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占い[ライト文芸じゃないなら何だろう?]
大事なものを無くす暗示 後
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彼女が入籍に拘る日は、僕にとっては幸運な一日ではなかったらしい。
その後鞄に入れようとしては引っ掛けて婚姻届けを破り……また新しいのが出てきた。
鞄に入れたものの、金具のしまりが悪く、婚姻届けが飛び出して踏まれた……また新しいのが出てきた。
上から何かが降ってきて、咄嗟に婚姻届けを持った手でかばった。婚姻届けが汚れた。……また新しいのが出てきた。
「……どうしてそんなに予備があるんだ?」
七枚目を越えた辺りでとうとうそれを尋ねてしまう。どうして僕が今日こんなにツイていないかは聞いてもしょうがないだろう。
「今日あなたには大事なものを無くす暗示が出ていたの」
ああまた占いか。ちょっと当たりすぎている気もするけど。
……今まで特に不利益がなかったから流していただけで、同じように当たっていたのだろうか?
「で、僕が大切なものをなくしそうな日にわざわざ婚姻届けを出しに行くことにしたのはどうして?」
ここで「それじゃあ君を無くすかもしれない。危ないじゃないか」などと言える恋愛経験は当然僕にはない。まぁお付きががいる時点で今日彼女が僕より先に死ぬ可能性は相当低いわけだが。
「今日はね、あなたの私に対する理解が深まるんだって」
理解が深まった日が結婚記念日、それは確かに素晴らしいだろうけど。
分かったのは思っていた以上に占いを信じすぎていたってことなんだが。
フィクションではよく聞くが、現実ではまだ聞いたことがない台詞に「仕事と私とどっちが大事?」というのがある。
ここで「占いと僕とどっちが大事?」とわりと真剣に聞いてみたいのだが。
確かに今日の僕の婚姻届けとの縁のなさは異常だ。
確かに占いは当たったのかもしれない。
だが、だとしても占いの結果だけで婚姻届けの予備をこんなに用意することは異常じゃないのか?
占いはそこまで信じるものなのか?
そんな人と結婚するってことは今後人生の大半を占いに縛られるということじゃないか?
お菓子とか、恋人がいたら自慢できるとか、就職とか、そんな目先の利点につられている場合じゃなかった。
特に就職。世話してもらったってことは、この先占いで別れた方がいいとか出た途端、嫁と家と仕事をいっぺんに失う。
浮気した結果というなら確実に僕が悪いし、性格の不一致とかならそれでも歩み寄る余地があるかもしれない。
けれど占い。自分ではどうにも出来ないものに人生をかけられるのか?
「役所、見えてきたね」
彼女が明るく言う。
なんだいいつつ情はある。可愛いと思っている。彼女となら一生一緒にすごすのも悪くないと。
けれど彼女は占いの結果如何では、あるいはもしかしたら今すら僕のことを疎ましく思っているかもしれない。
そんな相手と結婚出来るのか?
本当に今日無くす大事な物は婚姻届けなのか?
むしろこれこそが最後のチャンスじゃないか?
嬉しいそうに微笑う彼女の目の前で手の中の婚姻届けに力を込める。
意外と響いた音に周りがざわめく。
破られた婚姻届を見て彼女はどんな反応をするだろう?
泣くだろうか、怒るだろうか、呆然とするんだろうか、取り乱すだろうか?
なんでもいい。そうやって反応してくれれば考えすぎだったと思うことが出来るだろう。
男なのにマリッジブルーにでもなっていたと苦笑して謝れるだろう。
けれど彼女はそのどれもしなかった。
「はい」
笑顔で、また婚姻届けを差し出してきただけだった。
彼女にとって今日僕と入籍することは占いによる決定事項で、どんな邪魔が入ろうがそれは変わらないのかと絶望する。
僕の意思なんてどこにもない。
確かに今日、僕は彼女への理解を深めた。
そして大事なものを無くした。
当たった凄いと占いに傾倒できたならどんなに幸せだろう。
いつかそうなる日が来るのだろうか?
