とある日

だるまさんは転ばない

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夕暮れ時、6畳一間の小さな部屋に、一人の女性がいた。彼女の名前は沙織(さおり)。28歳、出版社で働く編集者だ。仕事に追われ、日々の疲れが蓄積していた彼女は、いつも帰宅するとすぐに畳の上に倒れ込むのが習慣だった。

「今日も疲れたなあ…」と呟きながら、沙織は夕食の準備をする気力もなく、そのまま横になった。窓から差し込む夕日が部屋を温かく染め、畳の香りと相まって、少しだけ心が落ち着く。6畳の狭い部屋は、沙織にとっての避難所だった。物は少なく、ベッドやテーブル、椅子などの最低限の家具しか置かれていない。しかし、そのシンプルさが、彼女にとっては心地よかった。

彼女はふと、子どもの頃を思い出す。この6畳一間は、亡き祖父母の家にあった部屋を思い起こさせるのだ。夏休みになるとよく遊びに行っては、この畳の部屋で昼寝をしたり、祖母が作った梅干しをつまんだりして過ごした。今も時折、祖母の声が聞こえてくるような気がして、沙織はそのたびに懐かしさと安心感を覚える。

「おばあちゃんの部屋、こんな感じだったよな…」

彼女は起き上がり、畳の上に座り直した。ぼんやりとした頭で、最近の忙しさを振り返る。雑誌の編集作業に追われ、夜遅くまでパソコンに向かい続ける日々。体も心も限界に近づいていることに気づいてはいたが、誰にも弱音を吐けない自分がいた。そんな時、ふと、あることが頭をよぎる。

「そうだ、おばあちゃんの梅干し、食べたいな」

沙織は急に懐かしくなり、台所の棚を探し始めた。以前、実家から持ってきた瓶の中に、祖母が作った梅干しがまだ残っていることを思い出したのだ。瓶を手に取り、蓋を開けると、梅干しの酸っぱい香りがふわっと広がる。祖母が毎年手作りしていたこの梅干しは、沙織にとって特別な味だった。

「おばあちゃんの味だ…」

一粒つまみ、口に運ぶ。酸っぱさが広がり、その後に訪れるほのかな甘みが、なんとも言えない懐かしさを感じさせる。祖母の優しさが詰まったこの味が、沙織の心をじんわりと温めてくれた。いつの間にか、彼女の目には涙が浮かんでいた。

「疲れてたんだな、私…」

そう呟きながら、沙織は深呼吸をする。ここ最近、心がカサカサしていたことに気づく。それに気づかせてくれたのは、この小さな6畳一間と、祖母の思い出だった。

沙織は梅干しをもう一粒口に入れ、部屋の窓を開けた。外には柔らかな秋風が吹き込み、彼女の髪をそっと揺らす。夕日はいつの間にか沈み、空には星が瞬き始めている。沙織はその静かな夜空を見上げながら、少しずつ心が軽くなっていくのを感じた。

「明日も頑張ろう」

彼女はそう呟いて、そっと微笑んだ。この6畳一間の部屋が、今日もまた彼女を優しく包み込んでくれる。疲れた時、心が折れそうな時、ここに帰ってくればいい。沙織はそう思いながら、ふと、祖母の声が聞こえたような気がした。

「大丈夫だよ、沙織」

その声は、温かく、優しかった。沙織はもう一度深呼吸をして、畳の上に寝転がった。今夜もこの部屋で、ぐっすりと眠れるだろう。そして、明日もまた、新しい一日が始まる。
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