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あの人を殺した
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「あたしがあの人を殺したんです」
「ええっ!?」
エコバッグ落としかけたじゃない!!
角を曲がる直前に出てきて鉢合わせた知らない女の子にすがり付かんばかり勢いでそう訴えられたときの正しい反応とはどういうものなんだろう? 悲鳴上げるとか?
「居たっ」
その考えがまとまらないうちに女の子が来た道から走ってきた、女の子の……多分母親がこちらに駆け寄ってくる。顔が似てる。
「あたしが、殺したのっ」
母親らしき人に向かっても、その子は同じ事をくり返す。
「そうね、そうかもしれないわね」
母親らしき人が肯定らしきセリフを吐くが、口調はなだめる時のそれだった。
「あたしが殺したのよね」
それしか言わないのかという感じだが、今度のその子の口調は幸せそうだった。
「居たのか?」
「ええ」
そこにもう一人現れる。こうなると父親かな?
「さぁ、お父さんと一緒に帰りましょうね」
母親らしきひとに促され、その子は大人しくついて行く。
そして彼女も帰ろうとしたところで……。
「あら?」
ようやくこちらの存在に気づいたらしい。
会話だけからなら人殺しの女の子とそれを隠蔽する家族である……しかも女の子が他人に殺したことを訴えてるのだから更にややこしい。
今更ながら逃げた方が無難かもとじりじりと後ずさる。口封じも関係ない面倒事に巻き込まれるのもごめんだ。
そしてテンプレにも石を蹴る。
「ちっ、違いますからっ」
それが合図のように力一杯訴えられた。
「娘は誰も殺してませんからっ」
「あ、はい」
とりあえず親子なのは決定らしい。
「何があったんですか?」
聞かない方がいい気がしつつも、聞かなかったら気にし続けるのも目に見えてる訳で。話したくないかもしれないけど。
「それがねぇ」
ところが母親はどこかうきうきして見えた。……あれかな、愚痴りたかったけどご近所とかお友達とかには迂闊に言えなくて、そこに全然知らない人に事情説明という名の愚痴る口実が現れたもんだから……ストレス溜まってるね。
「先日亡くなった歌手の――」
告げられた名前は知らないなら非国民だろうという感じのアーティストだった。知るつもりがないなんて無礼だというよりもこの国で普通に生活してて知る機会が欠片もないなんてあり得ないほど有名という意味で。
「その人が娘の……えっと、推しでね。それがもうものすごく好きで」
あの年頃には多いですよねとか適当な事を思ってみる。
「けどホラ、まだバイトも出来ない年齢でしょう? ライブとかは行けなくて」
全国回っているからこの辺りにも来たことあるけど、確か夜だったし。バス会社のサイトで臨時便のお知らせ見た記憶がある。
そうじゃなくともチケット高いし。倍率凄いらしいし。
「当人としてはもっともっと推したい、もっともっと関わりたいって感じだったんだけど、あの事故でしょう?」
そう事故。年の瀬の慌ただしさの中の交通事故なので一応轢いた犯人はいるが事件性はない。そして免許も取れない女の子とは違う人物だと発表されている。
「もう、関わる方法が自分が殺したという妄想しかなかったらしくて」
結果は変えられなかったので自分の記憶の中で過程を変えたのか。
「だから本当に殺していないのよ」
「そうなんですね」
とりあえず納得する。というか他に選択肢はない。
本当は誰かを殺していたなら、下手に疑ったなら口封じの可能性アゲインだし。
事実だとしても下手につっこむには関係性が浅い。
とりあえず納得してこれ以上関わらないのが最良だろう。
突飛だけど嘘を言ってる気もしないし。
「お医者様には?」
それでも一応聞いてみる。
「しばらく様子を見て、それでも落ち着かないようなら、冬休みが明ける前にでも連れて行くわ」
正月に面倒な親戚巡りとかないんですね、うらやましい……って中止にしたのか。
誰にも言わないでねと言い残して母親は去って行った。
どれだけ好きだったのだろうなと思う。
そういえば昔は推しとかじゃなく命って言ってたとかネットで見たけど、あの子の場合そちらの方が正しいのかもしれない。
あの子はきっともう一人のわたしだろう。
わたしの場合アーティストじゃなくて彼氏なんだけど。
友達は他に好きな人が出来たと言われるくらいなら自然消滅させて欲しいと言っていたけど。
わたしは離れていく理由すらわたしのせいにしたい。
知らない間に彼氏がいなくなっていたなら、きっと妄想の世界に逃げ込んでいただろう。
それはそれとして警察沙汰じゃなくて良かった。
エコバッグを持ち直す。結構重い。
この中にはポリ袋に包まれた愛しい人の首がある。
「ええっ!?」
エコバッグ落としかけたじゃない!!
