とある日

正三角定規

高校生の莉奈（りな）は、ある日の放課後、地元の商店街にある小さな文房具店を訪れた。どこか古びたその店には、他では見かけない珍しい品が多く並んでおり、莉奈はお気に入りの場所としてたびたび訪れていた。この日、彼女の目に留まったのは、錆びた金属の縁がついた正三角形の定規だった。小さな装飾が施され、中央には「正す力」と彫られていた。

「これ、使ってみてもいいかも…」

不思議な魅力に引かれ、莉奈はその定規を手に取ってみた。持った瞬間、ほんのりとした暖かさを感じたが、特に気にすることなく購入した。帰り道、ふと定規を見て「正す力」という刻印が気になったものの、すぐに忘れてしまった。

次の日、莉奈がその三角定規を筆箱に入れて持っていくと、予想外の出来事が起きた。授業が終わり放課後に友人たちと商店街を歩いていた彼女は、目の前で大きな声で言い争っている八百屋と肉屋の姿を目にした。普段は仲の良い二人だったが、最近は仕入れのトラブルで互いの商売に悪影響が出ているらしく、険悪なムードが漂っていた。二人の怒鳴り声は次第に商店街全体に広がり、周囲の店主たちや買い物客も落ち着かない様子だった。

莉奈はその様子を見守りながらも、何とかならないかと心配していた。その時、ポケットの中の三角定規が急に熱を持っていることに気づいた。驚きながらも、その定規を取り出し、直感的に二人に向かってそっとかざしてみた。すると、定規からかすかな光が放たれ、莉奈の手に一瞬しっくりと馴染むような感覚がした。

すると不思議なことに、八百屋と肉屋はピタリと動きを止め、互いの顔を見つめ直した。

「…すまなかった、俺も最近イライラしててな」と八百屋が先に口を開いた。

「いや、俺こそ悪かったよ」と肉屋がしんみりと返し、二人は互いに頭を下げ合った。

周りの人たちは驚き、拍手が沸き起こった。まるで先ほどまでの争いが嘘のように、二人は笑顔で握手を交わし、平和な空気が戻った。

莉奈は、その場を離れてからも心の中で何度も自問していた。「今のって、三角定規のおかげ…？」信じがたい気持ちだったが、胸の奥では確かに感じるものがあった。定規が熱を帯び、光を放った瞬間、二人の間の険悪な空気が和らいでいたのは間違いない。

その日から、莉奈は三角定規の力に気づき、慎重にその力を試すようになった。数日後、商店街で再び騒ぎが起こった。中学生の大輔（だいすけ）が、近くの駄菓子屋で万引きをしてしまい、店主に捕まっていたのだ。大輔はこの街で有名な「問題児」で、家庭環境の影響もあり、素直に謝ることができず反抗的な態度を取っていた。店主や他の大人たちが彼を責める中、大輔はますます反抗的になり、険悪な空気が漂っていた。

莉奈は再び三角定規を取り出し、勇気を出して大輔に向けてかざした。すると、今度も定規が温かくなり、光を放った。そして驚くことに、大輔の表情がみるみる変わり、今にも泣き出しそうな顔でぽつりと言った。

「本当は、ちゃんと謝りたいんだ。でも、どうしても…素直になれないんだ。」

彼の告白に、周囲の人々も驚き、彼をもう少し温かく見守ろうと話し合った。その日から、大輔は週末になると駄菓子屋や他の店の手伝いをするようになり、徐々に地域の人々と打ち解けていった。

こうして莉奈は、三角定規の力を借りながら商店街で起こるさまざまな争いを和らげ、人々の心の「曲がり」を正していった。ある日、商店街の会合でまた別のトラブルが持ち上がった時、莉奈は定規の力で解決しようとしたが、何度試しても、定規はただの無機質なプラスチックのように冷たく、何も反応しなくなっていた。

「どうして…もう使えなくなっちゃったの？」

莉奈は落胆したが、商店街の人々にそのことを告げると、誰もが優しい顔で彼女を励ました。八百屋の店主が微笑みながら言った。

「莉奈ちゃん、この定規の力に頼らずとも、君がこれまで私たちに教えてくれた『正す力』は、もうみんなの心に宿っているんだよ。定規なんてなくても、私たちにはその教えがある。」

肉屋も続けて言った。「今度は俺たちが、これまで通り自分たちの力で解決していこう。莉奈ちゃんが見せてくれたやり方でね。」

それを聞いた莉奈は胸がいっぱいになり、静かにうなずいた。力が失われても、人々の中に残った団結心と「曲がったものを正す」という思いが、今も確かに存在していると感じたからだ。

そして莉奈は、その後も商店街の仲間たちと共に、地域を良くしていく活動を続けた。彼女にとって三角定規の力は失われたが、人々の絆と信頼の力が確かに根付いたことを、深い誇りとして感じていた。

三角定規がなくとも、商店街の人々は「正す力」を自分たちの手で実現するようになった。莉奈もまた、心の中でその定規の輝きが永遠に消えることはないと信じ、笑顔で日々を過ごしていた。