上乗せされているだろう。だとしても彼に作品を褒められたことは一筋の光明を見出したようで、その光の暖かさによっていじけていた心が緩み、解れていく心地がした。
底辺の私には読者からの手紙など届いたことがないし、ネット上の感想もほぼない。そんな作品でもあの穂積の心を動かしたのならば、自分の作家活動に少しは自信を持ってもいいのかもしれないと思えたのだった。
明日バイトで会ったら、自分も彼の作品の感想を伝えようと思った。
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