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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった1
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穂積が靴を脱ぎ、私の腕を掴んだまま廊下を進む。
「連絡しようとした風俗は、デリヘル? ソープ?」
「デリヘルなんて高くて、いつもは――って、いや、ちょ、待て」
狭小なワンルームである。廊下など三歩で通り抜け、すぐに部屋へたどり着いた。
「抜くって」
「口でしてあげます」
ベッドに押し倒され、上にのしかかられた。
「ま、待てよ、本気か? 冗談だろ?」
「冗談に見えますか」
スウェットのズボンに手をかけられる。慌ててその手を掴んだ。
「待て待て、待てって。無理矢理は、よくないと思うぞ」
「女にされているつもりで、目を瞑って楽にしていてください」
「いや、ちょっと、人の話を」
私を見下ろす顔は真顔で、その目は据わっている。
「お金、ないんでしょう? 風俗なんかにお金を落とさなくても、俺が達かせてあげます。女より、ずっと気持ちよくしてやれる自信があります」
ズボンを引き下ろされそうになり、私は阻止するためにズボンを逆に引き上げた。突然の攻防にテンパりながら、彼の気を逸らす方法はないものかと目まぐるしく頭を働かせるも、なにも思いつかない。
ふと見ると、静かな怒りを帯びていた彼の瞳が、一転して奸智の色を浮かべたのに気づいた。
「そういえば久見さんは、私小説が書きたかったんでしょう」
「え、ああ」
急な話題転換に、思わず素直に頷く。そんな私に、彼は悪だくみでもするように囁いた。
「俺に抱かれれば、BL小説というジャンル内でも私小説が書けますよ」
「なるほど――って、いや待て」
思わぬ視点を提示され、膝を打ちたい気分になったが、じゃあ抱いてくださいとなるわけがない。
「BLは胸キュンが必要なんだ。このシチュエーションで、女性読者がキュンとするかよ」
「どうすれば、BL読者はキュンとするんですか」
「うーん……攻めに情熱的に愛を告げられるとか」
「愛しています」
即座に告げられた。手が離せるなら小突いていたところだ。
「もっと情熱的に告白しろと要求しているわけじゃない! そうじゃなく……とにかく、襲って無理矢理はよくないだろ」
「でもそういうBLもありますよね」
それを言われると、確かにと思ってしまう。BLというジャンルの懐の深さが今は憎い。
「だが私の読者は、無理矢理はどうかな……主人公が相手にときめいてないと、読者もノれないだろ」
貞操の危機的状況というのに、小説が関わるとつい条件反射的に真面目に検討してしまう己も憎い。
穂積の片手がズボンから離れ、トレーナー越しに私の胸に触れた。
「ドキドキしてますよ」
なにをされるのかと思ったら、心臓の音を確認されているのだった。
「動転してるだけで、これはときめきとは違うだろ」
「恋愛感情より先に、快楽に溺れるパターンもあるでしょう。その路線でいきましょう」
「却下ッ」
「じゃあ、俺がずっと口説き続けていたらどうです?」
胸に置かれていた彼の手が、指先で撫でるようにみぞおちへ下がった。
「攻めがひたすら口説き続けて、受けが流されて落ちるってパターン、あなたの作品によくありますよね」
これに反論する言葉は出なかった。穂積が悪魔のように優しい微笑みを浮かべて唆す。
「このままあなたが流されれば、それで物語は成立しますよ」
「た、確かに。いや、しかし。私の気持ちの問題が」
「あなたは俺が好きなんです」
間髪入れず、刷り込むように自然な口調で返された。
「だって、襲われてるのに抵抗しない」
「て、抵抗は、してるだろ」
指摘され、いつのまにかズボンを持つ手の力が抜けていたことに気づき、慌てて力を入れ直す。
そんな私を見て、穂積が困ったように微笑む。
「いい加減、自分の気持ちを受け入れてください」
「連絡しようとした風俗は、デリヘル? ソープ?」
「デリヘルなんて高くて、いつもは――って、いや、ちょ、待て」
狭小なワンルームである。廊下など三歩で通り抜け、すぐに部屋へたどり着いた。
「抜くって」
「口でしてあげます」
ベッドに押し倒され、上にのしかかられた。
「ま、待てよ、本気か? 冗談だろ?」
「冗談に見えますか」
スウェットのズボンに手をかけられる。慌ててその手を掴んだ。
「待て待て、待てって。無理矢理は、よくないと思うぞ」
「女にされているつもりで、目を瞑って楽にしていてください」
「いや、ちょっと、人の話を」
私を見下ろす顔は真顔で、その目は据わっている。
「お金、ないんでしょう? 風俗なんかにお金を落とさなくても、俺が達かせてあげます。女より、ずっと気持ちよくしてやれる自信があります」
ズボンを引き下ろされそうになり、私は阻止するためにズボンを逆に引き上げた。突然の攻防にテンパりながら、彼の気を逸らす方法はないものかと目まぐるしく頭を働かせるも、なにも思いつかない。
ふと見ると、静かな怒りを帯びていた彼の瞳が、一転して奸智の色を浮かべたのに気づいた。
「そういえば久見さんは、私小説が書きたかったんでしょう」
「え、ああ」
急な話題転換に、思わず素直に頷く。そんな私に、彼は悪だくみでもするように囁いた。
「俺に抱かれれば、BL小説というジャンル内でも私小説が書けますよ」
「なるほど――って、いや待て」
思わぬ視点を提示され、膝を打ちたい気分になったが、じゃあ抱いてくださいとなるわけがない。
「BLは胸キュンが必要なんだ。このシチュエーションで、女性読者がキュンとするかよ」
「どうすれば、BL読者はキュンとするんですか」
「うーん……攻めに情熱的に愛を告げられるとか」
「愛しています」
即座に告げられた。手が離せるなら小突いていたところだ。
「もっと情熱的に告白しろと要求しているわけじゃない! そうじゃなく……とにかく、襲って無理矢理はよくないだろ」
「でもそういうBLもありますよね」
それを言われると、確かにと思ってしまう。BLというジャンルの懐の深さが今は憎い。
「だが私の読者は、無理矢理はどうかな……主人公が相手にときめいてないと、読者もノれないだろ」
貞操の危機的状況というのに、小説が関わるとつい条件反射的に真面目に検討してしまう己も憎い。
穂積の片手がズボンから離れ、トレーナー越しに私の胸に触れた。
「ドキドキしてますよ」
なにをされるのかと思ったら、心臓の音を確認されているのだった。
「動転してるだけで、これはときめきとは違うだろ」
「恋愛感情より先に、快楽に溺れるパターンもあるでしょう。その路線でいきましょう」
「却下ッ」
「じゃあ、俺がずっと口説き続けていたらどうです?」
胸に置かれていた彼の手が、指先で撫でるようにみぞおちへ下がった。
「攻めがひたすら口説き続けて、受けが流されて落ちるってパターン、あなたの作品によくありますよね」
これに反論する言葉は出なかった。穂積が悪魔のように優しい微笑みを浮かべて唆す。
「このままあなたが流されれば、それで物語は成立しますよ」
「た、確かに。いや、しかし。私の気持ちの問題が」
「あなたは俺が好きなんです」
間髪入れず、刷り込むように自然な口調で返された。
「だって、襲われてるのに抵抗しない」
「て、抵抗は、してるだろ」
指摘され、いつのまにかズボンを持つ手の力が抜けていたことに気づき、慌てて力を入れ直す。
そんな私を見て、穂積が困ったように微笑む。
「いい加減、自分の気持ちを受け入れてください」
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