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堕ちる。 中編

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 なぜか殿下の馬車に同乗させられる。
 向かい合いながらどう謝ればいいのだろうか考えていると、怒ってる? と逆に聞かれる。
 本当に意味が分からない。

 何がです? と聞き返すと、仕事邪魔したんだよね? と言われる。
 確かに邪魔されたと言えなくないけれど、あるいは自ら壊してしまったかもしれないものを、他の誰か、ましてや殿下が壊したことを怒るはずも怒れるはずもない。
 けれど知られていたことを改めて突き付けられて、その事実に落ち込む。

 怒ってらっしゃいますか? と尋ね返す。今度は殿下が虚をつかれたような表情をする。
 怒っているからいらしたんですよね? と尋ねると苦笑される。
 今見失うと探すのに苦労しそうだから慌てただけだよ、と。
 だから罰を与えるために探したのですよね? と尋ねる。
 罰は罰で怒りとは別の可能性もあるだろうけど。

 会いたかったんだ、とぽつりと殿下がつぶやく。
 やることが終わればいなくなるかもと思ったから、その前にどうしても連れ戻したかった、と。
 確かにもう城には戻られないと思っていたけど。

 何か御用がおありでしたでしょうか?
 そう半ば反射で尋ねてみたものの、そんなものその辺の侍女でこと足りる。
 わたしが何か特別な事をやっていた覚えはないので、わざわざ、しかも自ら連れ戻す必要はない。

 愛を告白してるんだけど。

 そう返されて頭が真っ白になる。

 わたしが何をやっていたか分かってらっしゃいますよね? と尋ねずにはいられない。
 僕の好み探ってたんだよね命じられて、と返ったあたりやっぱりわかってらっしゃるはず。
 侍女が世話する相手の好みを知ろうとするのは職務熱心な証だし、と以前自分にした言い訳のようなこと言われ。
 それで知りえたことはまだ話していないよね? と尋ねられまだ話していないのは確かなのでうなずく。
 殿下付きになる前はどこまで入り込めたかの報告がほとんどで、具体的に好みはこれから言わされるところだったはず。
 ……あの中でどれが好みかと聞かれたら違う意味で返事に窮しただろうので、そういう意味でも助かったけれど。

 だから君に罪はない。
 そういわれて、それが本当ならどれほどいいだろうと思う。
 結局やったことに変わりはないし、仮にそのことの罪が消えたとしても、それ以前にそもそも経歴からして偽物だし。
 そう告白する。
 わたしは孤児で、本当ははっきりした身元もないんです。人質を取られて最低限だけを仕込まれて送り込まれた、それだけのどこの誰か自分でも分からないような女なのです。
 孤児院の方は先に保護したから心配はいらない、誰も欠けていない、と告げられる。
 確かにわたしに対する人質は孤児院そのものだった。
 保護と仕事を与えるという名目で利用されるだけの孤児院なんてほろんだ方がいいと思いながらも、それがなくなれば義弟妹おとうとやいもうと達はきっと生きていけない。

 妙に指先が冷たい。
 ここは安心するべきところなのに。
 保護したというなら、殿下ならば、きっと悪循環から抜け出させてくれたのに。
 いつから知ってらしたんですか? と尋ねる。
 調べるだけならまだしも、保護までするにはそれなりの時間がかかる。
 知らず知らずうつむいてしまう。
 殿下の困惑気な気配が伝わってくる。
 そんなことをしてもいい立場でもないのに、ずっと信用されていなかったということに傷つく。
 それでも聞かずにはいられない。

 けれど、最初から知ってはいたけれど、といわれてもわけが分からない。
 昔孤児院の職業見学の一環で城に来たことあったよね? と言われたので曖昧に肯く。
 確かにあったけれど、身元重視である城に就職できると思っている人は勉強の足りない孤児にすらいなかったのでみんな観光気分だった。
 来たと言うほど内部に入れた訳でもなかったし、本当に職業見学だったかどうか怪しい。あれ一度きりだったし。
 ……もしかしたら当時から、誰かを入りこませることを考えていたのだろうか。
 あのころは育ててくれていることを本当に感謝していた。
 いや今回だって孤児院を盾に取ったりせずただ頼むと言われれば、喜んで侍女でも情報を流すのでもやっただろうのに。
 それくらい信頼していたのに。
 ……殿下に更なる不利益をもたらさなかったことだけはよかったけれど。
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