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シャープペンシル
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学校帰りの夕方、空は淡いオレンジ色に染まり、風が少し冷たくなってきた。公園のベンチに腰を下ろした高校2年生の健太は、ポケットからシャープペンシルを取り出して、いつものノートを広げた。このシャープペンシルは健太のお気に入りで、父親から中学生の入学祝いにもらったものだった。
「もうあれから3年か……」
健太はシャープペンシルを握りしめ、父との思い出を振り返った。父親は健太が中学に上がる前に突然仕事で海外に転勤することになり、健太とはあまり会えなくなっていた。その時に渡されたこのシャープペンシルが、父親との唯一のつながりのように感じていた。メタリックな光沢を持つペン軸は、使い込まれた証拠としてところどころ細かい傷がついていたが、健太にとってはその傷も大切な思い出だった。
「もう少し絵が上手くなれば、父さんにも見せられるかな」
健太の夢は、イラストレーターになることだった。絵を描くことが好きで、毎日のようにスケッチブックに向かっていたが、いつもどこか自信がなかった。周りの友達に自分の絵を見せることもほとんどなく、ただ黙々と描き続けていた。そんな健太を、唯一認めてくれたのが父親だった。
「お前の絵、いいじゃないか。もっと描き続けてみなさい」
父の言葉は、今も健太の心の支えだった。
その時、近くのブランコで揺れていた女の子が、健太に気づいて声をかけてきた。
「それ、シャーペン?」
小さな声だったが、しっかりと耳に届いた。健太は少し驚いて顔を上げた。ブランコに座っていたのは、小学生くらいの女の子だった。明るい茶色の髪を肩まで伸ばし、大きな瞳が印象的だった。
「うん、そうだよ」
健太がシャープペンシルを見せると、女の子は興味津々な様子でベンチに近づいてきた。
「かっこいいね。それで絵描いてるの?」
「え?ああ、うん、まあね」
健太は少し恥ずかしそうに答えたが、女の子は無邪気な笑顔を浮かべていた。
「私も絵が好きなの!でも、シャーペンで描くのは難しいんだよね」
女の子はそう言って、健太の横に座った。健太は少し驚きながらも、彼女の純粋な興味に惹かれた。
「そっか、シャーペンは少しコツがいるかもしれないね。でも、慣れれば大丈夫だよ」
健太はそう言って、自分のノートを彼女に見せた。そこには、最近描いた動物のスケッチが何枚もあった。犬や猫、リスや鳥といったさまざまな生き物が、細かい線で描かれていた。
「わあ、すごい!本当に上手だね!」
女の子は目を輝かせながらノートをめくっていった。その無邪気な反応に、健太の胸は少しだけ温かくなった。
「ありがとう。でも、まだまだ練習中なんだ」
「そんなことないよ!私、こういう絵を描ける人になりたいなあ」
健太は彼女の言葉に少し微笑んだ。この小さな女の子の純粋な情熱を見て、自分が夢を追いかけていた頃を思い出した。
「名前は?」
「え?あ、健太。君は?」
「私は、花音(かのん)!よろしくね、健太お兄ちゃん!」
花音はにっこりと笑った。その笑顔に、健太は思わず吹き出しそうになったが、彼女の元気さに引き込まれるようにして、少しだけ気持ちが軽くなった。
「ねえ、健太お兄ちゃん、そのシャーペンで私の絵を描いてくれない?」
突然のお願いに、健太は少し戸惑った。しかし、花音の期待に満ちた瞳を見て、断る理由が見つからなかった。
「うん、いいよ。でも、そんなに上手じゃないかもしれないけど……」
「大丈夫!健太お兄ちゃんなら絶対に上手だよ!」
その言葉に背中を押されるようにして、健太はシャープペンシルを握り直し、花音の顔を見つめた。彼女の明るい笑顔や、少しだけ揺れるブランコが風に乗って静かに揺れる様子を、頭の中でイメージしながら手を動かし始めた。
シャープペンシルの芯がノートに触れるたび、健太の心は次第に落ち着いていった。花音の無邪気さに触れることで、自分の不安や迷いが少しずつ和らいでいくのを感じた。
「できたよ」
健太は最後の一線を引き、花音にノートを差し出した。そこには、元気いっぱいに笑う花音の姿が丁寧に描かれていた。風に揺れる髪や、楽しそうに輝く瞳まで、彼のシャープペンシルがその瞬間を捉えていた。
「わあ、すごい!ほんとに私だ!」
花音は大興奮で絵を眺め、健太に感謝の言葉を何度も繰り返した。彼女の喜びが健太に伝わり、彼も自然と笑顔になっていた。
「ありがとう、健太お兄ちゃん!私も絵をもっと頑張るね!」
そう言って、花音はベンチから飛び降りて、再びブランコに戻っていった。その背中を見つめながら、健太はふと気づいた。彼女の無邪気な励ましが、どれだけ自分の心を軽くしてくれたか。
「俺も、もっと頑張らなきゃな……」
健太はシャープペンシルを見つめ直し、もう一度ノートを開いた。花音の笑顔が彼に新たな自信を与えてくれたのだ。このシャープペンシルが繋いだ、小さな出会いと感動が、彼の心に確かな温もりを残していた。
その日から、健太は毎日少しずつ自分の絵を友達に見せるようになった。いつか、父親に誇れるような絵を描ける日が来ることを信じて。
