その距離が分からない

こうやさい

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あるいはその夢の続き

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 「これでケチじゃなきゃモテるだろうのに」とよく言われる。
 最終結論がモテないのなら前につく言葉はそれのクッションでしかないとさすがにわかる。
 そもそも別にそこまでケチではないはずだ。
 理想の相手を聞かれて「ドリンクバーだけでも何時間でも楽しく一緒にいてくれる人」などど答えたのが、延々後を引くとは思わなかった。

 けれど彼女はずっと楽しそうだった。楽しそうにオンノベの話をしていた。
 さすがに何時間もではなかったが、その時間が本当に幸せそうで、幸せだった。
 結局のところ好きな子と一緒に過ごせるのが嬉しいというだけのことだった。

 けれどそれは愛情がなければ成り立たない脆いものだということも分かっている。

 幸いオンノベは俺も好きになれたが、興味のない内容なら愛情がなくなればむしろいらつくだけだ。
 結局は惚れた女が理想で、俺は未だ彼女を忘れられていない――それだけの話にすぎない。
 それをはっきり言わなかったら、デートはファミレスでドリンクバーしか奢らない男扱いされたわけだが。
 あの時はちょっと酒が過ぎた。言わなくていいことを言ってしまった。

 彼女がいなくなってもう何年だろうか? 実際にわからない訳ではないが、ふとそう思う。
 俺は大学を卒業し、そのまま地元に帰らず就職した。
 親からは約束が違うと文句を言われたが、この場所から離れる気にはなれなかった。

 なぜならまだ夢を見る。
 端末を片手に、ドリンクバーで入れた炭酸が抜けるのも構わずオンノベを読み続ける彼女が、俺に気づいて微笑う。
 そんな場面が実際にあったかどうかは既に忘れた。
 それは夢だし、そこが本当によく行っていたファミレスなのかははっきりと分からない。
 だからといって切り捨てることも出来ない。
 俺が行かなければ彼女はどうなるんだろう?
 何も気にせずずっとそこでオンノベを読み続けるのだろうか?

 少し書いてみたこともあるけれど、すぐにやめた。
 彼女が読んでくれる訳じゃないなら、何の意味もないことに気づいた。
 確かにオンノベは好きだけれど。
 それは彼女に対するほどではなかった。

 いくら帰らず残ったとしても以前ほど大学の側に居られるわけはなく、それでもその近くのファミレスからも足は遠ざかる。
 行く回数は少しずつ減っていった。
 そんな風にいずれは夢も見なくなるのだろうか?
 そうして彼女の事を想い出に変えることも出来るのだろうか?
 そうなれば、きっと地元に帰り見合いでもするのだろう。
 自分の事なのに、今読んでいるオンノベよりもリアリティーを感じない。

 そうしてこれは何度目か覚えていない思い出のファミレスに来たときのことだった。
 店内を見回すと、奥の方の席でグラスを片手に端末を見ていた少女がふと顔を上げた。
 一瞬、夢の続きだと思った。
 それくらい、何も変わっていないように見えた。

 大学時代の先輩がこんなことを言っていた。
 この時期の女はずいぶんと変わるように見えるが、それは大学に入るときにこっそりじゃない華やかな化粧を覚え初めて、就職活動の時に落ち着いて大人びて見えるように努力するからで、素顔だけ見れば無茶な生活をしていなければ実は成長も老化もあまりしない一番容姿が安定している時期だと。
 だからといってさすがにここまで変わらないということはないだろう。そもそもが卒業してからでも何年経ったか。
 むしろ妹とでも言われた方が納得する。

 けれど彼女だと感情は訴える。
 固まった俺に店員が怪訝そうな視線を向けてきたことが分かったが、それでも動けなかった。
 彼女が端末を置いてこちらに向かい手招きをする。
 ようやく動き出した足は酔っているときのように、あるいは夢の中のように頼りない。
 やはりいつものように夢なのかもしれない。もうすぐ失望しながら目を覚ますのだ。

 それでも彼女のところそちらに向かわないという選択肢はあり得なかった。
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