とある日

だるまさんは転ばない

文字の大きさ
上 下
14 / 46

ほろ苦い時間

しおりを挟む
小さな町の一角にある、古びたカフェ「星降るコーヒー店」。その店は、昭和の香りが漂うレトロな雰囲気で、少し時代遅れのインテリアが並んでいる。しかし、その温かい雰囲気と香ばしいコーヒーの香りは、長年この町の人々に愛され続けていた。

朝の光が差し込み、開店したばかりの店内に一人の男が入ってきた。男の名は達郎。40代半ばの落ち着いた風貌をしており、ここに通うのはもう20年近くになる。いつもの席に腰を下ろし、静かに本を開いた。

「いらっしゃい、達郎さん。いつものですね?」

店主の悦子がカウンター越しに微笑みながら声をかける。

「うん、いつものをお願い。」

「了解。今日は何かいいことでもあった?」

「いや、特にないよ。ただ、今日は彼を連れてきたんだ。」

達郎は微笑みながら、自分の隣にいる小さな男の子を指差した。彼の名は健太、まだ10歳。彼は達郎の甥で、最近両親の都合でしばらくの間、達郎の家で暮らすことになっていた。

「はじめまして、健太くん。コーヒーはまだ早いかな?」

悦子は優しい眼差しで健太を見つめた。健太は少し緊張した様子で、達郎の顔をチラリと見た。

「うん、コーヒーはまだ飲めないんだ。でも、叔父さんがいつも美味しそうに飲んでるのを見て、ちょっと気になるんだよね。」

達郎はクスッと笑った。

「じゃあ、特別に子供でも飲めるカフェオレを作ってあげるよ。ちょっと甘めにしておくから、安心してね。」

悦子は笑顔で答え、カウンターに戻った。カフェオレの香ばしい香りが漂い始めると、健太の顔に興味深そうな表情が浮かんだ。

「叔父さん、この店にずっと来てるの?」

健太が静かに尋ねる。

「そうだよ。お前が生まれるずっと前からね。この店には、いろんな思い出が詰まってるんだ。」

達郎は少し懐かしそうな表情を浮かべながら、目を閉じた。彼がこの店に初めて足を踏み入れたのは、20代の頃。忙しい仕事に追われ、心の余裕を失っていた時期だった。静かで温かいこの店で、彼は初めて心を落ち着ける場所を見つけたのだ。

「ここに来ると、なんだかホッとするんだ。何もかもが騒がしい外の世界から逃げられる、そんな場所だよ。」

「ふーん。僕もそんな場所が見つかるといいな。」

健太はそう呟きながら、カウンターに運ばれてきたカフェオレを見つめた。湯気が立ち上り、ふんわりとしたミルクの香りが漂ってくる。

「熱いから気をつけて飲んでね。」

悦子が声をかける。健太は少し戸惑いながらも、カップを手に取り、そっと口元に運んだ。一口飲むと、その優しい甘さに思わず目を輝かせた。

「美味しい!」

その一言に、達郎も悦子も思わず笑顔になった。

「よかった。健太くんも、これからここに来るのを楽しみにしてくれるといいな。」

悦子が微笑みながら、再びカウンターに戻った。

それからというもの、達郎と健太は毎週土曜日、このカフェに通うようになった。健太は学校での出来事を達郎に話し、達郎は静かに耳を傾ける。時には健太が落ち込んでいる日もあったが、達郎は無理に慰めることなく、ただ一緒にコーヒーを飲みながら過ごす時間を大切にした。

ある土曜日の午後、健太が珍しく黙り込んでいた。普段なら元気に話しているのに、その日は少し違っていた。

「どうした?今日は元気がないな。」

達郎が声をかけると、健太は少し俯いて答えた。

「学校で友達と喧嘩しちゃったんだ。僕、なんであんなこと言っちゃったんだろうって後悔してる。」

健太の言葉には、重い後悔の色がにじんでいた。達郎はしばらく黙った後、コーヒーを一口飲んでから、優しく語りかけた。

「健太、人は間違えるものだよ。でも、大事なのはその後どうするかだ。後悔してるなら、謝ればいい。自分の気持ちを伝えることが大事なんだよ。」

健太は達郎の言葉に耳を傾け、少し考え込んだ。そして、ふっと顔を上げた。

「うん、そうだね。明日、ちゃんと謝ってみる。」

「それでいいさ。大事なのは、自分の気持ちを素直に伝えること。誰だって失敗するんだから。」

達郎の言葉は、健太の心に優しく響いた。カフェの静かな空間の中で、二人は少しの間、ただ穏やかな時間を共有していた。

その後、健太は学校で無事に友達に謝ることができ、関係も元通りになった。達郎と健太は、これまで以上にカフェでの時間を大切にするようになった。

***

時が経ち、健太が中学生になった頃。いつも通っていた「星降るコーヒー店」は、悦子の引退を機に閉店することが決まった。

最後の営業日、達郎と健太はいつもの席でコーヒーとカフェオレを楽しんでいた。

「もうここには来れなくなるけど、僕たちの時間は変わらないよね?」

健太が少し寂しそうに言うと、達郎は笑って答えた。

「そうだな。どこにいても、ここで過ごした時間は俺たちの中にある。だから、これからも続けていこう、二人だけの時間を。」

その言葉に、健太も静かにうなずいた。カフェの窓から差し込む光が、二人の未来を優しく照らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...