そして、公園に訪れるたびに、健太は花音を思い出し、心の中で静かに感謝をしていた。彼女が教えてくれたのは、絵を描く楽しさだけでなく、誰かのために描く喜びでもあったのだ。
「もうあれから3年か……」
健太はシャープペンシルを握りしめ、父との思い出を振り返った。父親は健太が中学に上がる前に突然仕事で海外に転勤することになり、健太とはあまり会えなくなっていた。その時に渡されたこのシャープペンシルが、父親との唯一のつながりのように感じていた。メタリックな光沢を持つペン軸は、使い込まれた証拠としてところどころ細かい傷がついていたが、健太にとってはその傷も大切な思い出だった。
「もう少し絵が上手くなれば、父さんにも見せられるかな」
健太の夢は、イラストレーターになることだった。絵を描くことが好きで、毎日のようにスケッチブックに向かっていたが、いつもどこか自信がなかった。周りの友達に自分の絵を見せることもほとんどなく、ただ黙々と描き続けていた。そんな健太を、唯一認めてくれたのが父親だった。
「お前の絵、いいじゃないか。もっと描き続けてみなさい」
父の言葉は、今も健太の心の支えだった。
その時、近くのブランコで揺れていた女の子が、健太に気づいて声をかけてきた。
「それ、シャーペン?」
小さな声だったが、しっかりと耳に届いた。健太は少し驚いて顔を上げた。ブランコに座っていたのは、小学生くらいの女の子だった。明るい茶色の髪を肩まで伸ばし、大きな瞳が印象的だった。
「うん、そうだよ」
健太がシャープペンシルを見せると、女の子は興味津々な様子でベンチに近づいてきた。
「かっこいいね。それで絵描いてるの?」
「え?ああ、うん、まあね」
健太は少し恥ずかしそうに答えたが、女の子は無邪気な笑顔を浮かべていた。
「私も絵が好きなの!でも、シャーペンで描くのは難しいんだよね」
女の子はそう言って、健太の横に座った。健太は少し驚きながらも、彼女の純粋な興味に惹かれた。
「そっか、シャーペンは少しコツがいるかもしれないね。でも、慣れれば大丈夫だよ」
健太はそう言って、自分のノートを彼女に見せた。そこには、最近描いた動物のスケッチが何枚もあった。犬や猫、リスや鳥といったさまざまな生き物が、細かい線で描かれていた。
「わあ、すごい!本当に上手だね!」
女の子は目を輝かせながらノートをめくっていった。その無邪気な反応に、健太の胸は少しだけ温かくなった。
「ありがとう。でも、まだまだ練習中なんだ」
「そんなことないよ!私、こういう絵を描ける人になりたいなあ」
健太は彼女の言葉に少し微笑んだ。この小さな女の子の純粋な情熱を見て、自分が夢を追いかけていた頃を思い出した。
「名前は?」
「え?あ、健太。君は?」
「私は、花音(かのん)!よろしくね、健太お兄ちゃん!」
花音はにっこりと笑った。その笑顔に、健太は思わず吹き出しそうになったが、彼女の元気さに引き込まれるようにして、少しだけ気持ちが軽くなった。
「ねえ、健太お兄ちゃん、そのシャーペンで私の絵を描いてくれない?」
突然のお願いに、健太は少し戸惑った。しかし、花音の期待に満ちた瞳を見て、断る理由が見つからなかった。
「うん、いいよ。でも、そんなに上手じゃないかもしれないけど……」
「大丈夫!健太お兄ちゃんなら絶対に上手だよ!」
その言葉に背中を押されるようにして、健太はシャープペンシルを握り直し、花音の顔を見つめた。彼女の明るい笑顔や、少しだけ揺れるブランコが風に乗って静かに揺れる様子を、頭の中でイメージしながら手を動かし始めた。
シャープペンシルの芯がノートに触れるたび、健太の心は次第に落ち着いていった。花音の無邪気さに触れることで、自分の不安や迷いが少しずつ和らいでいくのを感じた。
「できたよ」
健太は最後の一線を引き、花音にノートを差し出した。そこには、元気いっぱいに笑う花音の姿が丁寧に描かれていた。風に揺れる髪や、楽しそうに輝く瞳まで、彼のシャープペンシルがその瞬間を捉えていた。
「わあ、すごい!ほんとに私だ!」
花音は大興奮で絵を眺め、健太に感謝の言葉を何度も繰り返した。彼女の喜びが健太に伝わり、彼も自然と笑顔になっていた。
「ありがとう、健太お兄ちゃん!私も絵をもっと頑張るね!」
そう言って、花音はベンチから飛び降りて、再びブランコに戻っていった。その背中を見つめながら、健太はふと気づいた。彼女の無邪気な励ましが、どれだけ自分の心を軽くしてくれたか。
「俺も、もっと頑張らなきゃな……」
健太はシャープペンシルを見つめ直し、もう一度ノートを開いた。花音の笑顔が彼に新たな自信を与えてくれたのだ。このシャープペンシルが繋いだ、小さな出会いと感動が、彼の心に確かな温もりを残していた。
その日から、健太は毎日少しずつ自分の絵を友達に見せるようになった。いつか、父親に誇れるような絵を描ける日が来ることを信じて。
そして、公園に訪れるたびに、健太は花音を思い出し、心の中で静かに感謝をしていた。彼女が教えてくれたのは、絵を描く楽しさだけでなく、誰かのために描く喜びでもあったのだ。
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