ずっと傍にいる

こうやさい

文字の大きさ
上 下
6 / 16

おとぎ話の方がいい

しおりを挟む
『絶対に俺が幸せにします』


 彼女がまた嫁いで行った。
 今回の相手は結構な規模の領地を持つ領主の家の息子だった。
 普通なら旅の娘などという素性の怪しいものが結婚相手になることはできないのだろうが、息子が強く望んだことと、再婚で、亡くなった以前の妻との間にすでに跡取りがいることもあって認められた。

 どこか暗い街だったと思う。
 領主の息子の結婚なんてそれでも慶事のはずなのに、あまり盛り上がっていなかった。
 それに違和感を覚えたし、正直息子自体にもいい印象は持たなかったが、彼女の結婚相手に冷静な評価を下せている自信はないし、それをおいておいても長生きの結果養われたのは人を見る目ではなく猜疑心だったので、それに頼っていたら誰も信用できないままで終わってしまう。
 ならば彼女の想いを尊重する方がいいのだろう。


 基本彼女の住む場所にはいつも以上に長くはいつかない。幸せな姿を見せられても複雑なだけだからだ。
 それでも彼女が亡くなった時迎えに行かなければならないので遠くには行かない。
 最近は魔法の道具で死ぬと分かるようになったので、以前よりも遠くまで行くことも多くなったが。

 ところが遠くに行くどころか、境界を超えたすぐの村で進むことを取りやめることになった。
 あの息子には悪いうわさがあるという。
 もちろん、うわさは必ずしも真実でないことを知っている。真実しかうわさにならないのなら僕は今頃もっと違う存在として人の口に上っていただろう。
 だからこそ確認しなければならない。

 あの息子は女性を痛めつけ、殺す癖があるという。
 今までも妻や召使や商売女を手にかけ、そのためあの街での女性の行方不明者は異様に多いと。
 そして今度は旅の娘がいけにえに選ばれたと。
 慌てて引き返す。
 今回は複雑でも幸せな姿を見なければ安心できない。


 街に入ってすぐ、彼女の命と対になっている魔道具が固い音を立てて壊れた。急病ではこんな壊れ方はしない。
 慌てて彼女がいるはずの家に向かう。
 近づいた時、野太い悲鳴が響いた。
 おそらく彼女の若返りが始まったのだろう。
 急いで宙に浮き、入口を無視して声が聞こえた部屋の高い窓に向かう。

 中には赤子と、べっとりとした血をつけた腰をぬかした男が見えた。
 こうまで誓いを簡単に破れるとは理解出来ない。

 一応の建前なのか、本気で隠せているつもりなのか、部屋の出入口には鍵がかかっているらしく、悲鳴を聞きつけた誰かが激しく扉を叩いていた。
 何も気にせず窓から中に入りこむ。
「おま、おまえは――」
 男が何か言っていたが、無視して彼女を抱き上げる。
「お帰り。今回は早かったね」
 言葉が分かるかのように彼女が微笑う。次は幸せになって欲しいと思う。
「ば、化け物か!?」
「お前がな」

 無造作に男を殺す。生き残って彼女が若返り甦ったことを吹聴されても困る。
 化け物は僕だけでいい。
 それから彼女を連れてその場を離れた。


 彼女をつれての旅の途中、遠くの街で起こった化け物の噂を聞いた。
 領主の息子が見初めた娘が化け物の寵愛を受けていて、その化け物が娘を取り返しに来て殺されたと。
 それは確かに真実の一部ではあるが、真相を知られたというわけでは恐らくない。
 ただ罪を隠そうとおとぎ話で包んだ結果だろう。
 けれどそれでいい。
 覚えてないだろうとはいえ、彼女の耳に届く可能性がある以上、真実よりもおとぎ話の方がいい。


 今日も彼女は微笑っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

熱砂の過保護なプリンスの秘宝(R18)

カヨワイさつき
恋愛
とある夜、仕事が恋人状態の53歳、 高枝まどか(たかえだ まどか)は仕事中 イメージにぴったりの資料を見つけた。 すると急にめまい?がおき見知らぬ場所にいた。 照りつける太陽、暑さなどで頭がボーッとしてしまい、意識を失ってしまった。 気がつくと、視界はぼやけていたが 助けてもらった相手と豪華な湯けむりに……?! しかも、自分の体が…変化してる? 不器用な強面騎士との異世界不器用恋愛。 2万文字の物語。

私、ドラゴンのお嫁さんになります!

