我が罪への供物

潮騒

　この街には海がない。


　海神様に一人は嫁ぐこと、女性の血族にのみその伝承を伝えること。
　そのルールを両親は知らない。
　父方の祖母は知っている、たぶんその孫である従姉も。

　血族に女性が複数いた場合一人目は継承者となり、二人目以降の誰かが嫁ぐ。
　現在分かる範囲でその資格があるのはわたしと従姉だけ。わたしには兄弟すらいない。
　だからわたしは嫁ぐつもりだった。
　なのにこんなところに閉じ込められてしまった。

　別に誰かに意図的に邪魔をされたというわけではない。
　ただわたしが病気になって長期入院を余儀なくされたというだけ。

　正直言えば不治の病だったとしても海に飛び込みさえすれば終わるのだから関係ないと思っている。
　けれどそれを知らない両親はわたしをここに入院させた。
　親の愛情自体は正直ありがたいと思う。
　海神様に嫁ぐことに愛情は関係ないから尚更だ。

　けれどここには海がない。
　海よりは近いであろう川にすら飛び込めない。
　このままでは嫁ぐことが出来ない。

　仮に従姉が代わりに嫁いだとしてもわたしが伝承を継承できるとは思えない。
　何時まで入院するか分からないし、治るかどうかも分からないし、結婚出来るか、子供が産めるかどうかも分からない。
　誰に何を伝えられるというのだろう。

　従姉なら例え自分に女の子が出来なかったとしても姪が出来る可能性もあるし、孫や姪孫にも期待できる。
　遠い親戚ではきっと正しく伝えることは出来ない。
　だから嫁ぐならわたしのほうが望ましい。

　元気ならば例え歩いてでも海に向かうのに。
　今行けるのは屋上が精々だ。
　空には近づけても海には近づけない。


　高い建物のせいか下の音が遠く聞こえる。
　それはどこか潮騒に似ている。

　そこが本当に海だったらいいのに。
　きっと迷わず飛び降りるのに。