角を曲がる直前に出てきて鉢合わせた知らない女の子にすがり付かんばかり勢いでそう訴えられたときの正しい反応とはどういうものなんだろう? 悲鳴上げるとか?
「居たっ」
その考えがまとまらないうちに女の子が来た道から走ってきた、女の子の……多分母親がこちらに駆け寄ってくる。顔が似てる。
「あたしが、殺したのっ」
母親らしき人に向かっても、その子は同じ事をくり返す。
「そうね、そうかもしれないわね」
母親らしき人が肯定らしきセリフを吐くが、口調はなだめる時のそれだった。
「あたしが殺したのよね」
それしか言わないのかという感じだが、今度のその子の口調は幸せそうだった。
「居たのか?」
「ええ」
そこにもう一人現れる。こうなると父親かな?
「さぁ、お父さんと一緒に帰りましょうね」
母親らしきひとに促され、その子は大人しくついて行く。
そして彼女も帰ろうとしたところで……。
「あら?」
ようやくこちらの存在に気づいたらしい。
会話だけからなら人殺しの女の子とそれを隠蔽する家族である……しかも女の子が他人に殺したことを訴えてるのだから更にややこしい。
今更ながら逃げた方が無難かもとじりじりと後ずさる。口封じも関係ない面倒事に巻き込まれるのもごめんだ。
そしてテンプレにも石を蹴る。
「ちっ、違いますからっ」
それが合図のように力一杯訴えられた。
「娘は誰も殺してませんからっ」
「あ、はい」
とりあえず親子なのは決定らしい。
「何があったんですか?」
聞かない方がいい気がしつつも、聞かなかったら気にし続けるのも目に見えてる訳で。話したくないかもしれないけど。
「それがねぇ」
ところが母親はどこかうきうきして見えた。……あれかな、愚痴りたかったけどご近所とかお友達とかには迂闊に言えなくて、そこに全然知らない人に事情説明という名の愚痴る口実が現れたもんだから……ストレス溜まってるね。
「先日亡くなった歌手の――」
告げられた名前は知らないなら非国民だろうという感じのアーティストだった。知るつもりがないなんて無礼だというよりもこの国で普通に生活してて知る機会が欠片もないなんてあり得ないほど有名という意味で。
「その人が娘の……えっと、推しでね。それがもうものすごく好きで」
あの年頃には多いですよねとか適当な事を思ってみる。
「けどホラ、まだバイトも出来ない年齢でしょう? ライブとかは行けなくて」
全国回っているからこの辺りにも来たことあるけど、確か夜だったし。バス会社のサイトで臨時便のお知らせ見た記憶がある。
そうじゃなくともチケット高いし。倍率凄いらしいし。
「当人としてはもっともっと推したい、もっともっと関わりたいって感じだったんだけど、あの事故でしょう?」
そう事故。年の瀬の慌ただしさの中の交通事故なので一応轢いた犯人はいるが事件性はない。そして免許も取れない女の子とは違う人物だと発表されている。
「もう、関わる方法が自分が殺したという妄想しかなかったらしくて」
結果は変えられなかったので自分の記憶の中で過程を変えたのか。
「だから本当に殺していないのよ」
「そうなんですね」
とりあえず納得する。というか他に選択肢はない。
本当は誰かを殺していたなら、下手に疑ったなら口封じの可能性アゲインだし。
事実だとしても下手につっこむには関係性が浅い。
とりあえず納得してこれ以上関わらないのが最良だろう。
突飛だけど嘘を言ってる気もしないし。
「お医者様には?」
それでも一応聞いてみる。
「しばらく様子を見て、それでも落ち着かないようなら、冬休みが明ける前にでも連れて行くわ」
正月に面倒な親戚巡りとかないんですね、うらやましい……って中止にしたのか。
誰にも言わないでねと言い残して母親は去って行った。
どれだけ好きだったのだろうなと思う。
そういえば昔は推しとかじゃなく命って言ってたとかネットで見たけど、あの子の場合そちらの方が正しいのかもしれない。
あの子はきっともう一人のわたしだろう。
わたしの場合アーティストじゃなくて彼氏なんだけど。
友達は他に好きな人が出来たと言われるくらいなら自然消滅させて欲しいと言っていたけど。
わたしは離れていく理由すらわたしのせいにしたい。
知らない間に彼氏がいなくなっていたなら、きっと妄想の世界に逃げ込んでいただろう。
それはそれとして警察沙汰じゃなくて良かった。
エコバッグを持ち直す。結構重い。
この中にはポリ袋に包まれた愛しい人の首がある。
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