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夏と告白とカブトムシ
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暑い夏の終わりが近づいていた。セミの声がまだ響く中、僕、田中悠斗(ゆうと)は学校の帰り道、夕日が赤く染める空をぼんやりと見上げていた。今日は、幼馴染の美咲(みさき)との約束があった。中学の頃から毎年の恒例で、夏休みの最後には二人でカブトムシを捕まえに行くのだ。
「今年もたくさん捕まえられるといいな」と美咲が笑顔で言ったのを思い出し、胸が少し高鳴った。
美咲とは小学校からの付き合いで、何でも話せる関係だった。だけど、最近は何かが少し変わり始めていた。彼女の笑顔を見るたびに、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚がする。けれど、それが何なのか、僕にはまだはっきりとわからなかった。
僕は自転車のペダルを漕ぎながら、彼女との待ち合わせ場所である神社へ向かう。途中、ふと思い出したのは、数日前にクラスメートの隆(たかし)が「美咲が誰かに告白されたらしい」という噂を口にしていたことだった。
「誰だよ?」と無意識に声に出してしまい、僕自身驚いた。その瞬間、何かがはじけたように感じた。ずっと感じていたこの気持ちは、ただの友達に対するものではないのかもしれない――僕は美咲が好きなのかもしれない。
しかし、それを確認する前に、彼女が誰かと付き合い始めてしまうかもしれない。そう考えると、胸の奥がもやもやして落ち着かない。僕は、今日こそ彼女に自分の気持ちを伝えるべきだと心に決めた。
神社の境内に到着すると、美咲はすでにベンチに座って待っていた。彼女は僕を見ると、いつも通りの無邪気な笑顔を見せた。
「遅いよ、悠斗!」
「ごめん、ちょっと考え事しててさ」と僕は笑ってごまかした。
二人は懐中電灯を片手に、神社の裏手に広がる林の中へと進んでいく。子供の頃から何度も来た場所だ。懐かしさを感じながら、僕たちは昔のように虫かごを手にカブトムシを探し始めた。
林の中はひんやりとしていて、夏の暑さを忘れさせてくれる。草むらをかき分ける音や、木の枝に当たる音が静寂を破る。僕たちは少し言葉少なにカブトムシを探していた。
しばらくすると、美咲が急に立ち止まり、ふっと木の陰に寄りかかった。
「悠斗、覚えてる?ここで初めてカブトムシを見つけた時のこと」
「もちろん覚えてるよ。君が先に見つけたけど、僕が捕まえたんだよね」
「そうそう。あの時、すごく悔しかったんだから」
美咲は軽く笑っていたが、その表情に少し影が差しているのを感じた。僕は彼女の横に立ち、どうしても聞きたかったことを口にした。
「美咲、あのさ……隆が言ってたんだけど、誰かに告白されたって、本当?」
美咲の表情が少し曇り、視線をそらした。「うん、そうだね。告白されたんだ」
僕の心臓がドクンと大きく跳ねた。予想していた答えではあったけれど、それでも心がざわつく。
「……で、どうするの?」僕は震える声で聞いた。
「まだ、返事はしてない。でも、そろそろしなきゃって思ってる」
「そうなんだ……」僕はそれ以上何も言えなかった。言葉が詰まり、何をどうすればいいのか分からなくなってしまった。
その時、ふいに美咲が僕を見つめた。「でも、どうしようかなって思ってるんだ。だって、答えを出す前に、ちゃんと聞いてみたいことがあるから」
「何を?」
「悠斗はどう思ってるの?」美咲の言葉に、僕は一瞬息が詰まった。心臓が速くなり、頭の中が真っ白になる。
「どうって……」
「私に対して、どう思ってるのか聞きたかったの。ずっと一緒にいたけど、最近、何かが変わってきた気がしてさ。それが何か、知りたかったんだ」
美咲の目が真剣で、僕はもう逃げられないと感じた。ずっとごまかしてきた自分の気持ちを、ここで伝えなければならない。僕は大きく息を吸って、口を開いた。
「美咲、僕は……たぶん、いや、もうはっきりしてる。君のことが好きだ。友達としてじゃなくて、もっと特別な存在として」
自分でも驚くほどスムーズに言葉が出てきた。美咲の目が大きく見開かれ、その後ふっと柔らかい笑顔に変わった。
「そっか……悠斗がそう言ってくれるの、待ってたかも」
「え?」僕は信じられない思いで彼女を見た。
「私も、悠斗が特別な存在だって、ずっと感じてた。でも、悠斗が何も言わないから、自分から言うのが怖かったんだ」
美咲は恥ずかしそうに笑いながら、僕の目をじっと見つめていた。二人の間にあったもやもやした感情が、ようやくはっきりとした形をとって現れた気がした。
「じゃあ、告白してきた人には……」
「うん、断るつもりだよ。だって、私が好きなのは……悠斗だから」
その瞬間、僕たちはお互いに笑い合った。何も言わなくても、もう全てが伝わっているような気がした。いつものように肩を並べて歩くけれど、その距離が少しだけ近く感じる。
その時、足元に一匹のカブトムシがひょっこりと姿を現した。美咲がすかさずそれを捕まえて、僕に見せた。
「ほら、今年も見つけたよ!」
「君が見つけたんだから、君が捕まえなきゃダメだよ」と僕は笑って言った。