下菊みこと
恋愛
ドラゴンの加護により栄える世界。ドラゴンの加護や祝福を受けるためには100年に一度ドラゴンの嫁として人間の若い娘を差し出さなければならなかった。若い娘達は皆ドラゴンの嫁に差し出されることを恐れていた。が、何を思ったかとある男爵令嬢が自らドラゴンの嫁になると言い出した。…え?だってドラゴンのお嫁さんの実家って必ず栄えるでしょ?うち、借金まみれで爵位も低いし領民からの評判も悪いし、このままじゃ両親と弟二人と妹七人が路頭に迷いかねん。だったら私、ドラゴンのお嫁さんになります!そんな打算まみれの花嫁がドラゴンに溺愛されるだけの話。 小説家になろう様でも投稿しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

祝福のキスで若返った英雄に、溺愛されることになった聖女は私です!~イケオジ騎士団長と楽勝救世の旅と思いきや、大変なことになった~

待鳥園子
恋愛
世界を救うために、聖女として異世界に召喚された私。 これは異世界では三桁も繰り返した良くある出来事のようで「魔物を倒して封印したら元の世界に戻します。最後の戦闘で近くに居てくれたら良いです」と、まるで流れ作業のようにして救世の旅へ出発! 勇者っぽい立ち位置の馬鹿王子は本当に失礼だし、これで四回目の救世ベテランの騎士団長はイケオジだし……恋の予感なんて絶対ないと思ってたけど、私が騎士団長と偶然キスしたら彼が若返ったんですけど?! 神より珍しい『聖女の祝福』の能力を与えられた聖女が、汚れてしまった英雄として知られる騎士団長を若がえらせて汚名を晴らし、そんな彼と幸せになる物語。

冤罪による婚約破棄を迫られた令嬢ですが、私の前世は老練の弁護士です

知見夜空
恋愛
生徒たちの前で婚約者に冤罪による婚約破棄をされた瞬間、伯爵令嬢のソフィ―・テーミスは前世を思い出した。 それは冤罪専門の老弁護士だったこと。 婚約者のバニティ君は気弱な彼女を一方的に糾弾して黙らせるつもりだったらしいが、私が目覚めたからにはそうはさせない。 見た目は令嬢。頭脳はおじ様になった主人公の弁論が冴え渡る! 最後にヒロインのひたむきな愛情も報われる逆転に次ぐ逆転の新感覚・学内裁判ラブコメディ(このお話は小説家になろうにも投稿しています)。

貴族の爵位って面倒ね。

しゃーりん
恋愛
ホリーは公爵令嬢だった母と男爵令息だった父との間に生まれた男爵令嬢。 両親はとても仲が良くて弟も可愛くて、とても幸せだった。 だけど、母の運命を変えた学園に入学する歳になって…… 覚悟してたけど、男爵令嬢って私だけじゃないのにどうして? 理不尽な嫌がらせに助けてくれる人もいないの? ホリーが嫌がらせされる原因は母の元婚約者の息子の指示で… 嫌がらせがきっかけで自国の貴族との縁が難しくなったホリーが隣国の貴族と幸せになるお話です。

婚約破棄の『めでたしめでたし』物語

サイトウさん
恋愛
必ず『その後は、国は栄え、2人は平和に暮らしました。めでたし、めでたし』で終わる乙女ゲームの世界に転生した主人公。 この物語は本当に『めでたしめでたし』で終わるのか!? プロローグ、前編、中篇、後編の4話構成です。 貴族社会の恋愛話の為、恋愛要素は薄めです。ご期待している方はご注意下さい。

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

処理中です...