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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった1

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 そんな懸念を覚えた翌日の休憩時間。早速、穂積に蒸し返された。

「久見さん、昨日BL見てましたよね」

 彼は私の顔色を窺いながら、遠慮がちな微笑を浮かべる。

「俺、著作で自分のことを隠さず書いてるんで、ご存じかもしれませんが……男が好きなんですよね。それで、その。BLに興味があるってことは、もしかして久見さんも」
「違う。男に興味はない」

 皆まで言わせず即座に首を振った。
 それを聞いた穂積が天を仰ぎ、息をついた。それからゆっくりと顔を戻し、苦笑して私に視線を流す。

「そうかあ。もしかしてって期待しちゃったんですけど、残念」
「残念って」
「久見さんみたいな人、タイプなんです」

 私は弁当を広げる手を止めた。

「私?」
「はい」

 冗談か、どういうつもりで言っているのか。私は眉間を寄せて端正な顔を睨んだ。
 彼はにこにこしていて、真意はわからなかった。

「冗談だろ。穂積君、趣味悪いな」
「冗談じゃないですよ。趣味悪くもないです」

 穂積は堂々としていた。
 ノンケの男に堂々と好意を告げる、その心理が私には理解できなかった。
 中島敦が云うところの臆病な自尊心と尊大な羞恥心を持つ私の場合、相手の女性もこちらに好意があることがわかっており、絶対に断られることはない確証を得ないと、気持ちを打ち明けることなどできない。
 穂積は私から目を逸らしもしない。その瞳には、どこか楽しそうな色すら浮かんでいる。
 これは、いつも気軽に誰にでも声をかける男の態度だ。からかわれているのだろうと結論づけた。多少の好意はあるかもしれないが、少なくとも本気の告白ではない。

「そうか。まあ、残念だったな」

 素っ気なく話を打ち切り、箸をとる。昼はいつも蕎麦だ。
 その後はいつも通り小説の話になった。
 その気がないことをきっぱりと宣言したから、今後、秋波しゅうはを寄せられることはなかろうとそのときは思っていた。しかし予想に反し、あれは序章であったとばかりに度々たびたび好意を告げられるようになった。
 休み明けに顔をあわせると「会いたかったです」と囁いてきたり、代り映えなく毎日蕎麦を持参しているのを見て「気に入ったらとことん一途って感じで、そういうところ、好きです」なぞ言ってみたり。彼の冗談にちょっと笑うと、「あー、その笑顔、最高です」とほざいたり。
 同性から好意を告げられること自体に、不快感はなかった。十代の頃だったらわからないが、BLに慣れ親しんでいるいまの私に抵抗感はない。
 ただ、ことあるごとに好きだと云われるのは、さすがに辟易へきえきした。初めは私も遠慮していたが、一週間もすると雑に返すようになった。
 今日もロッカールームで別れ際に、

「今日も会えて嬉しかったです」

 なぞほざく。

「寝ぼけたこと言ってないで、糞して寝ろ」

 睨んで冷たく返しても彼は動じず、むしろ嬉しそうに笑う。さらになにか云ってくるかと身構えていると、シンプルなあいさつをして去っていった。こちらが本気で嫌がるラインは越えないのだ。上手いものだと感心してしまう。
 私はやれやれと思いながら自転車に乗ると、狭いわりに交通量の多い道をすり抜け、緩やかな坂道を下っていった。
 帰り道も、穂積のことを考える。
 邪険にされてもアプローチを続ける、あの胆力と厚顔ぶりはどうなっているのだろう。
 初めはからかわれているだけかと思いもしたが、違うような気がしてきていた。
 重くはないけれども軽すぎもしない、確実な、好意が伝わる。
 相手の逃げ道を用意している、本気の詰め寄り方ではない。ダメ元だがあわよくば、という感情が透けて見える。
 私としては、男にいくら言い寄られてもなびく気には微塵もなれない。しかし、自分が何年も嫉妬していた男が自分を求めてくるという構図は、抑圧されていたものが満たされるような、陰気な征服感を覚えた。
 受け入れるつもりはないが、この状況は悪くない。
 まもなく坂が終わる。私は自転車で風を切りながら、鼻歌を歌った。



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