その後鞄に入れようとしては引っ掛けて婚姻届けを破り……また新しいのが出てきた。
鞄に入れたものの、金具のしまりが悪く、婚姻届けが飛び出して踏まれた……また新しいのが出てきた。
上から何かが降ってきて、咄嗟に婚姻届けを持った手でかばった。婚姻届けが汚れた。……また新しいのが出てきた。
「……どうしてそんなに予備があるんだ?」
七枚目を越えた辺りでとうとうそれを尋ねてしまう。どうして僕が今日こんなにツイていないかは聞いてもしょうがないだろう。
「今日あなたには大事なものを無くす暗示が出ていたの」
ああまた占いか。ちょっと当たりすぎている気もするけど。
……今まで特に不利益がなかったから流していただけで、同じように当たっていたのだろうか?
「で、僕が大切なものをなくしそうな日にわざわざ婚姻届けを出しに行くことにしたのはどうして?」
ここで「それじゃあ君を無くすかもしれない。危ないじゃないか」などと言える恋愛経験は当然僕にはない。まぁお付きががいる時点で今日彼女が僕より先に死ぬ可能性は相当低いわけだが。
「今日はね、あなたの私に対する理解が深まるんだって」
理解が深まった日が結婚記念日、それは確かに素晴らしいだろうけど。
分かったのは思っていた以上に占いを信じすぎていたってことなんだが。
フィクションではよく聞くが、現実ではまだ聞いたことがない台詞に「仕事と私とどっちが大事?」というのがある。
ここで「占いと僕とどっちが大事?」とわりと真剣に聞いてみたいのだが。
確かに今日の僕の婚姻届けとの縁のなさは異常だ。
確かに占いは当たったのかもしれない。
だが、だとしても占いの結果だけで婚姻届けの予備をこんなに用意することは異常じゃないのか?
占いはそこまで信じるものなのか?
そんな人と結婚するってことは今後人生の大半を占いに縛られるということじゃないか?
お菓子とか、恋人がいたら自慢できるとか、就職とか、そんな目先の利点につられている場合じゃなかった。
特に就職。世話してもらったってことは、この先占いで別れた方がいいとか出た途端、嫁と家と仕事をいっぺんに失う。
浮気した結果というなら確実に僕が悪いし、性格の不一致とかならそれでも歩み寄る余地があるかもしれない。
けれど占い。自分ではどうにも出来ないものに人生をかけられるのか?
「役所、見えてきたね」
彼女が明るく言う。
なんだいいつつ情はある。可愛いと思っている。彼女となら一生一緒にすごすのも悪くないと。
けれど彼女は占いの結果如何では、あるいはもしかしたら今すら僕のことを疎ましく思っているかもしれない。
そんな相手と結婚出来るのか?
本当に今日無くす大事な物は婚姻届けなのか?
むしろこれこそが最後のチャンスじゃないか?
嬉しいそうに微笑う彼女の目の前で手の中の婚姻届けに力を込める。
意外と響いた音に周りがざわめく。
破られた婚姻届を見て彼女はどんな反応をするだろう?
泣くだろうか、怒るだろうか、呆然とするんだろうか、取り乱すだろうか?
なんでもいい。そうやって反応してくれれば考えすぎだったと思うことが出来るだろう。
男なのにマリッジブルーにでもなっていたと苦笑して謝れるだろう。
けれど彼女はそのどれもしなかった。
「はい」
笑顔で、また婚姻届けを差し出してきただけだった。
彼女にとって今日僕と入籍することは占いによる決定事項で、どんな邪魔が入ろうがそれは変わらないのかと絶望する。
僕の意思なんてどこにもない。
確かに今日、僕は彼女への理解を深めた。
そして大事なものを無くした。
当たった凄いと占いに傾倒できたならどんなに幸せだろう。
いつかそうなる日が来るのだろうか?
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