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シャボン玉 × 手紙

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夕暮れ時、街角の古びた郵便ポストが、いつもと違う光景に包まれていた。郵便屋が手紙を集める時間を過ぎても、なぜか一通の手紙がポストに残されている。それは見慣れない淡い青色の封筒で、宛名も住所も書かれていない。まるで届け先を決めかねているかのように、ポストの中で静かに待っているように見えた。

その封筒を見つけたのは、20歳の美咲だった。美咲は近くの図書館に通う大学生で、いつも通りの帰り道に、ふと目を引かれるようにしてポストを見上げた。何が気になったのか自分でもわからなかったが、その青い封筒に近づくと、胸がざわついた。

「誰がこんな手紙を…?」

彼女は何となく手紙に触れた。すると、その瞬間、目の前に無数のシャボン玉がふわりと現れ、風に乗ってどこかへと漂っていった。美しい光景に息を呑む美咲。だがその後、彼女は自分の目を疑った。ポストにあったはずの青い封筒が、消えていたのだ。

「夢…だったのかな?」

戸惑いながらも、その出来事を不思議に思う美咲は、しばらくポストの前に立ち尽くしていた。だがその日から、彼女の周囲ではさらなる異変が起き始めた。

翌日、美咲は図書館で静かに本を読んでいると、突然、目の前の窓の外にシャボン玉が浮かび上がった。初めは風に吹かれて来ただけだろうと思ったが、シャボン玉はまるで彼女を追いかけるようにして、ゆっくりと図書館の中に流れ込んできた。

「どうして…?」

不思議に思った美咲は、そのシャボン玉に手を伸ばしてみた。指先に触れるか触れないかのところで、シャボン玉は優しくはじけ、消えてしまった。しかし、そこにはまたあの青い封筒が現れていた。今度は彼女の手元にそっと置かれたように。

「この手紙、何か意味があるのかも…」

美咲は封を切り、そっと中を覗いてみた。そこには、「君に会いたい」とだけ書かれたシンプルな手紙が一枚だけ入っていた。その文字は、まるで誰かが今この瞬間に書いたかのように、まだ新しいインクの匂いがした。

「誰が、私に?」

美咲はその言葉に戸惑いながらも、心のどこかで温かさを感じた。まるで見知らぬ誰かが、自分の存在を知っていて、待っているかのような感覚だった。

その日の夕方、彼女は再び郵便ポストの前に立っていた。シャボン玉はまた現れるのか、そしてあの手紙の送り主は誰なのか。期待と不安が入り混じる中、彼女はそっとポストに手をかけた。

すると、ポストから一人の青年が姿を現した。彼は美咲と同じくらいの年齢で、柔らかな笑顔を浮かべている。長い黒髪が風に揺れ、彼の周りには無数のシャボン玉が漂っていた。

「やっと、会えたね。」

青年は優しくそう言い、美咲の手をそっと取った。その瞬間、彼女の心は不思議な感覚で満たされた。まるで長い間ずっとこの人を待っていたかのような、懐かしさと安心感が彼女を包み込んだ。

「あなたは…誰なの?」

美咲が問いかけると、青年は少し寂しげな笑みを浮かべた。

「僕は、ただの記憶さ。君が子供の頃、毎日このポストに手紙を出していたことを覚えているかい?君が大切に思っていた誰かに。」

美咲は驚きと共に、昔の記憶がよみがえってきた。確かに彼女は、小さな頃、遠くに住む祖母に手紙を送り続けていた。しかし、その手紙の最後の一通が届くことはなく、祖母が亡くなってしまったのだ。

「君が最後に送った手紙、それがこのポストの中でずっと眠っていた。シャボン玉に包まれて。」

彼はそう言いながら、手元に浮かぶシャボン玉の一つをそっと触れた。シャボン玉は優しく光り、次の瞬間、手のひらには古びた手紙が現れた。それは美咲が最後に送った、祖母への手紙だった。

「でも、どうして今になって…?」

美咲の声は震えていた。彼女はその手紙を忘れたことはなかったが、もう二度と開かれることはないと思っていた。だが、目の前に現れた青年は、その手紙を大切そうに彼女に差し出した。