「そうだね。でも、今年は一緒に捕まえよう。二人でね」
美咲が差し出した手を、僕はしっかりと握った。夏の終わり、カブトムシと共に、僕たちの新しい関係が静かに始まろうとしていた。
「今年もたくさん捕まえられるといいな」と美咲が笑顔で言ったのを思い出し、胸が少し高鳴った。
美咲とは小学校からの付き合いで、何でも話せる関係だった。だけど、最近は何かが少し変わり始めていた。彼女の笑顔を見るたびに、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚がする。けれど、それが何なのか、僕にはまだはっきりとわからなかった。
僕は自転車のペダルを漕ぎながら、彼女との待ち合わせ場所である神社へ向かう。途中、ふと思い出したのは、数日前にクラスメートの隆(たかし)が「美咲が誰かに告白されたらしい」という噂を口にしていたことだった。
「誰だよ?」と無意識に声に出してしまい、僕自身驚いた。その瞬間、何かがはじけたように感じた。ずっと感じていたこの気持ちは、ただの友達に対するものではないのかもしれない――僕は美咲が好きなのかもしれない。
しかし、それを確認する前に、彼女が誰かと付き合い始めてしまうかもしれない。そう考えると、胸の奥がもやもやして落ち着かない。僕は、今日こそ彼女に自分の気持ちを伝えるべきだと心に決めた。
神社の境内に到着すると、美咲はすでにベンチに座って待っていた。彼女は僕を見ると、いつも通りの無邪気な笑顔を見せた。
「遅いよ、悠斗!」
「ごめん、ちょっと考え事しててさ」と僕は笑ってごまかした。
二人は懐中電灯を片手に、神社の裏手に広がる林の中へと進んでいく。子供の頃から何度も来た場所だ。懐かしさを感じながら、僕たちは昔のように虫かごを手にカブトムシを探し始めた。
林の中はひんやりとしていて、夏の暑さを忘れさせてくれる。草むらをかき分ける音や、木の枝に当たる音が静寂を破る。僕たちは少し言葉少なにカブトムシを探していた。
しばらくすると、美咲が急に立ち止まり、ふっと木の陰に寄りかかった。
「悠斗、覚えてる?ここで初めてカブトムシを見つけた時のこと」
「もちろん覚えてるよ。君が先に見つけたけど、僕が捕まえたんだよね」
「そうそう。あの時、すごく悔しかったんだから」
美咲は軽く笑っていたが、その表情に少し影が差しているのを感じた。僕は彼女の横に立ち、どうしても聞きたかったことを口にした。
「美咲、あのさ……隆が言ってたんだけど、誰かに告白されたって、本当?」
美咲の表情が少し曇り、視線をそらした。「うん、そうだね。告白されたんだ」
僕の心臓がドクンと大きく跳ねた。予想していた答えではあったけれど、それでも心がざわつく。
「……で、どうするの?」僕は震える声で聞いた。
「まだ、返事はしてない。でも、そろそろしなきゃって思ってる」
「そうなんだ……」僕はそれ以上何も言えなかった。言葉が詰まり、何をどうすればいいのか分からなくなってしまった。
その時、ふいに美咲が僕を見つめた。「でも、どうしようかなって思ってるんだ。だって、答えを出す前に、ちゃんと聞いてみたいことがあるから」
「何を?」
「悠斗はどう思ってるの?」美咲の言葉に、僕は一瞬息が詰まった。心臓が速くなり、頭の中が真っ白になる。
「どうって……」
「私に対して、どう思ってるのか聞きたかったの。ずっと一緒にいたけど、最近、何かが変わってきた気がしてさ。それが何か、知りたかったんだ」
美咲の目が真剣で、僕はもう逃げられないと感じた。ずっとごまかしてきた自分の気持ちを、ここで伝えなければならない。僕は大きく息を吸って、口を開いた。
「美咲、僕は……たぶん、いや、もうはっきりしてる。君のことが好きだ。友達としてじゃなくて、もっと特別な存在として」
自分でも驚くほどスムーズに言葉が出てきた。美咲の目が大きく見開かれ、その後ふっと柔らかい笑顔に変わった。
「そっか……悠斗がそう言ってくれるの、待ってたかも」
「え?」僕は信じられない思いで彼女を見た。
「私も、悠斗が特別な存在だって、ずっと感じてた。でも、悠斗が何も言わないから、自分から言うのが怖かったんだ」
美咲は恥ずかしそうに笑いながら、僕の目をじっと見つめていた。二人の間にあったもやもやした感情が、ようやくはっきりとした形をとって現れた気がした。
「じゃあ、告白してきた人には……」
「うん、断るつもりだよ。だって、私が好きなのは……悠斗だから」
その瞬間、僕たちはお互いに笑い合った。何も言わなくても、もう全てが伝わっているような気がした。いつものように肩を並べて歩くけれど、その距離が少しだけ近く感じる。
その時、足元に一匹のカブトムシがひょっこりと姿を現した。美咲がすかさずそれを捕まえて、僕に見せた。
「ほら、今年も見つけたよ!」
「君が見つけたんだから、君が捕まえなきゃダメだよ」と僕は笑って言った。
「そうだね。でも、今年は一緒に捕まえよう。二人でね」
美咲が差し出した手を、僕はしっかりと握った。夏の終わり、カブトムシと共に、僕たちの新しい関係が静かに始まろうとしていた。
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