「君が大切にしていた思い出、それがこのポストを通じて君に返ってきたんだ。過去の君の気持ちを、今の君に届けるために。」

美咲は涙を浮かべながら、手紙を受け取った。そして、青年に向かって小さく笑みを浮かべた。

「ありがとう…」

しかし、その瞬間、青年の姿がゆっくりと薄れていくのを美咲は感じた。彼の体はまるでシャボン玉のように、少しずつ消えていく。

「待って、行かないで…」

美咲は手を伸ばしたが、彼の姿は完全に消え、彼女の前にはただシャボン玉が漂うだけだった。風が吹き、シャボン玉は空高く舞い上がっていった。

青年が消えた翌日、美咲は夢の中にいるような気分で一日を過ごしていた。彼が残してくれた手紙を胸に抱きしめ、何度も封を開けようとするが、手が震えてなかなか開けることができない。思い出が詰まったその手紙を、もう一度読む勇気が湧かないのだ。

その夜、美咲はふと郵便ポストの前に立っていた。風が肌を撫で、シャボン玉がふわふわと宙に浮かんでいる。彼女の目に映るその光景は、まるで現実と幻想が交差するような不思議な世界だった。

「また、来るかもしれない…」

そう思い、ポストをじっと見つめていると、再びシャボン玉が集まり始めた。そして、いつの間にか青年が姿を現した。だが、今度は彼の姿が少し弱々しく、薄れているように感じられた。

「君にもう一度会えて、よかったよ。」

彼の声は穏やかだが、どこか寂しさが漂っていた。美咲は言葉を失ったまま、彼を見つめることしかできなかった。

「僕はね、君の思い出の中に住んでいる存在なんだ。君が祖母に手紙を送るたびに、このポストを通じて僕は生まれた。君の気持ちとシャボン玉のような儚さが、僕を形作ったんだよ。」

美咲は理解し始めた。彼はただの人間ではなく、彼女の心の中にある過去の思い出が作り出した存在だった。彼はシャボン玉のように儚く、美咲の思い出が消えると共に、彼もまた消えてしまう運命にあった。

「でも、君の気持ちが届かなくなると、僕もこの世界から消えてしまうんだ。だから、最後に一つだけお願いがある。」

青年はそう言い、美咲に近づいてきた。彼の瞳には深い感情が込められていて、彼女の心を強く揺さぶった。

「お願いって…?」

「この手紙をもう一度、届けてほしいんだ。君の祖母にじゃなくて、今の君自身に。」

彼はポケットから、美咲が持っていた手紙と同じ青い封筒を取り出した。美咲はそれを受け取り、そっと手紙の封を開けた。中には、まるで自分が書いたかのようなメッセージが綴られていた。

「美咲へ
 あなたはもう大人になった。でも、忘れないで。どんなに時が過ぎても、あなたの中には愛が溢れている。過去の出来事に縛られる必要はないんだ。愛はいつもそばにあるから。
 あなたを愛してる。
 おばあちゃんより」

美咲は涙を流しながら、その手紙を読んだ。祖母の思いが、時を超えて自分に届いたのだと感じた。青年が何を伝えようとしていたのかが、はっきりとわかった瞬間だった。

「ありがとう…」

美咲は震える声でそう言い、涙を拭いた。青年は静かに微笑んで、シャボン玉に包まれながらゆっくりと消えていく。

「これで、僕は役目を果たしたよ。君が過去を乗り越え、愛を見つけられたなら、それでいいんだ。」

彼は最後にそう言い残し、完全に姿を消した。残されたのは、夜空に浮かぶ無数のシャボン玉だけだった。

その後、美咲は手紙を大切にしまい、再び図書館に通う日々に戻った。彼女は変わった。祖母に対する未練や後悔が、優しい思い出へと変わっていったからだ。そして、彼女の周りにはもうシャボン玉が現れることはなくなった。

だが、美咲は時折、あのポストを見つめて微笑む。そして、静かに心の中で思うのだ。

「愛は、いつもそばにある。」

美咲は過去を乗り越え、新しい自分の人生を歩んでいく。彼女が手にした愛は、シャボン玉のように儚いものではなく、永遠に彼女の心に残り続けるものだった。


美咲は、あの不思議な青年との出会いを経て、徐々に変わり始めた。それまでどこか空虚さを抱えていた彼女の心は、過去の痛みと向き合うことで、少しずつ埋まっていった。祖母への想いが解放されたことで、今を生きることの意味が見つかり、彼女は自分自身と向き合う時間を大切にするようになった。

ある日の夜、窓辺でふと星空を眺めていた美咲は、心の奥底に残っていたもう一つの感情に気づいた。それは、青年に対する複雑な想いだった。彼がシャボン玉と共に現れ、彼女の心を救ってくれたことは、まるで夢のようだったが、彼の温かな手の感触や、彼の言葉が胸に残っていた。

「もう一度、会いたい…」

その思いは美咲の中で次第に強くなっていき、彼女の体を熱くするような感情へと変わっていった。青年に触れた時の感覚が、今も鮮明に蘇ってくる。その手の温もり、彼の瞳に映る自分の姿。彼が消えてしまった時、まるで自分の一部が欠けたように感じたのだ。

ベッドに横たわり、青年のことを思い出すと、美咲の体が熱くなっていくのを感じた。彼との再会はもうないと分かっていながらも、彼の姿がまぶたの裏に浮かんでくる。まるでシャボン玉のように儚く、それでいて強く印象に残る彼の笑顔。

美咲は思わず、自分の体にそっと手を滑らせた。彼の手が触れた場所を思い出すかのように、そっと首筋に触れる。そこから伝わる感触は、自分自身の手のはずなのに、まるで彼の手のように感じられた。

「会いたい…」

そうつぶやいた瞬間、胸の奥から押し寄せる欲望が一気に湧き上がった。青年にもう一度触れられたい、彼の体温を感じたいという強い衝動が、彼女の全身を支配していく。唇に指先を当てながら、彼に囁かれた言葉を思い出す。彼の声が頭の中でこだまする。

「僕は、君の思い出の中にいる。」

その言葉が、美咲の胸に強く残っていた。彼は彼女の思い出の中の存在でありながらも、確かにそこにいて、彼女を支え、そして愛してくれていた。彼の優しさと、その裏に潜む寂しさを知るたびに、美咲の心は彼に惹かれていったのだ。

ベッドの上で、彼の温もりを想像しながら、自分の体に手を這わせていく。まるで彼がそこにいるかのように、美咲の体は敏感に反応した。彼の幻影に抱かれるような感覚が、彼女の心と体を熱くし、官能的な快感が彼女の中を駆け巡る。

「お願い…もう一度…」

まるで彼に向かって祈るかのように、美咲は目を閉じた。その瞬間、再びあのシャボン玉が彼女の周りに浮かび上がった。目を開けると、そこには、消えてしまったはずの青年が、優しい笑みを浮かべて立っていた。

「君を、忘れることはできないよ。」

彼の声が、再び美咲の耳に届いた。その瞬間、美咲は彼に向かって手を伸ばし、今度こそ消えてしまわないでと願った。彼の体は少し透けていたが、その温もりは確かに感じられた。

「君を抱きしめたい…」

美咲は彼に抱かれたいという思いに身を任せた。彼の腕が彼女を包み込み、体を重ねた瞬間、二人の間にある時間と空間が消え去ったかのようだった。彼の唇がそっと彼女の首筋に触れ、彼女の体は震えた。その瞬間、美咲は彼の愛を全身で感じ、二人の心が一つになった。

彼の手が美咲の体を滑り、彼女の肌は敏感に反応していく。まるで彼がそこにいるかのような錯覚が、彼女の意識を超えて現実になっているように感じられた。彼の指先が、彼女の体を優しく撫で、彼女の中に新たな感情が芽生えていく。

「ずっと、君のそばにいたい…」

美咲はそうつぶやきながら、彼に身を委ねた。彼の存在が幻であろうと、この瞬間だけは確かなものであり、彼女の心に永遠に刻まれる愛だった。彼女の心も体も、完全に彼に委ねられていった。

夜が明けると共に、再び青年の姿は消えてしまった。しかし、彼が残してくれた愛と温もりは、美咲の中で確かに生き続けていた。彼女はあの夜、ただの幻想ではなく、心の奥底にある真実の愛に触れたのだと感じた。

彼との出会いを経て、美咲は強く、そしてしなやかに成長した。過去の痛みを乗り越え、今を生きることの素晴らしさを知った彼女は、もう迷うことなく未来に向かって歩んでいくことができた。青年との夜が、彼女に愛の本質を教えてくれたのだ。
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